「法律により、ここは通らせていただきます」と弁護士が言ったら、本当に魔王のとこまで行けちゃった件。
「大変です魔王様! 勇者が、勇者がこの玉座の間へやってまいります!」
「なんだと!? ええい、こうもあっさり通すなど、四天王どもは何をやっておったのだ!」
「そ、それが……」
魔界にある魔王城、その玉座の間。
魔王が悠然と腰掛けていたそこへと、一体の魔物が駆け込んできた。
見ればその身体には……一切怪我もなく。
そのくせ這々の体で駆け込んで来たのだから、何をしていたのだと怒鳴りたくもなるだろう。
そして魔物が更なる報告をしようと口を開いたその時。
バーン! と勢いよく正面扉が開いた。
「失礼いたします。こちら、魔王殿のおわす玉座の間で間違いございませんでしょうか?」
入ってきたのは一人の女性。
金色の髪を頭頂部付近で一纏まりに結い上げ、その顔の中央にはフレームの薄い眼鏡。
着ているのは男性文官が着そうな細身の官服で、スカートではなくパンツスタイルと、なんともとっつきにくい格好。
より人を寄せ付けない印象を強くするキリッとした目つきの彼女の背後から、三人の男女が続く。
鎧を着込み、聖なるオーラを纏った剣を手にする男が勇者だろうか。
その両脇を固めるのは、着ている服装からして女の僧侶と魔法使い。
だとすれば、先頭を切って入ってきたこの女は? と魔王は内心で首を捻る。
「確かに俺が魔王だ。だが……貴様等、どうやってここまでやってきた!」
入ってきた魔物の様子からしても、勇者達の様子からしても、戦闘の形跡がない。
そもそも、まるでそんな音はしていなかった。
当然とも言える魔王の問いに、魔王を前にして臆した様子もない女がニヤリと唇を曲げる。
「知れたこと、正面から堂々とお邪魔いたしました」
「は?」
まさかとは思っていたまさかの答えに、魔王軍を代表して魔王が間抜けな声を上げた。
状況についていけていない魔王へと、女が答えを教える教師かのようなもったいぶった仕草で言葉を続ける。
「魔王国決闘法第四条第一項、『決闘を申し込みに来たる者、並びにその付き添いに対しては、これを妨げてはならない』。この条項に基づき、ここまで通していただきました」
「は? ……いや、あったなそんな法律! って、何百年前のだそれ!?」
「昔のものだろうと、法律は法律。失効していない以上、それに従いここまで通してもらえるのは道理でしょう」
「いやそうなんだけど、なんかこう、納得できん! こう、風情っちゅーかなんちゅーかさぁ!」
ある意味当然な魔王の叫びに、しかし女は嫌味な笑みを作って眼鏡をくいっと指先で持ち上げる。
「ふっ、笑止千万ですね。法律がある以上、あなたの感情など問題になりません」
「うわー、むかつくわー。この女ほんっとむかつくわ~。
つーかお前何モンよ。僧侶でも魔法使いでもないし、武闘家も商人も違うよな?」
「あら、そんなこともおわかりになりませんの?」
そう言いながら女は、ゆっくりと懐に手を伸ばす。
武器でも取り出すのか、と魔物達が身構える中、彼女が取り出したのは……名刺入れだった。
「私、人間の王国で弁護士をしている者でして」
「道理でむかつくと思ったわ! 何だよ、弁護士が勇者の仲間やってんじゃねぇよ!」
「弁護士が勇者様の仲間になることを禁じた法律はありませんが」
「推奨もされないし前例もないだろ、多分だけど!」
魔王の言うこともごもっとも、実際、弁護士が勇者の仲間になった事例などない。
だが残念なことに、彼女の参入によって前例が出来てしまった。
それが意味するところは。
「前例があるかないかなど、本案件において関係はありません。
代理人と共に決闘の申し込みに来た前例は、いくらでもあるでしょう?」
「くっそ、あるよ、それこそ俺だって魔王になる前は何度も受けたさ!
