春真っ只中に、隣の腐れ縁野郎と隣の美少女の二人がいきなり宣戦布告し始めたんだけどなんで!?
「なんでお前と同じクラスで隣の席なんだよ」
開口一番、アタシの口から出た言葉は隣に座る人に対する不満だった。普通、こんな不満を直接伝えるのはかなり非常識だ。ただ、こいつだけは、この見慣れた野郎だけは例外だ。
「なんだよ。同じクラスになったと思ったらいきなり不満かよ」
口を尖らせながら、そして苦笑されながらツッコミされる。まったく、この野郎の笑みは何度見たことか。幼馴染みである浅川大輝は今日もムカつくほどのかっこよさを放っていた。
「そりゃ、そうだろ。何年一緒に過ごしてきたと思ってるんだ。春なんだし、出会いの一つや二つはあるもんだろ」
「前に座ってる人は男だろ。そいつに話しかけて仲良くなればいいんじゃねーの?」
「バカ大輝。伊東君は彼女持ちだっつの。しかも当の彼女さんは横の席ときたものだ。出会いを求めて伊東君に話しかけに行けねぇよ」
一瞬、その彼女さんの視線を浴びる。うひゃあ、と心の中で悲鳴をあげた。
「へえ、伊東の奴浅井と付き合ってたのか。そいつは初耳だったな」
伊東君と浅井さんの前で平然とその話ができる大輝は度胸ありすぎるだろう。少なくともアタシは冷や汗ダラダラだ。
「出会いといえば、最近お前告られたらしいな」
「なっ……。ちょ、なんであんたが知ってんだよ」
「斉藤から聞いたぜ。ゆうジーンから告られたんだってな」
ゆうジーンとは中村祐樹という、大輝や斉藤と同じサッカー部に所属している男子高校生である。ムードメーカーで、いつも明るく元気な、いわゆる陽キャ男子だ。なので彼はけっこう女子からの人気はあるのだが、そんな彼がつい一ヶ月くらい前にアタシに告白してきたのだ。
可愛いからとか、優しいだとか、話して楽しいとか色々言われたっけ。
「斉藤から聞いた話では好きな人がいたからフッたらしいな。お前にも好きな人いたんだな」
「う、うるせぇ。アタシにも好きな人の一人くらいいる」
「へえ。で、誰なの?もしかして俺?」
人差し指を自分へと向け、勝ち誇ったような笑みを浮かべているナルシストに、アタシはキッパリという。
「あんたには絶対教えねーよ」
新学期が始まった今日、アタシ磯貝美来の隣の席に座るのはあろうことか十年以上の付き合いのある腐れ縁野郎だった。
その後、クラスで新しく友達ができた。白鳥卯月という、小柄で、可愛い女の子だ。特に銀髪という現実離れした地毛が印象的で、それでいて肌艶がアタシ以上に良く、嫉妬してしまうくらいだ。あまり、会話に積極的なタイプではなく、一人でいるところを目撃して、会話したらけっこう面白い奴で、意気投合した。
今日は午前中で授業は終わり、卯月やその他友人と共にファミレスでご飯を食べ、そして今カラオケにいる。
そして、アタシは熱唱していた。ロックな歌を歌って溜まったストレスを晴らしていた。
「おおっ! 美来今日激しめじゃん!」
「リア充め! 爆散しろ! 目の前でイチャイチャしやがって!」
「うひゃー、拗らせ美来のおなーりー」
ガヤの岡部美乃梨と茅島咲が元気よくカラオケ店に置いてあるマラカスやタンバリンを鳴らしている。そして、卯月はこの雰囲気に圧倒されていた。
「さてと、アタシはこれぐらいでいいや。づっきーなんか歌いなよ」
「わ、私ですか?え、えっと、磯貝さんの次に歌うのなんて畏れ多いのですが」
カラオケ店には採点機能が存在している。今日もそれを使っているのだが、卯月はテレビに映っている点数に少し慄いているように見えた。そんなに驚くかな、九十八点って。
「ほら、敬語使わなーい。それに、歌う順番なんてカンケーないだろ。アタシはづっきーの歌を聞きたいな」
そうだそうだ、と美乃梨と咲も言う。
ちなみに、づっきーは卯月のあだ名として呼んでいる。
「えっと、じゃあ、僭越ながら私歌います!」
そうして選んだのはなんとアニメソングだった。テレビにアニメの映像が流れる。そして、歌い始める。
