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003 これだから王家のお坊ちゃんは

 翌日、朝食が済むなり私とアーサーの旅が始まった。

 王族であることを隠すべく地味な馬車に乗せられる。


 王都を発った馬車は、止まることなくソネイセン王国との国境へ。

 そこからさらに進み、〈ダシエ〉という城郭都市で私らは下ろされた。


 所持品は何もない。着替えの服さえも。

 アーサーのほうも同じようなもので剣しか装備していない。

 華やかさのあった鞘はありきたりで地味な物に変えられていた。


 所持金はそれぞれ3万ゴールド。

 安宿ですら1泊数千ゴールドはするので、1週間の宿代にすら満たない。

 想像していたよりも遙かにハードだ。


「それではご武運を!」


 御者を務める武官の男が去っていく。


「よーしクリス、これからどうしようか!」


「とりあえず移動しましょ。門の傍で立ち話は迷惑だから」


「了解!」


「あとお金を預かってもらえる? 私、この服に慣れていないから落としそうで不安なのよね」


 私が着ているのはリネンで作られたひざ丈のワンピース。

 これは国に用意してもらった物で、着るのは今日が初めて。

 いつも作業着なので、足下がスースーするし慣れなかった。


「クリスが俺を頼っている……! 任せてくれ!」


「別に頼っているというわけではないんだけど」


 と苦笑いしつつ、アーサーに財布袋を渡した。


「まず確認させて欲しいんだけど」


 街の中心に向かって歩きながら話す。


「最低でも1年はこの国で過ごす必要があるんだよね? 私達」


「そうだ」


 アーサーが私に向かって答える。

 すると、正面から歩いてきた無精髭の男がアーサーとぶつかった。


「ってぇな! 気をつけろよ!」


「これは失礼」


 アーサーはペコリと頭を下げる。

 それを見た私は身構えた。


 男が自分からぶつかってきていたからだ。

 喧嘩をふっかけてくるに違いない。

 と、思いきや。


「前を見て歩きやがれ! ボケ!」


 とだけ言って、男は去っていった。


「歩く時は前を向かないとな!」


 がはは、と愉快気に笑うアーサー。

 何事もなかったので、私も「そうね」と笑った。


「まずは宿を確保しましょうか」


「寝る場所が必要だもんな」


「次にお金を稼ぐ算段をつけることだね」


「楽しくなってきたな!」


「そう?」


「クリスと一緒なら何だって楽しい!」


「はいはい」


 道行く宿屋の立て看板に目を向ける。


「大体どこも同じ価格ね――って、あれ、アーサー?」


「ぬ? どうした?」


「あなた、財布袋は?」


 いつの間にか、アーサーの腰から私の財布袋が消えていた。


「たしかここに」


 と自らの腰を確認して、アーサーも気づく。


「我々の財布袋はどこだ!?」


「我々のって、あなたのもないの?」


「夫婦の共同財産ってことで一つにまとめておいたんだ!」


 夫婦の共同財産というワードが引っかかったが、今はそれどころではない。


「しまった! やられたわね!」


「やられたって?」


「さっきのおっさんよ! ぶつかった時に盗んだんだわ!」


 それ以外に考えられなかった。


「人のお金を盗むなんて、そんなことあるわけないじゃないか。きっと落としたんだよ。戻ればあるんじゃないか」


「落としているなら気づくわよ。硬化の入った袋が落ちたら音が鳴るんだから!」


「たしかに……」


「とにかく来た道を戻りましょ」


「分かった!」


 私達はUターンして門に向かう。

 必死に財布袋を探したが、案の定、落ちていなかった。


「まさかスリが実在しているとはなぁ」


 今の状況が理解できていないのか、アーサーはのほほんとしている。

 その態度が私を苛つかせた。


「なんでそんなに呑気でいられるのよ」


「なんだか夢を見ているようでさ」


「夢も何も現実よ! それになんで二つの財布袋をまとめちゃったの!」


「それは……夫婦の共同財産で……」


「私ら夫婦じゃないよね?」


「違う……」


「共同財産なんかじゃない。それにお金は複数に分けて管理するのが基本でしょ。今回は盗難だけど、落とす可能性だってあるんだから。常識だよ!」


「……」


 アーサーはしばらく黙った後、深々と頭を下げた。


「申し訳ない……」


 声が震えていて、今にも泣きそうな様子。


「そんな顔をすると怒れないじゃない」


 大きなため息をついた後、私は優しく微笑んだ。


「責め立てたけど、悪いのは私もだから」


「え?」


「自分のお金は自分で管理するべきだった。その点は反省しないといけない。ごめんね」


「そんな、クリスが謝ることじゃない! 俺が悪いんだ!」


「どっちも悪いってことで。謙遜合戦をしていられる状況じゃないから」


「そ、そうだな! それで……どうすればいい!?」


 私は「そうね」と考え込む。


「頼りになるとは思えないけど、屯所の衛兵に報告しましょ。ビスネル王国だと盗難事件は通報する決まりだからね」


「そうか! 衛兵に頼めば失ったお金を取り戻せる!」


「だといいけどねー」


 私らは門の傍にある屯所へ行った。

 そこで眠り呆けている衛兵を起こして事情を説明する。


「そりゃスられた奴が悪い!」


