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006 ほらみろクリス、決裂したじゃないか

 竹を使って筒状の(うけ)――水中に設置する罠のこと――や背負い籠を作るなどして時間を潰すことしばらく、トラ皮の鞣し作業が終了した。


「この上等な毛皮を売って生活費を稼ぐわよ!」


「おう!」


 二人して籠を背負う。

 毛皮は私のほうに入れた。


「クリス、俺が持つよ! その毛皮!」


「大丈夫。またスリに遭ったら困るしね」


「そういえば俺のせいでこんなことになっていたんだったな……うぅぅぅ……本当に……ごめん……」


 ドーンッとしょぼくれるアーサー。

 肩をガクッと落とし、目には涙を浮かべている。


「もー! そんな悲しまないでよ! 分かった分かった! アーサーに持ってもらうから!」


 ほら、とアーサーの籠に毛皮を入れる。


「絶対にパクられないでね!」


「任せろ! 同じ轍は踏まない!」


 アーサーは一転して笑顔になった。

 不安だなぁ。


 ◇


 城郭都市ダシエに到着。

 先に毛皮から売ることにした。


「直に日が暮れるからさっさと売り抜けたいわね」


「今日は森で夜を明かす予定だもんな」


「そそっ」


 大変なのはここからだ。

 まずは毛皮を買ってくれる人物を見つけねばならない。

 可能なら価値に見合った額を提示してくれる人がいい。


「クリスの希望額はどのくらいなんだ?」


 石畳の通りを歩いているとアーサーが尋ねてきた。


「理想は20万ゴールド以上。それでも安いくらいだけど、ツテも時間もないから10万が現実的なところね」


「すると10万が最低ラインというわけか」


「ううん、最低ラインは5万」


「5万!? 10万でも安いと思ったが5万とは……。毛皮の価値には疎いが、命を張って調達した物が数万ぽっちとは安すぎないか?」


「破格も破格、普通じゃあり得ないレベル。でも、私達は背に腹を変えられない状況でしょ。毛皮が売れなければ生活が立ち行かなくなる」


「なるほどな……」


 こうしてダシエを歩いていて思ったが、やはり景気がいい。

 未曾有の好景気って程ではないけれど、全体的に潤っているのは確かだ。

 政府や役人が腐敗しているのに反乱が起きないのもその為だろう。


(この様子なら思ったより高く売れそうね)


 と思ったのだが、それは大きな間違いだった。


「毛皮なんて暑苦しい物、買っても邪魔になるだけなんだよなぁ」


「たしかに質はいいけどこの素材はパスだなー」


 適当な服屋に当たるも、交渉にすら至らなかった。

 主に気候と流行が理由だ。


 ソネイセンは一年を通して暖かい日が続く。

 その為、毛皮のような寒い季節に輝く素材は人気がない。

 たしかにどの店にもマントやコートが置いていなかった。


 また、トラ柄というのも響いた。

 衣類のどこかにこの毛皮を使うとしたら、まずアウターになるだろう。

 だが、ジャケットには派手すぎるし、気候的にマントやコートの需要はない。


「このまま服屋を当たっても無意味ね」


「そんな……。これほどの物が売れずに終わるというのか」


「諦めるのはまだ早いわ」


「ぬっ」


「作戦を変えましょう。服屋じゃなくて、家具屋に行くわよ」


 サーベルタイガーの毛皮は絨毯としても使われる。

 私達の売ろうとしている物は状態がいいから、高級家具に最適なはず。

 ――という考えは見事に的中した。


「おお、これは上質な毛皮だ!」


 街の中心にある大きな家具屋に持っていくと、かなりの好感触だった。

 店主のおじさんは見る目があるようで、毛皮を隅々まで見るなり大興奮。

 私とアーサーの顔にも笑みがこぼれる。


「この毛皮を買い取っていただけないでしょうか?」


「もちろんだとも! 1万ゴールドでいいかな?」


 アーサーが「なっ……!」と顔を青くする。


 一方、私は気にしていなかった。

 最初にふざけた価格を提示するのは常套手段だ。


「馬鹿を言われたら困ります。そんな価格じゃ流石にねぇ」


「だったらお嬢ちゃんはいくらが希望なんだい?」


「30万」


 またしても「なっ……!」と驚くアーサー。

 正気かお前と言いたげな目で私を見ている。


「30はふっかけすぎってもんだろう」


「そうですか? こちらで取り扱っている家具を見ますと、同じような絨毯が100万ゴールドで販売されていますよね? 材料費は商品価格の3~4割が相場なわけですから、30は妥当じゃないですか?」


