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008 今の俺は君よりも強いぞ

 必要な物を買ったらダシエを出て、徒歩で森に向かった。

 その頃には夜になっていたが松明を買ったので問題ない。


「松明もいつもなら自分で作るんだけどね」


「クリスは松明も作れるのか!」


「松明は簡単だよ。覚えておくと便利だから今度教えてあげるね」


「また知識が増えるな! 嬉しい限りだ!」


「本当に増えてるの? 忘れているんじゃない?」


「失礼な! これでも記憶力には自信がある!」


「言われてみればたしかにそうね」


 アーサーは世間知らずでドジでポンコツでなかなかどうして救いようがないところも多々あるけれど、能力は決して低くない。

 どちらかといえば優秀で、教えたことはわりとすぐに習得する。


「急いで作業を進めるわよ」


 川に着いても休む暇はない。


「俺は何をすればいい?」


「火を熾してもらえる? 私は他の準備をするから。あ、あと宝剣を貸してちょうだい」


「承知した」


 竹の籠を地面に下ろしてアーサーから宝剣を受け取ると、松明を片手に竹の橋を歩く。


「危険だぞクリス」


「分かっているけど、このままだともっと危険だからね」


 ハイエナやサーベルタイガーが橋を渡りかねない。

 なので橋を潰すことにした。

 竹と竹を繋いでいる紐を「えいやーっ」と宝剣で切る。


「火を熾したぞ!」


「なら次は調理ね」


 買っておいた豚肉を取り出して細かくカット。

 それを大鍋にぶち込んだ。

 さらにそこへ味噌と野菜を追加。

 最後に川の水を小鍋ですくって移したら準備完了だ。


「グツグツになるまで煮込んだら美味しい豚汁の完成よ!」


「素晴らしい! これで米があれば尚更に最高だぞ!」


「残念ながらお米はないけど、代わりにお魚があるわ」


 設置しておいた10個の筌を回収。

 中にはアユやサワガニが入っていた。


「アユの下処理をお願いしてもいいかしら?」


「任せろ! しっかりばっちりきっちり覚えているぞ!」


「頼もしいわね。宝剣は私が使うから、このナイフで作業してね」


 腰に差しているナイフをホルスターごと外してアーサーに渡す。


「魚も味噌汁に入れるのか?」


「ううん、串焼きにしましょ。今度は塩もまぶしてね。せっかく買ったんだから」


「もちろんだ!」


「じゃ、私は近くの木にハンモックを作るからよろしくね」


「おう!」


 調理をアーサーに任し、ハンモックを作るべく森へ。

 ――と、その時だった。


「クリスぅ! 大変だー!」


 アーサーが間抜けな声で喚いている。


「サーベルタイガーでも出たの?」


 と振り返り、彼を見て愕然とした。


「塩の量が分からないが、どうやらかけ過ぎたようだ!」


 それは「どうやらかけ過ぎたようだ」では済まないレベルだった。

 なんとアーサー、一匹目のアユに塩を使い切ったのだ。

 数十回の調理で使えそうな塩の小瓶が空になっていた。


「分からなくても加減ってものが……いや、説明を怠った私のミスね……」


 大きなため息をついて彼の前に行き、塩まみれのアユを奪った。

 そしてそれを焚き火でガリガリに焼いた。


「食べてみなさい」


 ほら、とアーサーの口に突っ込む。


「うおぇ! しょっぱ! このアユはもうダメだぁあああ!」


 絶叫するアーサー。

 そんな彼を笑ってから言った。


「塩のかけすぎはダメって身を以て学べてよかったね」


 アーサーは「ぐぬぅ」と唸った。


 ◇


 結局、調理は私が行うことにした。

 アーサーは申し訳なさそうな顔でそれを眺めていた。


「じゃ、食べましょうか」


 シンプルな漆器のお椀に豚汁を入れて、「いただきます」


「この豚汁すごく美味しいぞ! クリスの腕は王宮の料理人より優れている!」