 それが衛兵の返事だ。


「嘘でしょ」


 流石の私も驚愕を禁じ得ない。

 密かに「もしかしたら1日分の宿賃を恵んでもらえるかも」などと思っていたが、そんな次元の話ではなかった。


「あの、捜査とかはしてもらえないんですか?」


「するよー、するする。だからそこの紙に名前と被害の詳細を書いておいてー」


 絶対に捜査してくれない。

 腐敗しているとは聞いていたが、まさかここまで酷いとは。


「聞いたかクリス、捜査してくれるって! 衛兵に頼って正解だったな!」


 アーサーは事件が解決したかのような喜びよう。

 あまりにも世間を知らない。

 そら国王陛下も今回のような荒療治を断行するわけだ。


「アーサー、行くわよ」


「え? 被害届にサインしないのか?」


「しないわよ、意味がないから。時間の無駄」


「えー。クリスがそう言うなら従うけど……」


 釈然としない様子のアーサーを連れて、屯所を後にした。


「さて、どうしたものかしらね」


 この場にいるのが私だけならやりようはいくらでもある。

 例えばアルバイトをするのも一つの手だ。

 街の中を軽く歩いた感じだと、そこらでアルバイトを募集していた。

 治安が悪いだけで景気はいいらしい。


 しかし、アーサーが一緒だとそういうわけにもいかない。

 男女を同時に雇ってくれるところは滅多にないし、彼の能力には疑問がある。

 目を離した隙に何をしでかすか分かったものではなかった。


「おっ」


 そんな時、ある行商人が目に入った。

 通路をゆったりと馬車で進み、道行く人に声を掛けている。


「よし、私らも何か物を売って稼ごう」


「何を売るんだ? こ、この剣はダメだぞ! 王家に伝わる宝剣なんだ」


「剣を売る気はないわ。商品は決まっていないけど、森があれば何かしら作ることはできる」


「それだったらここから西に行くと深い森があるぞ」


「そうなの? よく知っているわね」


「王家の人間は地理に精通していないといけないからな」


 ということで、私らはダシエを出て西の森に向かった。


 ◇


 面白いことに、ダシエの外は安全だった。

 見渡しのいい草原はともかく、森の中でも人の気配がない。

 盗賊の一人や二人は覚悟していただけに拍子抜けだった。


 悪党はダシエの中で活動しているのだろう。

 屯所の衛兵を見る限りまともに取り締まるとは思えない。

 わざわざ都市の外に隠れて悪事を働く必要がないわけだ。


「この森はどうだ? クリス」


「なかなかいい感じね。近くに川があるし」


「どうして分かるんだ?」


「川の有無は動物の数で分かるの。この辺は動物の数が多いでしょ? それって近くに水場があるってことなのよ。私達と同じで、動物も生きるには水が必要だからね」


「なるほど。今は川を目指しているのか?」


「その通り。川を見つけたら寝床を作るわ」


「寝床を作るって?」


「詳しいことは到着したら教えてあげる。それより、ちょっとストップ」


「む?」


 私は足を止め、右手に見える木を凝視する。

 その木は幹に無数の穴が空いていた。

 穴の大きさはどれも親指程度で、深さは分からない。


「この穴はおそらく……」


 と言ったところで、穴から白いイモムシが出てきた。


「やっぱり! カミキリムシの幼虫だわ!」


 よし、と手を叩く。


「カミキリムシの幼虫? その虫は何かいいのか?」


 首を傾げるアーサー。


「カミキリムシの幼虫は木の天敵なんだけど――」


 穴から出てきた幼虫を指で摘まむ。

 茶色がかった頭を指でブチッと潰し、胴体を口に含んだ。


「――なかなか美味しいのよ」


 噛むとドロドロの体液が口の中に広がった。

 多少の不快感はあるけれど、味はまろやかで悪くない。


「焼いて食べるとサクサクしておやつ感覚で楽しめるんだけど、こうやって生で食べるのも私は好きなんだよね」


「嘘だろ……」


 アーサーは信じられないといった様子で私を見ている。


「私はこういう人間だけど、引いちゃったかな?」


 ニッと笑う。

 アーサーは「ぐぬぬ」と唸る。


「アーサーも食べる? 美味しいよ?」


 幼虫を摘まんでアーサーに向ける。

 これでアーサーが離れていっても仕方ないと思った。


「クリスが食べたんだ……俺だって食べる!」


「無理しなくていいよ?」


「大丈夫だ! よこせ!」


 アーサーは私の手から幼虫を奪い、迷わず口に含んだ。


「ちょっと、先に頭を潰したほうがいいよ。頭も食べられるけど生だと美味しくないし、それに殺さないと動いて気持ち悪いよ」


 慌てて説明するが時既に遅し。

 アーサーは顔面を真っ青にして固まっていた。

 彼の口の中ではぐにょぐにょとカミキリムシの幼虫が動いている。


「アーサー、早く噛まないと」


「う……うぁ……ガガガッ、ギギギッ……」


 アーサーは口から泡を吹いて卒倒した。

 口の中で動き回る幼虫がよほど気持ち悪かったようだ。


「やれやれ、これだから王家のお坊ちゃんは……!」


 私はアーサーの口を開き、カミキリムシの幼虫を取り出す。


「虫も食べられないようじゃ先が思いやられるなぁ」


 アーサーに代わって幼虫を食べてから、彼を起こすのだった。

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