ってことは、お前は後ろにいる三人組の代理人、決闘をするのはそこの勇者っぽい男ってことでいいんだな?
決闘法によれば、決闘はあくまでも一対一のはずだ」
「ええ、その通り。こちらの彼が勇者様であり、あなたに決闘を申し込む者です。もちろん、受けていただけますよね?」
「はっ、決闘法第十条、か。『魔王は決闘の申し込みを拒否することが出来ない』なんてふざけた条項がほんとに発動することになるとはよぉ」
弁護士の言葉に、魔王は渋い顔をする。
本来であれば決闘は拒否することも出来るのだが、絶対上位存在である魔王はその例外。
力が全てであるこの魔界において、決闘を拒否するような存在は魔王の座に居座る資格がないのだ。
まあ、そもそも絶対者である魔王相手に決闘を挑む者など、この法律が出来て以降一人もいなかったのだが。
「いいぜ、受けてやる。法律を盾にここまで来たその小賢しさと度胸は嫌いじゃねぇしな」
「当然の返答ですね」
「ほんっとむかつくな、てめぇ!
……んで、いつやるんだ、今からか?」
「こちらとしてはそれでも構いませんが、流石に日時の調整には応じますよ」
「おう、だったらな……」
先程までの剣幕はどこへやら、決闘の日時調整に入る二人。
その様子を、勇者達はびくびくとした顔で。周囲の魔物達は呆気に取られた顔で眺めていた。
そして、決闘当日。
「う、うおおおおお!!」
「くそっ、なんだこいつ、人間のくせに馬鹿つえぇ!」
魔王城にあるコロセウムにて、魔王と勇者が一対一の決闘を行っているのだが……そこでは、予想外の光景が繰り広げられていた。
「す、凄いですね、勇者様……まさか、魔王を相手に一対一で押し込むだなんて」
「ふっ、当然の結果です」
「いや、話しには聞いてたけど、これは全然当然じゃないと思うな……」
驚きを隠せない僧侶へと得意げな顔で弁護士が言えば、呆れた顔で魔法使いがツッコミを入れる。
彼女らの目の前では勇者が、人間離れした……普段の実力以上の能力を発揮して、魔王相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。
魔法には魔法で、近接には近接で。
爆裂魔法が轟いたと思えば、魔王の拳を防いだ勇者の盾がそれに負けぬ程に爆発のような音を響かせる。
ここまで旅をともにした彼女達であっても、この攻防の間に入っては数秒で消し炭になるだろうと思われる戦い。
そんな人間の限界を超えた戦いを、勇者は繰り広げていた。
「これが、弁護士さんの仕掛け……」
「はい。決闘法第六条により、決闘の場において他者が支援魔法をかけることは禁じられていますが……」
「あんたのバフは、その場でかけるものじゃないからこれに抵触しない、っと。……酷いわね、詐欺みたいなもんじゃない」
「いいえ、騙してなどいませんよ? 当職はきちんと弁護士であることを明示しました。
であれば、弁護士の能力について調べなかったあちらの落ち度になります」
「嘘は吐いてない、って? 確かにそうだけど、釈然としないわね、味方ながら」
魔法使いにジト目で見られても、弁護士は涼しい顔。ポーカーフェイスは弁護士の必須スキルである。
先程魔法使いが言った弁護士のバフとは『法に則って行動する限りにおいて、全ての能力値を強化する』というもの。
現在、勇者は決闘法に則って決闘をしている。ただそれだけでも、このバフが乗るのだが。
その説明に、納得した顔で僧侶が一つ頷く。
「出発前に王様を説得して『魔王討伐励行法』を制定、施行していただいたのはこのためだったんですね……」
「ええ、その他にも『対魔族特例法』ですとか、いくつも。おかげで今の勇者様の能力は、軽く普段の10倍にはなっているはずです」
