1話(会社員1)
「ボク達は悪いことをしているんですよ」
軽い調子で放たれたそのセリフに、私はさらに問い返すべきか冗談だと笑い飛ばすべきか迷う。
普段であればそんなふざけた問答すら煩わしく、すぐさまその場を去っていただろう。
しかし今この時、この状況下ではどんな会話であっても無下に途切れさせてはいけないという謎の使命感を覚えていた。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろうかと、そんなハプニングに見舞われた物語の主人公のような言葉をもらしてしまう。
つい1時間前まではもちろんこんな箱の中に閉じ込められるなんてことは思いもしなかった。
いつものように出社し、いつものように仕事をこなしていた。
昼前になったところで昼飯を買いに席を立つ。他の社員は出前を取ることが多く、わざわざ外まで昼食に向かうのは私くらいだ。
新人が先輩社員に注文を聞きまわっているのを横目にオフィスから出ると、扉のそばに積まれた段ボール箱の山に出くわした。
「この段ボールってなんですかね?」
オフィスの入り口から同僚に尋ねる。
「あん? 段ボール?」
答えたのは入り口の近くに座っていたやたら目つきの悪い同僚だ。
「はい。廊下に山積みになっているのですが」
「くっそ。あの配達業者、また黙って置いていきやがったな」
目つきの悪い同僚がその目をさらに剣呑にして言う。
我が社のガラが悪いせいか、度々配達業者が勝手に受け取り印にサインして荷物だけ置いていってしまうのだ。
「あのヤロウ、今度見かけたら締めてやる」
そういうことをするから黙って荷物を置いていくようになるのだ、とは面と向かってはいえない。
「どうせまた社長の骨董趣味だろ。廊下にあっても邪魔だから中に入れておいてくれ」
どうやら一人で運べということらしい。
骨董好きの社長のことだから中身は壺か皿だろう。焼き物ならそれなりに重いかもと覚悟したが、それほどの重量感はなかった。中身はほとんど緩衝材なのかもしれない。
誤って落とさないよう慎重にオフィスへと運んでいく。廊下にあった台車のおかげで思ったよりも時間はかからなかった。
荷物をすべて運び終わり、ようやく昼食購入へと向かうことができる。
貴重な昼休みの時間が削られてしまったが、もともと決まった労働時間などないので今さらだろう。
エレベーターは一つ上の階に止まっていたらしく、呼び出しボタンを押すとすぐに頭上の方からキリキリとワイヤーの摩擦音が落ちてくるのが聞こえてくる。
このオンボロビルの建設当時からあるらしいエレベーターは、毎度乗っているのが不安になるほどのスキール音を響かせる。
うなりながらも無事に4階に到着したエレベーターに乗り込むと、先客がひとり――帽子を目深にかぶった少年がエレベーターの奥に立っていた。