最初は恥ずかしそうに歌う卯月だったが、だいぶ慣れたのか、サビに入ったところでもうノリノリだった。
四分半くらいの歌を歌い切った卯月は少々息が上がっていた。採点機能の点数は八十六点だった。
「ヒュー、ノリノリでカッコよかったぜー!」
「う、うわぁ、恥ずかしい……」
「アニメ、好きなのか?」
「う、うん」
「にしても、すごかったな、映像で流れたあの姉ちゃんの露出は。意外と卯月って変態?」
「へ、変態じゃないよ! ただ、あの女の子のお⚪︎ぱいはいいなとか、ちょっとでいいからイチャイチャしてみたいなとかそう思うくらいだよ!」
今の一文ですごく彼女は変態なのではないかと思うのはアタシだけだろうか。まるで思春期の少年みたいな感想だ。
「じゃあ、アタシがイチャイチャしてやるぜー。最近アタシは恋とは縁遠いから、百合の初恋でも始めちゃうぜー」
そう言い、アタシは卯月に抱きつく。小さい悲鳴が聞こえてきたと同時に柔らかい感触に包まれる。ショートヘアーの彼女の髪はふわふわで柔らかく、甘いいい匂いに包まれる。
「おいおいー、その辺にしとけよ美来」
ガバッと美乃梨に剥がされる。卯月の顔は赤くなっていて、茹で蛸のようだった。そんな卯月も可愛い。
「そういえば、美来って恋とは縁遠いとは言ってたけどゆうジーンから告られたらしいじゃん」
「なんで咲が知ってるのよ」
「あたしも知ってるしィ〜」
「なんでみんな知ってるのよ!」
「そうなの、美来さん」
「美来でいいって。てかあんたが知ってたらアタシ恐怖でチビるって……」
「その時に言ったらしいじゃん。好きな人がいるって」
「えっ、まあ言ったけど」
「大輝君だろ?」
「ち、違ぇし! なんでアタシがあんな奴好きにならねぇといけねぇんだよ。あれは単にゆうジーンと付き合いたくなかったから断る口実にしただけだし」
「美来、顔赤いよ」
「うるさいやい! あたしは卯月と付き合うんだい!」
卯月がそれを見て笑い出す。何が面白いのかわからないが少しムカついたので手で顔を挟む。面白い顔になり、アタシ達は吹き出した。
ひとしきり笑ったあと、携帯電話が鳴った。誰からかなと思ったら母親からだった。
「何、母ちゃん。急に電話なんかして」
「大輝君、来てるわよ。早く帰って来てらっしゃい〜」
「は、はァ!? 今、ダチと遊んでるんだけど」
「大輝君が会いたそうにこっちを見てるわよ……」
「仲間になりたそうなモンスターみたいに言うな! わかったわかった、あともう少し遊んだら帰るから、ちょっと待ってろ。じゃあな」
アタシは電話を切った。すると、目の前には、察したような眼差しを向けられた。
「美来、あたし達のことはいいから、行ってきな」
「そうそう、大輝君とイチャイチャしてきなよ」
「美乃梨、咲、お前達の気持ち受け取ったぜ。特に咲、後でゼッテーぶっ殺す」
「はァ!? アタシ何かした!?」
とりあえず二人を無視するとして、アタシは卯月の方を見る。
「本当はもっと卯月とイチャイチャしたかったんだけど、アタシ行かなきゃいけねぇんだ。また明日な」
「は、はい!」
アタシは三人に見送られながら、カラオケ店を出た。そして軽く走り出す。あいつの待つ、アタシん家に。
数時間後、アタシは布団の中にいた。目の前には家の天井が広がっている。照明が消されていて、その姿は真っ暗だった。暗闇でも少しの光があれば人間目が慣れるらしいのか、周囲に何があるのかがわかる。
アタシは、横を見る。私の布団の奥に、もう一つ布団がある。そして、そこには人の姿が……。
「って! なんでアタシは大輝と一緒に寝てるんだよ! 隣の席でさえ満足できねぇってのかよ!」
「いきなり大声あげるなよ……。お前のオカンが布団敷いたんだろ。泊まってけって言われたのは俺だぜ」
「まあ、アタシも反抗したけど負けただけだしぃ」
「まあ、お前のオカンちょっと怖いところあるしな」
数時間前、アタシは大輝と家族とで晩御飯を一緒に食べ、そして風呂に入った。もちろん別々にだぞ!
