004 こんなはずじゃなかったのにぃ
アーサーを起こして移動を再開し、ほどなくして川に到着した。
川は幅約20メートルで、流速は少し速め。
深さはそれほどでもないが、徒歩で横断するのは難しそうだ。
「思ったよりも大きな川ね……」
「クリス、喉が渇いた。川の水を飲もう」
アーサーは屈み、川の水を手ですくう。
「待って、煮沸しないと腹を下しかねない」
と言ったところで、上流に咲き誇る白い花を発見した。
ワサビだ。
「あ、やっぱり大丈夫かも。流速がそれなりにあってワサビの花も生えているし」
「へぇ、あの白い花がワサビなのか」
「正確には根茎が薬味として使われているの」
「知らなかった! クリスは博識だなぁ!」
アーサーは川の水をゴクゴクと飲む。
私も喉が渇いていたので、彼に続いて川水を飲んだ。
冷たくて美味しい。
「ガルルゥ!」
対岸から大きなトラが威嚇してきた。
口にセイウチのような鋭い牙を生やしている。
「サーベルタイガーだ!」
アーサーは慌てて立ち上がり、宝剣を抜く。
「大丈夫よ、アーサー」
「そんなわけあるか! サーベルタイガーは人を襲う危険な奴だぞ!」
「だけど、この川を渡ることはできないわ」
私達とトラの間には大きな川がある。
流石のサーベルタイガーといえど飛び越えることは不可能だ。
「ガルァ! ガルァ!」
案の定、トラは威嚇するだけ何もしてこない。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「見ての通りよ」
「そうか……」
アーサーがゆっくり腰を下ろす。
緊張しているのか体が震えていた。
トラのほうも威嚇を止めて水を飲み始める。
それが終わると、威嚇の咆哮を繰り出してから消えた。
川を渡ったら容赦しねぇぞ、という警告だろう。
(向こう岸にはああいう獣がいるのね)
どうやら目の前の川を隔てて危険度が変わるようだ。
私達のいるほうは道中の様子を見る限り安全そう。
「向こう岸には危なくて行けそうにないな」
再び水を飲むアーサー。
「このあと行くんだけどね」
「えっ」
「サーベルタイガーの毛皮は高値で売れるからね。倒して皮を剥いでお金を稼がせてもらわないと」
「倒す!? あんな危険な獣を? イノシシとはワケが違うぞ!?」
「だから武器を作らないとね。あなたの宝剣だけじゃ心許ないわ」
「武器だって?」
「うん、弓矢を作るわよ」
「そんなこともできるのか」
「もちろん」
ということで、トラを狩る為の弓矢を作ることにした。
まずは弓矢の材料となる竹を調達する。
川の近くにある竹林へ向かった。
「こんな所に竹林があるとよく知っていたな」
「あなたが泡を吹いている間に調べておいたのよ」
「申し訳ない……」
「ここの竹は真竹という種類で加工に向いているの」
アーサーの宝剣で竹を伐採する。
宝剣というだけあり凄まじい切れ味で、強靱な竹が豆腐のように斬れた。
「真竹のことは知らないが……竹については俺も知っているぞ」
「そうなの?」
「筍は美味い!」
私は小さく笑った。
「真竹の筍は美味しくないから食べないほうがいいわよ」
「そうなのか?」
「苦いのよ。だから『苦竹』とも呼ばれているわ」
「知らなかった……。王宮で食べた筍は美味しかったんだがなぁ」
「別の種類だったのか、もしくは真竹でも採ってすぐに調理したのかもね。真竹の筍でも採れたてを調理すれば美味しいから」
筍談義に花を咲かせながら、伐採した竹を川まで運んだ。
「で、この竹がどうやって弓になるんだ?」
「簡単よ」
まずは竹を半分に割る。
竹を割る作業は大変なのだが、アーサーの宝剣があれば余裕だった。
「こうやって縦に割ったら、片方を弓にするの」
宝剣で竹の形を整えていく。