「だから一人でも魔王相手に押し込めてる、と。……むしろ人類最強の男が10倍の強さになってるのに、それでもやりあえてる魔王の方が凄い気もするけど……」
「それは否定しません。正直、まともにやりあいたくはないですね」
彼女達の目の前では、魔王の拳によって闘技場の石畳が砕け、クレーターのような穴が出来ていた。
だが、勇者は間一髪それを宙に飛んで回避し……。
「……決まりますね」
弁護士がそう呟いた瞬間。
特大の爆裂魔法が発動し、魔王を地に叩き伏せたのだった。
「は、はは……勝った、のか……はっ、や、やった、勝った、勝ったぞ! 俺の勝ちだ!!!」
倒れ臥し動かなくなった魔王を前に、半ば半信半疑だった勇者が徐々に勝利を確信し雄叫びを上げる。
コロセウムは一瞬沈黙が訪れ……ついで、怒号のような、あるいは悲鳴のような声があちこちで上がり……その中の一人、人型の魔族が、呆然と呟いた。
「何てことだ……魔王様が敗れたってことは、あの人間が魔王になるのか……?」
信じられない、と彼は首を振るが……それは、事実だった。
「だ~っひゃっひゃっひゃ!!! 見たかよ、あいつらの間抜けな顔!
俺様が魔王になったと理解した時の絶望した顔ったらなかったぜ、ほんとによぉ!」
「は、はぁ、そう、ですね……」
これ以上なく上機嫌な勇者へと、肩を抱かれた僧侶が困ったような顔で応じる。
その後ろからついていく魔法使いと弁護士の表情は、完全に無。
魔王を倒した勇者達は、決闘の結果により彼が新たな魔王となったことを魔族や魔物達に認めさせた後、報告のために人間の国へと戻って来ていた。
王都へと向かう道すがら、幾度も繰り返された武勇伝をまた聞かされて、我慢強い僧侶も流石に辟易とした顔を隠せないでいるのだが……残念なことに、勇者の目には全く入っていない。
彼は確かに人類最強の男なのだが、その品性は決して上等なものではなく、魔界へと居たる道中においてもこうした行動は幾度も見られ……それでも、魔王を倒せるとしたら彼しかいない、と我慢をしてきたのだが……魔王を倒した解放感も相まって、もはやタガは完全に外れてしまっている。
「あれ、俺様が魔王で? ついでに人間の王にもなっちまったら世界統一できね? そしたら最高じゃね?
世の中全部俺様のものになるじゃんよぉ!! いいねぇ、もらっちまおう!!」
聞くに堪えない下品な声で勇者が叫んだその瞬間。
キラリ、と弁護士の眼鏡が輝いた。
そして。
「……は?」
勇者の腹部に突然走る、焼けるような痛み。
見れば、深々と針状の短剣が突き刺さっていた。
「はぁ!? な、なんだよ、なんだよこれ!?」
さらに辿っていけば、その短剣を握っているのは、魔法使い。
彼女は、無の表情のまま、ぐりっと短剣を捻ってさらに突き入れた。
「あぎぃぃ!? い、いてぇ、いてぇ!? な、なんで、おまえの腕力で、俺に刺さるはずないのに!?」
人類最強であるはずの彼は、当然、防御力も最強。
魔法使いでしかない彼女の細腕で繰り出された短剣など刺さるわけがない。通常であれば。
「ええ、普段のあなたにであれば。
ですが、今のあなたは魔王を襲名した身。であれば、『魔王討伐励行法』の標的となります。
その上、国家を我が物にせんとの発言が『国家転覆罪』に抵触しました。
よって、あなたに敵対する私達にはバフが、あなたには大幅なデバフが発生します」
淡々とした声で弁護士が語る中、あっという間に身体から力が抜けた勇者が、その場に崩れ落ちる。
腹部に刺さった短剣を抜こうとするも、指に力が上手く入らない。
「は? え? 敵対? な、何言って……俺様は、勇者……」
「残念ながら、勇者を定義する法律はありますが、それはあなた個人を指定したものではありません。
