15話(会社員10)
感じたのは不意の無重力感――。
掴まれた感覚は思いのほかなく、視界が回転したかと思った直後には強烈な痛みと共に地面へと押さえつけられていた。
のっしりとした重みが体を押さえつけ、起き上がろうとしてもうまく力が入らない。右腕だけは目の前に投げ出されているが、関節をきめられているのか手首から先がわずかに動かせるだけだ。
「悪い悪い、鈴木くん。少し話忘れたことがあってな」
「……な、なんですか?」
上に乗っかる牛田の重量感に呼吸を詰まらせながらも、なんとか聞き返す。
「昼の話では、鈴木くんを捕まえる代わりに、ビルを燃やした真犯人を連れてくるということだったが。まあ、なんだ、さすがに何時までも見つからないものを待ち続けるというわけにもいかないだろ?」
「どういう、ことですか?」
私の上に乗りながら、わずかにしか動かない私の右腕をさらに押さえつける。
「時は金なり、という言葉を知ってるか? 牛田ぁ、手も開かせてくれよ」
その言葉に従い、牛田が手首をきつく締めつけて無理やりに私の手を開かせる。
「なにを――」
「――1本。1日1本、真犯人とやらを連れてこられなければ、指をもらおう」
言いながら懐からファミレスに置いてあるようなテーブルナイフを取り出して、小指と薬指の間に突き差した。そのまま小指の方へ押し倒せば私の小指がさよならを告げるだろう。
一気に血の気が引き体中の毛が逆立ったように悪寒が駆け巡る。慌てて手を引っ込めようとするがビクともしない。ツボでも抑えられているのか、指を曲げようとしても指に力が入らない。
「ちょ、ちょっと持ってくれ。絶対に見つけ出してくるから、もし見つけられなかったらその時にまとめて切ってくれて構わない」
なりふり構わず訴えていた。
構わないわけはないが仕方がない。少年が見つかる保証など微塵もないが、それでも少しでも先延ばしにしたいと思わずにはいられない。
「ほう? 分割は嫌いか」
「そ、そうなんだ。安心確実の現金一括派でね」
自分でも何を言っているのかわからない。自分がこんな窮地にふざけた言葉を吐けるとは思ってもいなかった。
「そ、それに指を切られたんじゃ、その後まともに人探しなんてできない。指を切り落とされた男なんて目立っていたら、警察にも目をつけられるかもしれないだろ。私が警察に捕まったら、それこそ本末転倒じゃないか」
何とか思いとどまらせようと必死でまくし立てる。
「困る、ねえ……。確かに一理あるかもしれない、それこそ小指の先ほどだが。まあいいだろう、なら3日待ってやろう。それでだめなら一括払いだ」
すこし思案する素振りを見せて、仁良が言う。
――3日? 手の指は10本だったはずだ。
「おいおいおいおい。それは分割払いの時だろ。一括なら即日支払いのところだが、鈴木くんのために猶予をやったんだ。だろ?」
「せ、せめて7日はくれないか。名前も知らない相手を探すんだ」
正直素人が一週間で人探しできるとも思えないが。
「――2日。だからこそだ。本当に真犯人がいたとして、早く見つけないと足取りは完全に途切れちまう。制限時間は俺たちの都合を考えない」
「それは、せめて5日は……」
仁良の言わんとすることもわかる。時間が経てばそれだけ犯人が逃げる可能性は高くなるだろう。
「――1日」
「おい、どうしてそっちが減っていくんだ」
「それは鈴木くんが早く納得しないからだ。ほら早くしろ。もう減らすのも時間単位だぞ。それとも、やっぱり即日払いにしたくなったか?」
――言って、仁良がナイフを小指ぎりぎりまで倒す。
「わかった、分かったから。3日で見つけてくる」
「……まあ、良いだろ。ただし、見つけてくるんじゃない。連れてくるんだ」
仁良が念を押すように言う。
そのまま視線で牛田に合図を送り、私の拘束がゆっくりととかれた。牛田が上からどいたことで呼吸が楽になる。
「ああ、明日から3日だよな」
「おいおいおいおい。今日から、に決まってるだろ」