それで、その後大輝は帰ろうとした。正確には晩御飯を食べる前には帰ろうとしていたのだ。しかし、私のオカンが晩御飯を食べさせたり、風呂に入らせたり、しまいにはアタシたち二人分の布団を敷いて寝泊まりさせようとしたのだ。
アタシはそれに反対したのだが、オカンの説得に負け、今こうして二人はアタシの部屋で一緒に寝ているというわけだ。付き合ってもないこの関係で。
「にしても、いつぶりだろ、こうして俺ら二人が一緒の部屋で寝るの」
「そんな久しぶりじゃねーだろ。この前だって一緒にキャンプした時なんて、一緒のテントで寝泊まりしただろ」
「あー、そういえばそんなこともあったな」
「古い記憶のように言ってやがるが、これ二週間前の話だぞ」
「うるせぇー。そんなこと言う奴はこうだよ!」
アタシは大輝の片腹をくすぐってみせる。すぐに笑い出して反撃をしてくる大輝。そのままもつれ合って、最後には押し倒されてしまった。
「あっちゃー、もう力では敵わねぇかー。ガキの頃はアタシの方が大きくて力も強かったのにな」
「お互い大きくなったものだな」
「そうだな。十年も時が経ったんだ。お互い大人の身体になってしまったな」
「心は子供かもしれないけどな」
「確かに、こうやって戯れてる間はガキかもな。でも考えてみろよ。お互い思春期なんだぜ」
「ああ、わかってる」
二人の身体は未だ近い。そんなアタシはまたドキドキしている。そして、それを少し煩わしく思うアタシもいる。少なくとも、数十分止むことはなかった。
翌日、アタシと大輝は一緒に家を出た。昨日の夜の事はまるで官能小説のようであった。
ちなみに、いかがわしい行為が行われたかどうかはご想像にお任せしておこう。たまには意地悪に、有耶無耶に語るのも悪くない。
通学路の並木は桜が咲いていて、写真を撮ってしまうくらいには美しい。
しかし、写真を撮ろうとすると大輝が入り込んでくる。
「ねー、だるいって。綺麗な桜並木が台無しになるだろ」
「いや、むしろ俺を引き立ててくれるはず!」
「お前、ほんとナルシストだな……」
そんなことを話しているうちに学校に着く。学校の庭園にも桜が満開で綺麗だ。
大輝とは去年までは違う教室だった。しかし今は教室が同じ。しかも隣の席ときた。あのうざったるい横顔を見せつけられると思うと、少しイライラしてくるアタシがいる。早く席替えしないものだろうか。
お互い席に着く。左横を見ると、卯月がいた。キラキラとした銀髪が眩しく綺麗だ。
卯月はアタシに気づく。軽く挨拶して話そうかと思ったら何かを決心した顔でアタシ、ではなく大輝に向かって歩いていく。
「浅川君」
「おお、って誰だっけ?」
「わ、私は、白鳥卯月と言います。今日は話したいことがあって」
「おお、俺に? なになにー?」
大輝はまるで今から告白を受ける男子のような顔だ。そのムカつく顔をとっととやめてほしい。
「私は、あ、貴方には絶対に負けませんから」
「ん?ああ、そゆこと。おう、ゼッテー俺も負けねぇから」
勝手に二人で宣戦布告されても困る。一体、何で競い争っているのだろうか。
「なんだなんだ二人とも。威勢良く宣戦布告しやがって。アタシをのけ者にするってか?」
「いやいや、そんなんじゃないし」
「ち、ち、ち、ち、違うよ!」
噛みまくっている卯月が可愛すぎる!
アタシは我慢できずに卯月に抱きついてしまう。
「ほれほれ。づっきーはやっぱり可愛いなぁー」
髪をわしゃわしゃと撫でる。そう、この髪の柔らかさは天下一品だ。
「おい、その辺にしときなよ美来」
「えー、だってこんなに可愛いんだよ」
「いい加減に離れろや!」
アタシは大輝によって引き剥がされる。づっきーのぬくもりと柔らかい匂いに意外にもドキドキさせられる。
そして、卯月はとても顔を赤くして、嬉しそうだった。そんな卯月も可愛い。
「おい、美来。今日は部活休みだから一緒に公園でお花見行くぞ」
「えっ? そうなの? 行く行くー! づっきーも一緒に行くよね?」
「当たり前です! 美来、一緒に場所取りに行きましょ!」
「お、おう」
「くっ、場所取りに誘うとは。やるな白鳥」
「本当、二人何があったんだよ……」
アタシが少し引いてしまうぐらい卯月と大輝は眼に火を灯している。そして、何故かアタシにアプローチをし始めてくる。ったく、なんなんだよ、これ。
ただこれだけ分かる。アタシはどうやら隣の腐れ縁野郎と隣の美少女の対決に巻き込まれそうだ。
「さて、第一ラウンドといきましょ」
「望むところだ」