第8話 策謀
お久しぶりです。第8話となります。
「あぁ、それはワシも常々考えおりました」
深夜、小紅が寝静まった頃を見計らって俺は吾郎爺と話し合いをしていた。
居間にある机に対面で座り、吾郎爺に話を切り出した俺は、その答えに「やっぱりか」と思う。
「…ですがその前に、あの日に話せなかった事を、彼女の過去を、お聞きくだされ。」
そう言う吾郎爺の目には、一種の覚悟に似た光が覗いていた。
俺は、静かに頷く。
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あれはあの子が生まれるほんの少し前。
小紅はまだ母の胎の中にいた頃の話。
今はもう、人知れずに消えた集落が2つ。
1つは人の、1つは鬼の集落がありました。
その2つは交流関係にあり、山の物と人里の物とを交換して暮らしておりました。
しかして、いつしか人の心に猜疑心が生まれてしまったのです。
鬼は古くから人を喰らう。
そう伝えられてきました。
もちろんそのような過去はありました。
しかし、人の里との古くからの約束を、鬼側が反故にすることは決して無く、穏やかに交流をしていました。
人々にとっては…それこそ不気味に感じたのでしょうなぁ…。
物と物とを交換する代わり、人を食わぬという約束を、世代を重ねる毎に忘れてしまった人間は、銃を、武器を手に取り、鬼を狩るために山へと踏み入ったのです。
怪力無双の鬼と言えど、刀で切れば傷がつき、傷が酷ければ当然死ぬ。
それこそ人より皮膚も、肉も、骨も強靭でありましたが…銃を前にしては一溜りもなく。
次々と屠られていったのです。
そうして1人の妊婦が森の中へ命からがら逃げ出しました。
そうしてたまたま貴方の父上と出会い、貴方の父上を捜していたワシと出会い…
彼女が、小紅が生まれたのです。
…その人間たちは、追ってこなかったのか…ですか…。
えぇ、すべからく、ワシが殺しました。
ワシの名は坂田五郎右衛門。
ワシは、人では無いのです。
………………驚かないのですな。
貴方で2人目です。
ついでに話してしまいましょう。
昔昔、ワシは…坂田金時という人間でありました。
金太郎、と言えばわかり易いでしょうか?
鬼退治の物語。茨木童子と酒呑童子の征伐。
昔のことです。今となってはなんの価値もありゃあしません。
征伐が成功して数年後、ワシは熱病により命を落としました。
しかし魂は現世に残り、数百年後に復活致しました。
魔王、山ン本五郎左衛門として。
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「わしの今の姿は言わば、仮初の姿。取ろうと思えば、どのような姿形にもかえることができるのです。」
「現在残る書物には、三目の天狗の姿と伝えられていたりしますが…ワシは天狗でも、狸でも、狐でもありません」
「想った姿を型取り、人々を脅かし、数々の異形を使役した、魔王。」
吾郎爺がそう言うと、顔のシワが段々とハリのある肌へと変わり、髭が伸びていく。
髪は黒くツヤを取り戻し、額には力強いシワが刻まれる。
身体もメキメキと変異していき、あっという間に吾郎爺は偉丈夫へと姿を変えた。
「これがワシの生前の姿だが貴様はやはり驚かぬか」
カッカッカッ、と、そう朗らかに笑う彼はいつもの吾郎爺だと思わせる。
「吾郎爺。俺は」
「あぁ、分かっている。」
娘を、よろしく頼む。
そう力強く言った吾郎爺は胡座をかいたまま、両拳を床につき、頭を深々と下げた。
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「さーて、今日はなにをしようかしらね!」
小紅は肩をぐるんぐるんと回しながら廊下をのっしのっしと歩んでいく。
その顔は朗らかで、楽しげである。
「おはよー下僕!起きなさい!」
ガラッ!!!!
勢いよく客室の戸を開くと
「………………あれ?」
そこには、だれもいなかった。
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小紅が生まれてから、ワシはあの子の親として生きていこうと決意した。
しかしてあの子は人ならざるもの。
ワシは上手く擬態し、紛れ込んだ。
だがあの子は違う。最初から異形のままなのだ。
村人たちはあの子を忌避した。
鬼の子だと蔑んだ。
ワシは彼らを説得したが、何とか村八分にならない程度で済んだだけ。
そして幼い頃の小紅は、鬼としての、妖としての性を抑える術を持ち合わせておらず。
夜な夜な山に入りては獣を狩り、屠り、貪った。
無害な妖も目につくものは全て殺した。
その断末魔はこの集落にも届き、人々は恐怖し、1人、また1人と出ていってしまった。
ワシは何度も小紅を止めた。
しかし手遅れだった。
人々は完全に彼女を拒んでしまった。
残った人々は彼女を居ないものとして、触れてはいけないものとして扱った。
使用人が辞めていったという話もその頃からだった。
使用人が辞めたところで困ることはなかったが、彼女は外の世界を何も知らぬまま育った。
家族はワシだけ。1人ではなかったが、孤独だった。
無味乾燥な毎日を過ごし、呆然としている事が多かった。
笑うこともなかった。
たまに発作のように、怒りに身を任せ暴れるだけ。
彼女は甘え方をしらなかった。
ワシは満足にその方法を教えてやることも出来なかった。
親失格だと、ワシ自身がそう思う。
だが彼女は、小紅は。
マコトくん、君が来てから……いつも楽しそうなのだ。
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グシャッ!!!!!
身体が地面に叩きつけられる。
ここはあの時訪れた山の上。
青空の広がるその場所で、俺は吾郎爺だったものに身体を打ち据えられていた。
「貴様ごときが!小紅を!救えると!」
ガッ!!ドガッ!!!バキッ!!!!
身体が左右に揺られる。
「戯言を!!!!!!!」
ドガンッ!!!!
吹っ飛ばされた俺は、またもや地面に叩きつけられた。
「がっ…効くなぁ…!このクソジジイっ!」
すぐさま立ち上がり、吾郎爺に向かっていく。
右腕をがむしゃらに振るうが、届かない。
「無駄じゃ!!」
今度は木に叩きつけられる。
痛みに顔を顰めながら、追撃の拳をすんでのところで避けた。
木が砕け散る音がすぐ背後から聞こえてくる。
「ちっ、殺す気かよっ!!」
さらに迫る拳を、何とかギリギリで避け、みっともなく逃げる。
「逃げるなぁ!!!!」
唐突に眼前にでてきたものは、
丸太のような足から繰り出される 、
前蹴り───────
「うぼァあっ!?!?」
腹に衝撃。
俺の身体は宙を舞う。
喉の奥から何かがせり上がり、堪らず吐き出す。
真っ赤な血が飛び散る。
(まずい…!意識がッ、飛ぶ!!!!)
歯を食いしばり、意識を手放す寸前で踏みとどまる。
地面が迫る。
衝撃に身構えたとき、ふわりと何かに支えられた。
「吾郎爺。これ、どういうこと?」
怒りの表情に顔を真っ赤にさせた小紅がそこにいた。
━━━━━━━続く━━━━━━━━
俺ここまでお読み下さりありがとうございます。
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