こういった作業は全て私が担当した。
アーサーは後ろで「すごい」を連呼している。
「これで弓の本体は完成ね」
「弦が張れていないぞ! 弦は竹じゃ作れないのではないか?」
「弦も竹で作れるよ」
「そうなのか!?」
「見てて」
余ったほうの竹を何度も割っていく。
「こうして細かく割ると棒状になるでしょ?」
「うむ」
「これを『竹ひご』って言うの」
「ほう」
「この竹ひごを適当なサイズにカットすれば、矢のシャフトとして使えるわ」
「なるほど。それで、弦はどうするんだ?」
「弦は竹ひごから作るの」
適当な竹ひごを手に取り、皮を剥いで繊維を取り出す。
この作業を繰り返し、取り出した無数の繊維を撚り合わせていく。
そうして紐状にしたものをアーサーに見せる。
「これが弦よ」
「おお……! 本当に竹で弦を作った……!」
「あとは弓に弦を張れば――」
説明しながら作業を進める。
「――竹弓の完成!」
アーサーは「おお!」と歓声を上げる。
彼の興奮はそれだけに留まらなかった。
「職人が作ったかのような美しい見た目をしている! こんなに素晴らしい弓は王宮でもそうそう見られないぞ!」
「ふふ、ありがと」
「俺も弓が欲しい! こんな弓が欲しいぞ!」
「あとで作ってあげよっか?」
「頼む!」
と言った直後に、「いや」と首を振るアーサー。
「やっぱり作らなくていい!」
「そうなの? なんで?」
「自分で作りたい! 頼ってばかりじゃいけないだろ!」
「いい心がけね。その時は改めて教えてあげるわ」
「うむ」
「じゃ、矢のほうも作っていきましょ」
竹ひごを適当な長さにカットする。
それから先端を斜めにカットして尖らせた。
「あとは矢羽根だけど、これには竹の葉を使うわ」
矢羽根は非常に重要なパーツで、命中精度に大きく関わる。
「矢羽根をシャフトに固定する方法は? 竹で糸を作って縛るのか?」
「それでもいいけど、今回は面倒だから樹脂で固めるよ」
適当な木の樹皮に傷をつけ、分泌された樹脂をシャフトに塗る。
それで竹の葉を固定したら完成だ。
「信じられん! 本当に一本の竹で弓矢を作りきった!」
私は「ふふ」と笑う。
「まずはちゃんと飛ぶか試してみましょ」
弓に矢をつがえて近くの木を狙う。
息を止め、狙いを定めて、矢を放つ。
ズドッ!
矢は凄まじい速度で飛び、しっかり木に突き刺さった。
「すごい! なんという威力だ!」
「矢尻を炙って強度を高めようと思ったけど、その必要は無さそうね」
追加の矢を10本ほど作り、竹で作った矢筒に入れて準備は整った。
「クリスの弓があればサーベルタイガーにだって勝てるぞ!」
いつの間にやらアーサーの戦闘意欲は高まっていた。
やる気があるのは結構だが、空回りしないか不安だ。
しかし、今はそれよりも……。
「あとは最大の難問をどうやって解くかだね」
「難問?」
私は川に目を向ける。
「この川をどう渡るかよ」
何もなしに横断するのは危険だ。
かといって、近くに橋が架かっている様子はない。
「歩いて渡れそうな浅瀬を探すか、それとも橋を自作するか……」
ブツブツ呟きながら考える。
「川を渡る方法なんて迷うことないだろ!」
「えっ。アーサー、何か考えがあるの?」
「おう!」
アーサーは川辺に近づくと、誇らしげな顔で言った。
「歩いて渡れないなら泳いで渡ればいい!」
「へっ?」
次の瞬間、彼は川に飛び込んだ。
そして、完璧なクロールを一瞬だけ決めると――。
「あーれぇー! こんなはずじゃなかったのにぃ!」
――当たり前のように流されていった。
「なんという……なんというアホなの……」
開いた口が塞がらなかった。
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