 私は「いやいや」と苦笑い。


「具材を鍋に入れて煮込んだだけだから調理の腕なんて関係ないよ」


 とはいえ、美味しいのは確かだ。

 豚肉と野菜の香りが絶妙にマッチしていて胃を癒やしてくれた。


「この串焼きも美味い! 味噌もありだな!」


「だねー!」


 魚は味噌を塗ってから焼いた。

 どこかの誰かさんが塩を使い切ったからだ。

 初めての試みだったが、なかなか悪くない。


「体も温まったことだし寝床を作りましょうか」


「ハンモックだな!」


「そそっ」


「食器は洗わなくていいのか?」


「あとで洗うけど、先にハンモックよ」


「承知した!」


 立ち上がり、目当ての木に向かう。


 木の周辺には大量の蔓が並べてあった。

 豚汁を煮込んでいる間に用意したものだ。


「ハンモックは2~3本の木を使って作るの。今回は安全性を考慮して3本ね」


 蔓を一つもち、目の前の木に括り付ける。

 蔓の位置は私の頭よりも上――地上から約2メートルの位置。


「どうしてそんなに高い位置に作るんだ?」


「地上の動物が手出しできないようにする為よ」


「この辺は安全なんじゃないのか?」


「昼はね。夜は分からないから」


 多くの肉食獣は木登りができない。

 なので、樹上に寝床をこしらえれば安全度がグッと上がる。


「こんな感じで蔓の両端をそれぞれ別の木に括り付けるの」


「それがハンモックの骨格になるわけか」


「正解!」


 3本の木に蔓を括り付け、三角形の骨格が完成。

 次に蔓の真ん中から別の蔓の真ん中へ、新たな蔓を這わせる。

 同じ要領で無数の蔓を縦横無尽に繋ぎ、骨格の内側を網状にした。


「これで寝転んでも大丈夫!」


 木に登り、ハンモックの上に転がり込む。

 素材が蔓なので青臭いものの寝心地はいい感じ。


「大量の蔓を使ってハンモックを作るとは恐れ入る!」


「感心している場合じゃないよ」


「というと?」


「あなたの寝床も作らないと」


「え、そのハンモックで一緒に寝るんじゃ?」


「そんなわけないでしょ。これは一人用よ」


 私はハンモックから飛び降り、アーサーの腰に手を伸ばす。

 鞘に収まっている宝剣を勝手に抜いた。


「私は蔓を集めてくるから、あなたは自分でハンモックを作ってね」


「任せろ!」


「ちゃんと作れるんでしょうね?」


「見ていたから分かる!」


「その言葉を信じるわ」


 ということで、手分けして作業を進めた。


 ◇


 アーサーのハンモックが完成した。

 私は蔓の調達だけで、作ったのは彼なのだが――。


「いい感じじゃない!」


「だろー!? 俺だってこのくらいはできる!」


 アーサーは「ふふふ」と誇らしげに笑った。


「あなたって変わり者よね」


「そうか?」


「教えればしっかりできる。でも、教えなかったら常識すら分からない」


「褒められているのか……?」


「褒めてもいなければ貶してもいないわ。ただ、不思議に思うの。ここまで両極端な人って見たことないから」


「自覚はないのだがなぁ。それより俺はクリスの役に立ちたいぞ! 今は足を引っ張ってばかりで悔しい!」


「この調子でこれからもアレコレ吸収したら、最後には欠点がなくなるよ」


「早くそうなりたいものだ」


「期待しているわ。それじゃ、もう夜も更けているし早く寝ましょ」


「おう!」


 私達はそれぞれの木に登り、ハンモックへ移動する。

 ――というのは間違いで、厳密には「私達」でなく「私」だった。


「クリス、助けてくれ……木に登る方法が分からない……」


「見様見真似でも無理なの?」


 アーサーは木にしがみついている。

 あとはそのまま猿のように上へ向かうだけだが……。


「無理だ!」


 彼の体はいっこうに樹上へ進まなかった。


「やれやれ、仕方ないわね」


「すまぬ……」