「ぐっ……よく見ているな、嬢ちゃん……。しかしだな、30は無理だ」


「どうしてですか?」


「嬢ちゃんに信用がねぇからさ。ウチの家具で使われている素材は、どれも長い付き合いの業者から仕入れている。そうした信頼があれば30で買い取るが、嬢ちゃんは完全な余所者。このサーベルタイガーの毛皮にしたって出所が分からねぇ。もしかしたら誰かから盗んだ物かもしれない」


「馬鹿なことを言うな! 俺達は命懸けで!」


「アーサー、やめなさい」


 怒鳴るアーサーを制止する。


「しかしクリス!」


「私らの苦労なんてこちらの店主からしたら関係ないのよ」


「嬢ちゃんの言う通りだ。(あん)ちゃん、商売のことを何も分かっちゃいねぇな?」


「ぐっ……」


「たしかに仰る通り、私達には信用がありません。それを勘案して20でいかがでしょうか?」


「まだまだふっかけすぎだぜ。出せても10だな」


 などと言っているが、妥結点は15万前後になりそうだ。

 そう思ったところで問題が発生した。


「おお!」と、アーサーが目を輝かせたのだ。


 この反応はまずい。

 10で満足していることがバレてしまう。

 案の定、めざとい店主はニヤリと笑った。


「10で決まりでいいかな?」


 懐から1万ゴールド札を10枚取り出す。

 アーサーがまたしても「おお!」と声を弾ませた。


 もはや15万は望めない。

 それでも一応、足掻いてみることにした。


「10万は安すぎますよ。せめて半額の15万でしょう」


「嫌ならいいんだぜ。他所へ行きな。ただし、嬢ちゃんらのことは同業者にも話をさせてもらうよ。果たして10万以上で買ってくれるところが見つかるかな?」


 完全に読まれている。

 やはり15万に引き上げるのは無理だ。

 値下げされないだけマシと捉えるか。


(いや、増額は無理でも……)


 10万+物という条件にはできるかもしれない。

 それで獲得した物を売れば、追加で1~2万は得られそうだ。


「やれやれ、おじさんの交渉術に感服しました。10万で妥協しましょう。ただ、それだとあまりにも安すぎます。何か物を付けていただけないですか?」


「物だと?」


「そのくらい要求してもバチは当たらないですよね?」


「言うねぇ」


 店主はニヤリと笑う。

 すぐには返答せず、勿体ぶって考え込んでいる。

 いや、厳密には考えるふりをしているだけだ。

 承諾することは目に見えていた。


(あとでアーサーには注意しておかないとね)


 とりあえず10万は手に入る。

 そう思い、気を緩めたのが間違いだった。


「クリス、まずいぞ。日が暮れてきた。交渉はそろそろ終わらないと。ギリギリまで粘って決裂したらそれこそ目も当てられない。最低ラインの5万より遙かに多いのだからもういいだろう」


 アーサーが全てを話してしまった。あろうことか交渉相手の前で。

 おそらく彼は、私が時間を忘れていると思って気を利かせたつもりだろう。

 それは理解できるけれど、彼の発言はまさに最悪と言うほかなかった。


「やっぱり気が変わった。10万でも売りたくねぇなぁ」


 ニヤニヤと笑う店主。


「ほらみろクリス! 決裂したじゃないか! まずいぞ!」


 何も分かっていないアーサーは大慌て。


「ちょっと外に出ていてもらえる?」


 私は鬼の表情でアーサーを睨んだ。


 そこでようやく彼は気づいた。

 自分が何かしてしまったということに。


「あ、うん、分かった……」


 今にも卒倒しそうな顔で店から出て行くアーサー。

 最初からこうしておけばよかったと後悔する私。


「嬢ちゃんも大変だねぇ、あんな顔だけのポンコツが一緒だと」


 アーサーが消えると店主が言った。

 私は愛想笑いで適当に流す。


「こちらの手の内が明かされたので交渉のしようもないんですけど、どうにか10万で手を打ってもらえませんか? この際、お金だけでいいので」


 観念して下手に出る。


「悪いが俺も商売人なんでな。それはできない相談だ。相手が可愛らしい嬢ちゃんでも甘くするわけにもいかねぇんだわ」


 店主はテーブルに置いた1万ゴールド札を3枚懐に戻し、残り7枚を私の前に滑らせた。


「7万で手を打とう。そっちの最低ラインとやらに2万を上乗せした額だ。2万はあのポンコツに対する謝礼と嬢ちゃんの商魂に対する敬意さ」


「多少の色を付けることで後腐れ無く引き下がらせようという魂胆ですね」


「そうともいう」


 私は大きなため息をついた後、「分かりました」と7万を受け取った。


「また何か売りたい物があったら持ってきてくれよな!」


「二度と来ません」


「がはは! 最高の褒め言葉をどうも!」


 私は7万を懐にしまい、店を後にする。

 そして、アーサーに彼の犯した愚行について説明した。

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