17話(業者3)
「おいおい小郷。昼が牛丼屋だからってそんなに怒るなよ」
ちょっとと言うにはだいぶ謙虚さを感じるほどには遅めの昼食に入った牛丼屋で、さっさと注文を済ませたオレは隣で不機嫌そうにする小郷をなだめる。
午前中に仕事を済ませて、まあそれが少しばかり時間がかかって昼食時間が遅くなった。
大抵の飯屋は食事時にしか開いていないので、こうして24時間空いているチェーン店に入ったというわけだ。
「――違う」
「違うって何が?」
不機嫌そうに言う小郷に言葉を返す。
「別に昼飯の種類に難癖をつけているわけじゃない」
「だったら何に怒って――ああくそ、紅ショウガ切れてんじゃねえか」
小郷の訴えを片手間に聞きながら、目の前に置いてある容器が空であることに気づいた。別段、牛丼に紅ショウガが欠かせないという質ではないが、使おうと思ったときにたまたま無いとやけに欲しくなる。
「ちょっとそこのあんた」
「はい? なんすか」
ひとつ空席を挟んだ隣で牛丼を食べている男に声をかけると、大盛りのドンブリがよく似合うずんぐりむっくりな男がこちらに振り向いた。
「こっちの紅ショウガが切れててな。そっちのをとってもらってもいいか?」
「ああ、申し訳ないっす。さっき連れが隣で紅ショウガばかり食べてたんすよ」
男が謝りながら紅ショウガをこちらに回してくれる。
「そうなのか。……にしても、全部食べるもんか、普通」
「まあ、変わった人なんで」
牛丼を掻きこみながら男が答える。
「それでそのお連れさんは?」
「ええっと、僕が3杯目頼んだあたりで先に出て行ったっすね」
男が牛丼を食べ終えるのと同時に新たな牛丼が運ばれてくる。タイミングを計算して注文でもしているのだろうか。新たに受け取った牛丼を、すぐさま食べ始める。
「そうか。それは何敗目?」
「5杯目っすね」
「……そうか。まあ、身体に気を付けてな」
「ご心配どうもっす」
分かっているのかどうか、男は答えながら牛丼を掻きこんでいた。
なんとも、変わっているのは連れだけじゃなくこの男自身ものようだ。まあ類は友を呼ぶと言うしな。
「俺が怒っているのは佐竹のことだ」
――と、受け取った紅ショウガをひとつまみ手伝いに口に放り込んでいると、小郷が不機嫌そうに呟く。
そういえば小郷の機嫌が悪くて、理由を聞いていたんだったか。
「ああ、かわいそうな佐竹くんか……」
オレは紅ショウガを噛み締めながらかわいそうな佐竹くんのことを思い浮かべる。
かわいそうな佐竹くんはオレ等から金を借りているいわゆるお客様だ。
オレ等みたいな連中に金を借りている時点で頭が足りてないのは明白だが、それにしてもかわいそうな頭の持ち主だった。
オレ等は朝っぱらからかわいそうな佐竹くんの下へ集金に赴いていた。勤勉だろ?
かわいそうな佐竹くんは工事現場でアルバイトしていて、朝早く会いに行ってやらないと工事現場の他の従業員さん達に申し訳ないからな。
んで、朝早くに顔を出してやったというのに、かわいそうな佐竹くんの顔色はすこぶる悪かった。
顔色が悪かったというか、その、まさしく顔色が変色していた。
かわいそうな佐竹くんの顔には青やら赤紫やら痛々しい模様が残り、頭には包帯を巻いている。目なんてひどく腫れあがって3分の1も開いてないうえ、鼻も折れているのだろう大きなガーゼで覆われている。
顔だけじゃなく体中痛めているのか、時折体や腕をさすっていた。
かわいそうな佐竹くんは酒とたばこが大好きなクズ野郎だからな。
――あん? それだけで言い過ぎだって? それでオレ等みたいなところから借金してるんだ、立派なクズ野郎だろ。
まあそんな借金までしてヤニとアルコールを大量摂取するクズだからな。酔っぱらって階段から落ちでもしたんだろう。
まあ顔色が悪かったのはそれだけが理由じゃなかったようで。かわいそうなクズ佐竹くんはどうやら今月の利子も払えないようだった。
まあオレ等も鬼じゃない。ぼろぼろのかわいそうなクズ佐竹くんが一度利子を払えないくらいで事務所まで連行したりはしない。手間だしな。
それでやさしくそのあたりを確認してやることにした。疲れてるようだったからやさしく肩を組んで労ってやりながらな。
いつなら金が用意できそうかとか、他に金の伝手はあるのかとかな。あとは何度も待ってやることは出来ないということも教えてやった。
光熱費の支払いだってそうだろ。いつまでも返済が滞るのは良くない。オレ等も商売だからな。
そうそう、慌てて逃げようとして窓から落っこちたやつのことも教えてやった。まあ、いわゆる注意喚起だ。
そしたらかわいそうなクズ佐竹くんは驚いた顔をしたと思ったら、いきなりオレの腕を振り払って走り出した。
だが、急に走り出すのは得策じゃない。特に道路を横断するときはな。
タクシーのあんちゃんもかわいそうと言えばかわいそうだったな。車の前にいきなり男が飛び出してくるんだからな。
まあ、あのタクシー会社はあまり好きじゃないからいいや。運転マナーが悪いからな。
ともかく、あわてんぼうのかわいそうなクズ佐竹くんはいきなり道路にとび出して、走ってきたタクシーにはね飛ばされたというわけだ。
「まったくかわいそうな奴だよな、いろいろと。でもそれでなんで小郷の機嫌が悪くなるんだよ。奇跡的にも生きてたんだから、金はまた取り立てられるって」
「お前が脅すようなことするからだ」
「オレがいつかわいそうなクズ佐竹くんを脅したんだよ」
むしろ不幸な彼を労わっていたくらいだ。
「――肩を組んだ」
「それが何だって言うんだ。落ち着かせるためだ。馬だって軽くたたくだろ。どうどうって」
「それに余計な話もした」
「余計な話って?」
「このあいだアパートの二階から落っこちた古菅井の話だ」
「それは注意しろって教えてやっただけだ。それでなくても大けがしてたようだからな。別に金を返さないとオレ等が突き落とすなんて一言も言ってないだろ」
「でも佐竹はそう思った。――で、逃げようとした挙句車にはねられた」
「だとしても悪いのはオレじゃないだろ。金を返せなかったのもいきなり道路にとび出したのもかわいそうなクズ佐竹くんだし、タクシーは制限速度を守ってなかった」
納得したのか諦めたのか、小郷はそれ以上はなにも言わない。
これ以上この話をしても無駄だろう、
「今日はこの後、コゾウを拾ってまた古菅井のところだな」
「ああ、金はないだろうが。都合はつけさせないといけないからな」
オレは運ばれきた牛丼を食べながら小郷に確認を取る。
落下のケガも癒えたのでもう一度返済の話をしに行く予定だ。まあ落ちたといっても二階からだからな。基本は打撲程度で念のための検査結果が出るのを待っていたくらいだ。
食事も終わったところでオレと小郷は牛丼屋を後にした。
店を出る際にちらりと振り返ると、隣にいた男はまたおかわりを注文しているらしかった。