19話(会社員12)
本当に政治に関心があるのか、それとも今やメディアでも広く顔が知られるようになった地方議員を見に来ただけなのかは知らないが、駅前を埋め尽くさんばかりの人が集まっている。
その人だかりの中心で、肩から大きくフルネームが強調されたタスキを掛けた男がハキハキとした声で話す。
どうやらマイクなどを使わず地声で演説しているようだ。張り上げているわけでは無いが落ち着いた力強い声はあたりによく通り、男の堅実さを象徴するようでもある。
ぱっと見るだけでもおおよそが年配の方や近所の奥様方と言った感じだ。平日の昼前ということもあるだろうが若者の姿はほとんどない。逆に少年がいればすぐに見つけられる、と思ったのだがそう上手くはいかない。
後ろの方から軽く見まわした限りではそれらしい姿は見当たらなかった。
人だかりの周囲をゆっくりと歩きながら少年がいないか観察していく。
真剣な顔で縫条氏の演説を聞いている者もいれば、ひたすらスマホで何かを書きこんでいる者もいる。
人数自体は所詮小さな駅前に集まれる程度なのだが、目線が同じ高さからだと人込みの中にいる人ほど確認しづらい。
少年の姿が見当たらないことに少しずつ焦りを感じる。
――眼鏡をかけた壮齢の男性。――買い物袋を提げた女性。――小奇麗な装いの老夫婦。――背広を片腕に掛けたサラリーマン。――営業中のはずの喫茶店の店主。
人込みを7割ほど回り込んだころ、人の群れの中に帽子を目深にかぶった人物が目に入った。
後ろからなので顔は分からないが、見た感じの背格好はあの少年に似ている気がする。確認すべくその人物へと近づいていく。
出来るだけ周囲の注目を浴びないように手刀で詫び、聴衆が迷惑そうに譲ってくれる申し訳程度の隙間に体をねじ込んでいく。
帽子の人物が少年だった場合、下手に気取られると逃げられるかもしれない。この人込みでそれを捕まえるのは困難だろう。
逸る気持ちを抑えてゆっくりと人込みをかき分けていく。
そしてついに帽子を被った人物のそばにたどり着いた。
近づいてみても背後からでは顔は確認できなかったが、見た目からそれが若者ではあるらしいことは分かった。
地味な色合いのボディバッグを胸の前で抱え、どこか緊張感をにじませて演説の中心を凝視している。あまりにも集中しているのか背後に近寄った私に気づく様子はない。
これは仁良の予想が当たったということだろうか。
私は意を決して、声を掛けながらその人物の肩に手を掛けた。
「ちょっと君――」
その瞬間、肩を跳ね上がらせて帽子の人物が振り返った。
確かに若者ではあったが先日会った少年とは似ても似つかない。顔色は今日の曇天のように薄暗く、大きく腫れぼったい目とずんぐりとした団子鼻が特徴的な少年だった。
少年は目を見開いたかと思うと、慌てたように肩を掴んでいた私の手を振り払って人込みの中を逃げ出そうとした。
正直、件の少年とは別人だったので用はなかったのだが、急に逃げようとされるとこちらも咄嗟に止めようと動いてしまう。もともと目的の少年だった場合に逃げられまいと追いかける心構えをしていたのでなおさらだ。
人込みの中を進もうとする少年のボディバッグの肩ひもを慌ててつかみ取る。いきなり引っ張られ一瞬動きの止まった少年の腕を掴もうとしたところで、人込みでバランスを取られてしまい、捕まえようとしていた少年ごと倒れこんでしまった。
人だかりを割るように二人共々に倒れこむ。
その衝撃で少年が抱えていたボディバッグから、懐中電灯のような片手サイズの機械が飛び出した。それが何かは分からないが、反射的になのかその機械から距離を取るように空間ができた。
「――なんだこれ?」「――爆弾とかじゃないよな」「――きっとそうよ。帽子を被ってちょっと挙動不審だったし」「――確かに倒れる前に鞄から何か取り出そうとしていたぞ」「――とりあえずその子を取り押さえるぞ」
どこからともなくそんな憶測の声が飛び交い、近くにいた男性が倒れた少年を抑え込み始める。
周囲の目が少年と謎の機械に向けられている間に、私はそっとその場を離れた。
本当に少年がなにか事件を起こそうとしていたかはわからないが、仮にそうだとすると近くにいた――あまつさえ少年を最初に取り押さえた形になる私も面倒ごとに巻き込まれるだろう。
私にはそれに費やす時間も身の自由もない。私の身の為にも明日までに件の少年を捕まえなくてはならない。
仁良の予想はある意味では当たっていたが、目的の少年は依然として見つかっていない。
奇しくも何かの事件を未然に防いだのかもしれないが、私の境遇を救ってくれるものが現れることはない。ままならないものだ。
私はまたあてもなく聞き込みを行うべく、駅前から離れるのであった。