 私はひょいっとハンモックから飛び降りた。


「木登りが苦手なのは仕方ないよ」


 当たり前のように彼の鞘から宝剣を抜く。

 それで木の表面につま先が入る程度の凹みを作った。


「この凹みに手足を掛けて登ればいいわ」


「なるほど、木を削って梯子にしたわけか!」


「そんなところね。これなら登れるんじゃない?」


「やってみよう」


 アーサーが木登りに再挑戦。

 今度は大して労することなく登れた。

 そのままハンモックへ転がり込む。


「やったぞクリス! これで眠れる!」


 私は「そうね」と頷き、自分のハンモックへ。

 これでようやく眠れる。

 そう思い気を緩めた瞬間、耳元に「プーン」と不快な音がした。

 蚊だ。


「そういえばこの森、少ないけど蚊や小バエがいるのよね」


 耳元で蚊に騒がれたら怒りで森ごと燃やしかねない。

 虫除け対策をしておこう。


 私は木からほど近い場所に焚き火をこしらえた。

 もちろん落ち葉などに引火しないよう対策してある。


「何をするつもりだ?」


 ハンモックの上からアーサーが眺めている。


「これを燃やすのよ」


 竹の籠から取り出したのはパンパンに膨らんだ麻の袋。

 その中にはヨモギの葉が入っていた。

 袋代も込みで500ゴールド。非常に安い。


「この葉を燃やして出る煙は虫除けになるの」


「そうなのか!?」


「本当は家の中みたいな煙の逃げない空間でするべきなんだけどね」


 外だと虫除けの効果が大幅に落ちるだろう。

 それでも何もしないよりはマシだ。

 焚き火の上で袋を逆さにして、全てのヨモギを燃やした。

 独特の匂いを放つ煙が、私達やハンモックを襲う。


「ヨモギが虫除けになるなんて知らなかったぞ!」


「庶民の間じゃ一般的な虫除けだよ」


「なんと!」


「王宮じゃどうやって虫除けするの?」


「分からないな。そもそも虫が出ないんだ」


 虫除けも済んだので就寝の時間。

 私は再びハンモックに移動して寝転んだ。


「アーサー、慣れないと思うけど早く寝なさいよ」


「分かっている!」


「じゃ、おやすみー」


「おう! また明日! 今日もありがとう、クリス! 君と過ごした時間は俺にとって晴天の太陽よりも燦然と輝く――」


「いいから早く寝なさい!」


「うぅ」


 今のアーサーはきっとシュンとしているはずだ。

 暗いし仰向けなので見えないが、それでも声で分かる。

 そんな彼の顔を想像すると笑えた。


 ――――……。


(早く寝ろと言っておきながら私も眠れそうにないわね)


 疲労困憊で夜も遅いというのに眠気が来ない。

 仕方がないので今日の活動を振り返る。


(大変だったけど楽しかったなぁ)


 明日はどんな一日になるかしら。

 そもそも、明日は何をすればいいのだろう。

 アーサーのほうが年齢も身分も上だけど、決めるのは私だ。


「ねぇアーサー、起きてる?」


 早く寝ろと言っておきながら話しかける私。

 それに対してアーサーは――。


「クリス! 見てくれ! このサーベルタイガーを! 俺が一人で狩ったんだ! もう守られてばかりの俺じゃない! 今の俺は君よりも強いぞ! 改めて言うよ、クリス! 結婚しよう! 愛している!」


 ――森の中に愛の告白を響かせた。

 セリフの内容から寝言だと分かるが、それにしても驚く程ハキハキしている。


「酷い寝言ね」


「クリス! 俺は君が! 大好きだ! 神官長、俺は誓うぞ! 彼女が好きだ! クリスが好きなんだ!」


 その後もアーサーは、私のことが好きだと叫び続けていた。


「ほんと変な人」


 呆れと恥ずかしさと嬉しさを織り交ぜた笑いがこぼれる。

 アーサーの喚き声を聞いていると妙に心が安らぎ、気がつくと私も眠っていた。

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