そして、魔王となり王位簒奪を望んだあなたは勇者の資格も喪失しました。
今のあなたは、強力なデバフがかかった一般人なのですよ」
「そ、そんな、嘘、だ……俺様、は……ゆう……」
勇者だった男の呼吸がひゅうひゅうと笛のような音を立てながら、短く、早くなっていく。
腹部を押さえていた手が、その肌をかきむしるように動き……やがて、痙攣したかのように震え出して……止まった。
「……毒が回りきったみたいね」
「……はい、脈、呼吸ともになくなりました」
様子を観察していた魔法使いの言葉に、膝を衝いて勇者の身体に触れていた僧侶が頷く。
そして。
はぁ……と、二人の口から大きな溜息が零れた。
「お二人とも、お疲れ様でした」
「ううっ、や、やっと終わりましたぁ……」
「あんたのおかげよ、ありがと……」
気が抜けたのか、ぼろぼろと僧侶は涙を流し、魔法使いは表情が戻りきらない顔のまま、弁護士へと振り返る。
そんな二人へと向ける弁護士の微笑みは、優しいものだった。
「いいえ、お二人には勇者との不本意な身体的接触などに耐えていただきました。
当職の負担など、さしたるものではありませんよ」
「それでも、よ。あんたの言う通り、あいつでしか魔王は倒せなかった。きっと、この手段でしか」
ゆるりと、魔法使いが首を振る。
一騎当千という表現が比喩にならない強さを誇っていた、人類最強の男である勇者。
その勇者ですら、あらゆるバフを乗せて能力を10倍にしてやっと倒せた魔王。
それはつまり、かの勇者にしか倒せないということを意味する。
だが、人類の希望がかかった勇者は、その強さゆえか、どうしようもない人格の持ち主だった。
そのため、仲間として同道した僧侶と魔法使いは、実際は接待要員。
勇者のご機嫌を取り、なんとか魔王退治へと向かわせるのが与えられた任務だったのだ。
そして、首輪となっていたのが弁護士である。
自身の力に溺れていた勇者からすれば、彼女の言うことに従えば簡単にその力が2倍3倍となるのだから堪らない。
反対に、不法行為に及ぼうとすれば一気に力がなくなるため、おいたも出来なくなったのだが……それを彼が知ったのは、がっちがちに彼女のバフ・デバフで縛られた後。
セクハラだけでは我慢出来なくなったため襲いかかろうとした彼の股間に強烈なデバフがかかって悲しいことになった、という事件により、知ることとなったのだ。
そうして、暴発しそうなくらいに色々と溜まっていた彼は、この制約から解放されるために魔王を倒した。
結果、解放感のあまりに口にしてはならないことを口にしてしまい、自身の破滅を招いた、というわけである。
「あんな、女の敵としか言いようがない人間に頼るのは出来れば避けたかったのですが……」
「あの決闘を見たら、あれしかなかったと、納得せざるを得ないですよ」
「これで、もうちょっと弁えてる奴だったら、こうはならなかったんだろうけど、ね」
魔法使いの視線の先では、毒の短剣で刺されたせいか顔がどす黒く変色した勇者の骸が転がっている。
その姿を見ても、哀れみすら湧いてこないのは……きっと彼の行いのせいなのだろう。
「それで、これからどうするの?」
「そうですね……勇者を倒したことで、魔法使いが暫定魔王になっていますからね、魔界にとって返すのもありですよ?」
「うわ、魔王になるとか勘弁なんだけど。……でもま、あいつが魔王になるよかはましなことには出来そうかな?」
「ええ、あなたなら恐らく。当職も出来る限りのお手伝いはいたしますよ」
「あ、もちろん私もですよ!」
げんなりとした顔の魔法使いを、僧侶と弁護士が両サイドから支える。
後に、この三人が人間の国と魔物の国の橋渡しとなり、数百年に及ぶ平和な時代の礎になるのだが……それはまた別の話である。