18話(会社員11)
仁良に指を切り落とされそうになった翌日、私は事務所のあった町の最寄り駅を訪れていた。
朝から息苦しいほどの分厚い雲が空を覆い、気味が悪いほどの町の薄暗さが私の未来を表しているようで気が重い。
決して良い天気とは言えない平日の昼間でも、今日の駅前は普段の閑散とした風景が信じられないほどの賑わいをみせていた。
駅の出入り口の少し横辺りを囲うように人だかりができており、撮影の為かスマホを頭上で構えている者も少なくはない。
人だかりの中心には赤縁文字でデカデカと名前が記された旗や、親しみやすさよりも清潔感と厳格さを伺わせる顔写真入りのポスターが並んでいる。そしてその中心にポスターの人物が立っていた。
――縫条誠司。若くして市議会議員として活躍し、市内の子育て支援や保育所問題に大きな改革をもたらしたとして市内のみならずと広く名前が知られる政治家だ。
最近ではその勢いをもってさらに県知事へと立候補したことでも有名だ。今日は来月に控えた県知事選挙の選挙演説のためにこの町へ訪れている。
3日以内にビルを放火した真犯人を探さなくてはいけない。そんな状況で政治家の街頭演説なんかに訪れたのは、昨日の話に遡る――。
「――それで、鈴木くん。何かあてはあるのかい?」
何とか指の切断の脅威から解放された私に、仁良が訊ねる。
あてと言われても一度会っただけの少年を探し出すなんて正直絶望的にも思える。が、それを言えば今すぐにでも私が犯人として連れていかれるだろう。
しかしそこで仁良たちの方から提案を聞かされた。
「鈴木くんの会った怪しい人物というのは、子供だったんだろ?」
「子供というか、高校生くらいじゃないかと」
「あん? 高校生は立派な子供だろうが」
「まあ、そうですが」
確かに子供か大人かで言えば子供なのだろうが、言葉にするとそれはもっと小さい子をイメージしてしまう。
「――だとしたら、次は決まりだな」
いきなり何が決まったのか、仁良は言う。
高校生なら高校を探せばよいとでも言うつもりだろうか。確かにあてもなく探すよりは良いかもしれないが、最近の学校はセキュリティも高くなっている。そんな環境で不用意に人探しなどしようものなら、すぐさま不審者として通報されかねない。
そもそも高校生くらいの少年というだけで、本当に高校生なのかも不確かであるし、仮にそうでも日中に堂々とあんなビルにいる子が素直に学校にいるとも思えない。
だからこそ私は先ほどまで、不良と思しき少年たちに聞き込みをしていたわけで。
「おいおいおいおい。放火するような子供が次にしでかしそうなことは予想がつくだろう?」
「また放火をするかもしれないってことですか?」
一度犯罪を犯してしまえば、二度目は犯罪への心理的なハードルが下がると聞く。
寂れたビルとはいえ、あれほどの騒ぎになったのだ。ただの憂さ晴らしだったにせよ承認欲求だったにせよ、またあんな騒ぎを起こしたくなるのではないだろうか。
「確かにそれもあり得るが。鈴木くん。それだと結局どこで放火するかわからないだろ」
「……そう、ですね」
「だから別の想定だ。騒ぎを起こしたいやつが狙うとすれば、明日、おあつらえ向きのイベントがある」
この町でそんなイベントなんてあっただろうか?
「明日の午前中に駅前で街頭演説がある。放火以上の騒ぎを起こしたいなら、そこで爆弾でも薬品でも投げつけるだろ」
確かに騒ぎを起こすという意味ではそうかもしれない。
だが放火犯がそこまでするだろうか。そんなことをすれば、ほぼ確実に捕まるだろうし、リスクが高すぎる気がする。
放火だって廃ビル同然の場所だった。タダの憂さ晴らしだったとかそれこそ私たち詐欺師に対する恨みだった可能性だってある。だとすれば、もう一度どこかで放火を行うとかそれとももう何も事件を起こさない可能性の方が高いだろう。
そう思い懸念を口にするが、仁良が呆れたように返す。
「おいおいおいおい。本当に街頭演説で事件を起こすかどうかを考えても仕方がないだろう? 鈴木くんには時間もないんだ。少しでも犯人を見つけることができる可能性に掛ける以外に、なにかあるか?」
それもそうかもしれない。
また放火をするにしても事前にその場所を予測することはできない。もう事件を起こさないとすればそれこそあてもなく聞き込みなどを繰り返すしかない。
ならば、当たれば確実に少年を見つけられる場所に掛けるのもありだろう。仮に外れていたとしても、そこで張り込むのも数十分くらいのものだ。なら試す価値はある。