007 私だって失敗することはある
「本当にごめん……牙を売る時は黙ってる……」
自らが交渉をぶっ壊したことに気づいたアーサーは、捨てられた子犬よりも悲しげな目で謝ってきた。
「あなたも言っていたでしょ。同じ轍を踏まなければいいのよ。だからもう元気を出して。それにね、牙は売らないことにした」
「えっ」
「私に名案がある!」
ドンッと胸を張った。
◇
毛皮を売ったお金でナイフと錐を購入した。
錐は細い穴を開ける為の大工道具だ。
この二つを使い、私は牙を加工することにした。
「できたー!」
人のいない路地裏に移動して作業すること10分。
サーベルタイガーの牙が笛になった。
片方が縦笛で、もう片方が横笛だ。
「それぞれ構造が違うから音色も異なるはず」
試しに横笛を吹いてみる。
ピーヒョロローと美しい高音が鳴った。
「すごいじゃないかクリス! 立派な笛だ!」
「アーサーも吹いてみて」
アーサーは「おう!」と縦笛に口を付ける。
ブォーンブォーンと重低音が響いた。
「いい音色だ!」
自画自賛のアーサー。
私も「そうね」と微笑んだ。
「それでクリス、牙の笛で何をするつもりだ?」
「もちろん演奏してお金を稼ぐのよ!」
「なんだって!?」
「この街には至る所に酒場があって、客の取り合いが繰り広げられている」
「生演奏で集客力を高めるわけか! 俺がよく行くレストランでも行われていた手法だ!」
「そういうこと。で、生演奏のお礼にお金をもらうってわけ」
「まさに名案じゃないか!」
「でしょ? 生演奏が好評を博したら、他の店からも依頼がじゃんじゃん来るわ。そうなったら演奏料を高くして、がっぽがっぽ稼ぐ! 私達はこれから演奏家になるのよ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
命懸けでサーベルタイガーを狩っても二束三文にしかならない。
持続的な生活をするなら、もっと安全な仕事をする必要があった。
そこで目を付けたのが演奏というわけだ。
「行くよアーサー!」
「おうとも!」
私達は路地裏から飛び出した。
◇
「サーベルタイガーの牙で作った笛で演奏するだって!? そいつはすげぇな! そんな笛聞いたことないし、演奏してくれるなら客が喜ぶこと間違いなしだ! 是非とも頼むよ! これは前金だ、受け取ってくれ!」
大きな酒場に生演奏の話を持ちかけると、マスターは二つ返事で承諾した。
それどころか前金といって1万ゴールドまで貰った。
「最高の演奏をしてみせますよ!」
「期待していてくれ!」
私達は背負い籠を店の隅に置き、生演奏用のステージに立つ。
へべれけの客達が「なんだなんだ」とこちらを見る。
「よってらっしゃい見てらっしゃい! これからそこの二人がサーベルタイガーの牙で作った笛で生演奏を行いますよ! さぁさぁ! 見ていって! サーベルタイガーの牙で作った笛の音色なんてここでしか聴けませんよ!」
マスターが店の外で声を張り上げる。
「サーベルタイガーの牙で作った笛!?」
「ユニークな楽器があるもんだなぁ」
「どんな音色なんだろう」
「面白そう!」
通行人が集まってきた。
店の中は超満員で、店の外も人でいっぱい。
皆が私達の演奏を心待ちにしている。
「さぁ始めておくれよお二人さん!」
上機嫌なマスターの合図と共に、私達は演奏を始めた。
ピーヒョロロー! ヒョーロロー!」
ブォーン! ブォンブォン! ブォオオオオオオン!
ピッピーヒョーロロン! ピーヒョロロー!
ブオッ! ブオッ! ブオォオ! ブッブー!
即興の音楽が場を支配する。
指は自然とリズムを刻み、吐き出すブレスが音色に変わる。
私とアーサーは最高の笑みを浮かべた。
「この音色は……!」
「なんという……!」
「嗚呼……!」
客は感動のあまり聞き入っている。
――と、思いきや。
「耳が壊れちまう!」
「なんだこの雑音は!」
「不愉快極まりないぜ!」
「ひっでぇ音!」
蜘蛛の子を散らすように消えていく。
その様子を見て、私は大事なことに気づいた。
私とアーサーは共に楽器の演奏経験がなかったのだ。
「待って! すぐに演奏を止めさせますから! お客さん! 戻ってきて!」
店主が懸命に訴えるも客足は遠のくばかり。
店の外にいた見物人の群れもいつの間か消えていた。
この時点で私は「あ、まずい」と思った。
ちらりとアーサーを見ると、彼も「やべぇ」という顔をしていた。
それでも私達は演者として最後まで演奏を貫き通した。
誰か一人くらいはこの音色を気に入っている者がいるはずだ。
そういった人まで悲しませないよう、全身全霊で奏で続けた。
「ご清聴ありがとうございました!」
吹き終わり、客席に向かって頭を下げる。
超満員だった席はガラガラで、マスターしかいなかった。
「お前ら出てけぇ! 二度と来んじゃねぇ! 失せろカス! ボケ!」
「え、報酬は……」
「あるわけないだろ! 身の程を知れ馬鹿! 殺すぞアホ!」
散々な言われようで、私達は店から追い出されてしまった。
生演奏で成り上がる夢が儚く散った瞬間だった。
「「…………」」
無言で石畳を歩く私達。
「なぁ、クリス」
「ん?」
アーサーが私を見て言った。
「全然ダメじゃないか! 君の演奏! 俺は頑張ったのに!」
「はぁ? 悪いのは私じゃなくてあなたでしょ? 何あの酷い音! ブォンブォンって、象の鳴き声かっつの!」
「俺の音は完璧だった!」
「完璧なのは私!」
額を当てて言い合う私達。
「いや、どっちも酷かったから」
私達の横を通り抜けたおじさんがボソッと言った。
おそらくその発言が真実なのだろう。
「私達……どっちも酷かったんだね」
「そのようだ」
「責任のなすりつけ合いは終わりにしよ」
「だな……」
「「…………はぁ」」
二人してため息をつく。
「なぁクリス、これからどうする?」
「牙は加工したから売れないだろうし、必要な物を買ったら森に向かいましょ」
「もう夜だし宿屋に泊まってもいいんじゃないか」
「節約したいからダメよ。明日以降もサーベルタイガーを狩るわけじゃないんだから」
歩きながら必要な物を考え、脳内でリストを作った。
そのリストに載っている物を調達するべく街を歩き回る。
「クリスってさ」
「ん?」
「完璧だと思っていたけど、そうじゃないんだな」
「どういうこと?」
「演奏のことさ。クリスはきっと演奏も上手だと思っていたんだ。俺は下手でも、クリスの音色は人々を魅了すると思った。でも、実際は驚く程に下手だっただろ。俺と同じくらいにさ」
「まぁね」
「それにびっくりしたんだ。クリスにも苦手なことってあるんだなって」
「私だって失敗することはある」
小さく笑い、アーサーを見る。
「完璧じゃなくてがっかりしたでしょ?」
「むしろ人間らしさを感じてますます好きになったよ」
あっそ、と顔を背ける。
彼に気づかれないよう密かにニヤけた。
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