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やや高めのアンブレラ  作者: 東楽
10/26

10話(業者1)

 車通りの多い国道、もはや走行車線と追い越し車線の概念など知らぬとばかりに走りゆく車の波に乗る。

 日はすでに傾き始め、オレの愛車の白いボディーを黄昏に染めていく。


「おい小郷。古菅井の居場所はまだ先なのか?」


 オレは助手席に座る相棒に尋ねた。

 短く狩り上げた坊主頭に長年の苦労を刻んだ渋い顔、筋骨隆々な体躯を地味な色のスーツ姿に押し込めた姿は歴戦の刑事にも見える。やってることは真逆だがな。

 オレたちはしがない金貸し業を生業としている。とは言っても銀行のようなものではなく、そういった場所からは借りれなくなってしまった連中がたどり着く先、いわゆる闇金融というやつだ。

 冷静に考えれば悪手としか思えないだろうが、金に切羽詰り藁にもすがる思いでやってくる人間は少なくない。そういった連中に非合法な利子をつけて言葉巧みに金を貸し付ける。そして期限になっても利子すら返済できてない場合はオレ等の出番ってわけだ。


 古菅井という男も工場が立ち行かなくなったとかで先日1000万を借りていった客だ。しかしながら経営不振を立て直すこともできず、ついに前回の返済期限に間に合わなかったというわけだ。

 まあこんな非合法な金貸しに借りようとするくらいだから、まともな経営ができるわけもないからな。こうなるのは予定調和に等しい。


 というわけで、現在金を取り立てるために古菅井の下へと向かっている。無い袖は振れないだろうが、袖がなければ腕でも脚でもその身を振ってもらうまでだ。

 古菅井の未来は真っ暗だろうが、自分が撒いた種だ。恨むなら過去の自分か社会でも恨むんだな。


「そうだな。とりあえず駅前まで行ってそこから住宅街の方に入っていけば良い」


 小郷が慣れた手つきでタブレットを操作してそう答える。

 ノート程の大きさの端末には、古菅井に関するさまざまなデータが表示されているのだろう。それこそ古菅井の現住所から親しい友人が最近夢中になっているvtuberのことまで詳しく載っている。必要かどうかはともかく。


「そうか。おいボウズ、沢木の方はどうだった?」


 続いて、後部座席に座る新人へと話を振る。


「――あっ」

「どうかしたか?」

「ああ、いえ。沢木ですよね。沢木の方は良い感じです」


 何かを誤魔化している様にも聞こえるが、ボウズがそういうならまあ良い感じなんだろう。良い感じがどういう感じなのかはわからないが。

 ボウズが18歳という若さですでにこんな裏社会へと足を突っ込んでいることに少し思うところがあるが、正直人相の悪さや腕っぷしだけのオッサンよりよほど役に立つ。


 特に見た目はただの人のよさそうな少年にしか見えないからな。金を借りている人間からしたらまさか闇金の関係者とは思わないのだ。

 その利点を活かして、債務者どもの身辺を探らせたりしている。

 返済期日が迫った奴に金を返す当てがありそうかとか、逃げ出す準備をしていないかとか、そういった部分を調べるのが仕事だ。そして、その情報をもとにオレ等も事前準備をするといった具合だ。


「いい感じってのは、金を返せそうってことか?」

「いえいえ。お金はあんまり返せそうにないので、とりあえず逃げられないようにだけしときました」


 そういう事か。

 返済できるならそれに越したことはないが、無理な例が少ないわけじゃない。そういったやつらが次に起こす行動は『逃げる』だ。

 オレ等みたいな業界は舐められれば終わりだ。だからこそ逃げたら地獄の果てまで追ってきて落とし前をつけさせるというイメージがあるだろうが、本当のところそこまで必死に追うわけにもいかない。


 他所は知らないが少なくともコストに見合うかどうかというのがうちのやり方だ。

 どこに逃げたかもわからない一人の人間を多大なコストと人手を使って追うよりも、適当な代役でもあてがってケジメを取らせたという噂をばら撒けば、下手に逃げようと試みる者もいなくなる。

 逃げた本人がオレ等から逃げ切ったことを言いふらせば意味がなくなるが、逃げているやつがわざわざさらに自分が狙われるようなことをするはずもない。

 

 まあ実際は逃げられる前に先手を打っておくのでそんなことにもほとんどならないが。

 ボウズの言う、逃げられないようにだけしておいた、というのもそれが所以だ。


「逃げられないようにって何をしたんだ?」

「とりあえず発信機をつけときました」


 小郷の疑問にボウズが軽く答える。


「そんな簡単に発信機なんてつけられるものなのか? そもそもそんなもんどうやって手に入れたんだよ」

「いや先輩。今時たいていのモノは簡単に買えますし、荷物の追跡札とかリンゴのあれとか悪用しようと思えばいくらでもできますよ」

「そういうもんか」

 

 オレは納得したような腑に落ちないような声を零す。

 どんどん便利な世の中になっているのは喜ばしいが、並行するように悪事が盛り上がるのはどうなんだろう。

 新しい技術の開発者たちは使い手側の問題だと言うのだろうが、それを検討するのが責任というやつだとオレは思う。

 

「他人のいつ起こるかわからない不幸よりも、目先の自分の幸福が大切なんだろ。その点は俺たちのやってることも大差ない」


 小郷がタブレットを操作しながらこともなげに言う。タブレットで発信機に使えそうな機器でも調べているのだろう。

 まあ、金を貸りた連中の未来のことなんて知ったことじゃないからな。にしても、連中の未来は本人の振る舞い次第なのだからやはり違う気もする。


 そんなことを一瞬考えるが、結局はオレ等が技術を悪用する側なのだから何をかいわんやだろう。

 オレは気を取り直して運転へと意識を戻す。

 駅まではまだしばらく道なりだ。


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