022 残念ながらその条件では魅力に感じませんね
馬を飼う為に庭付きの大きな家を借りたことで、私とアーサーの同棲生活が始まった。
同棲すると見えなかった相手の嫌な部分が見えて冷めるとか、逆に愛が深まるとか色々と言われるけれど、私達の場合はどちらでもなかった。
これまでと特に変わりない。
今は1ゴールドでも多く稼ぐ為に動いているからだ。
よって、宿屋の頃と基本的な生活スタイルは変わらなかった。
起きたら軽い朝食を済ませて直ちに漁へ行き、大漁のタコを魚市場に卸し、漁具を増産し、晩ご飯と入浴を済ませたら寝る。
家には立派なキッチンがあるけれど、今のところ使用していない。
早朝から働きっぱなしでヘトヘトなので料理する元気がなかった。
この同棲生活で何かが変わるとすれば、それは漁を辞めた後だろう。
◇
しばらくすると、蛸壺漁の模倣者がちらほら現れ始めた。
同じような漁具を自作し、タコを乱獲しようと試みる。
しかし、例外なく長続きしなかった。
まずタコの習性を理解していない為、蛸壺の設置場所がデタラメだ。
仮に上手くいっても、蛸壺からタコを取り出すのにも苦労していた。
塩を掛ければ簡単に出てくる、というのは私達しか知らないのだ。
極めつけは人数差。
蛸壺漁は2人で行える漁であり、多くても3人で十分だ。
だが、他所の漁師は基本的に4~5人で行動している。
蛸壺漁をするには人員の数が過剰だった。
結局、私達以外の漁師はあっさり蛸壺漁から撤退。
同業者が邪魔になるという私の予想はいい意味で裏切られた。
そんなわけで、私達は絶好調。
タコの相場も高いまま推移しており、お金は増える一方だ。
まさに我が世の春を謳歌しているといってもいいだろう。
しかし、私達の蛸壺漁は思った通り長続きしなかった――。
◇
蛸壺漁を始めて2ヶ月が経とうとしたある日のこと。
「思ったより安定しているし、そろそろ休んでもいいかもね」
「こうも休みなしで働いていると頭がおかしくなりそうだもんな」
「それに使い切れないだけのお金が貯まったわ」
そんな会話をしながら、家を出て港へ向かおうとする。
――が、扉を開けたところで固まった。
庭の向こう、門扉の先に衛兵が集まっていたのだ。
「お前達がタコ漁をしている若い二人組だな?」
衛兵の一人が朝っぱらから大きな声で尋ねてくる。
彼らの目的は私達にあるようだ。
「そうですけど、何か用ですか?」
アーサーと共に門扉へ近づく。
「子爵様が呼んでいる。同行してもらうぞ」
門扉の前に馬車がやってきて、それに乗るよう言われる。
拒否権はないようだ。
「アーサー、あなたは漁をしていなさい。私だけで十分だわ」
「馬鹿を言うな。君を一人で死地へ行かせるものか」
「死地って、子爵様と会うだけよ。ゴードンの時みたいにはならないわ」
子爵の呼び出しということで、私は少し安心していた。
ゴードンのように性的な奉仕を求められる可能性がないからだ。
爵位持ちの貴族はそんなことをしなくても女性を侍らせられる。
それも私とは比較にならない程の美女を。
「それでも一緒に行く。これは譲らないぞ」
「分かったわ。何かあったら守ってね」
「任せろ!」
私達は抵抗することなく馬車へ乗った。
◇
馬車は1時間ほど走り、子爵のいる城郭都市へ。
そのまま城へ直行し、私達は謁見の間に通された。
「そなたらが唯一のタコ漁師か、想像していたよりも若いな」
玉座に座っている小太りの白髭が言う。
彼が子爵のバッテロだろう。
まだ朝も早いからか場が閑散としていた。
バッテロと私達を除くと、10人程度の衛兵が待機しているだけだ。
「はじめまして、子爵様。私が漁の責任者を務めているクリスです。用件は私がお伺いいたします」
アーサーは顔を伏せている。
バッテロと面識があるからだ。
といっても、男爵の時と同じく相手は覚えていなかった。
「ではさっそく本題に入ろう」
子爵は足を組み、にんまりと笑った。
「1000万でタコ漁のノウハウを提供してもらいたい」
思っていた通りの用件だ。
蛸壺漁を大規模化させたいのだろう。
「タコ漁のノウハウを提供?」
話の先を促す。
「そなたらはタコが高騰している理由を知っているか?」
「男爵様の展開するたこ焼き屋が関係していると聞いたことがあります」
「さよう。そのせいでタコの需要は跳ね上がり、レオポールは子爵に昇格されようとしている」
要するにバッテロとレオポールの爵位が交換されそう、ということ。
男爵は爵位の中では最下位で、その次が子爵だ。
「需要と供給の均衡を保つ為にも、タコの供給量を増やしたいと考えている」
見え透いた建前だ。
本音は権力闘争で男爵の後塵を拝するような事態を避けたいからに違いない。
タコはたこ焼きの要なので、タコを掌握すれば優位に立てる。
いかにも権力闘争に明け暮れる大貴族の考えそうなことだ。
「もちろん、ノウハウを提供してくれた後も、そなたらは今までのようにタコ漁を続けてくれてかまわない」
「タコ漁のノウハウを教えるだけで1000万が貰え、その後も今まで通りに活動できるというわけですね」
「これほどの条件はないだろう?」
アーサーは俯いたままだが、それでも興奮しているのが分かった。
口を開かせたら「最高の条件じゃないか!」とでも言いそうだ。
一方、私の表情は冴えない。
「残念ながらその条件では魅力に感じませんね」
「なんじゃと?」
「同業者が増えたら、今のように最適な場所で漁を続けることはできなくなるでしょう。なにより供給量が高くなるとタコの買取額が下がることは目に見えています。1000万は大金ですが、今の私達なら1週間もかからずに稼げます。目先のお金に釣られて今の環境を手放す気にはなれません」
「クリス、お主は分かっていないようだな」
鼻で笑う子爵。
「断った場合、お前達は漁を続けることができなくなる」
「どうしてですか?」
「子爵の権限でそうするからだ」
「脅しているわけですか」
「そう捉えてくれてもかまわない」
男爵に比べるとスマートさに欠ける交渉術。
この様子だと遅かれ早かれ男爵に抜かれるだろう。
ま、分かりやすいので、私からすれば子爵のほうが楽だ。
「では条件を変えさせてください」
「1000万じゃ足りないと申すか」
「いえ、お金に興味はないと言っているのです」
「どういうことだ?」
子爵の頭上に疑問符が並ぶ。
私はニコッと微笑んだ。
「タコ漁のノウハウは提供します。その代わり、子爵様には二つの物を提供していただきたい」
「二つの物とは?」
「一つは私達が今住んでいる館と同等の住居です。今の家は土地代を含めて月に120万ゴールドの家賃を支払う必要があり、タコ漁を維持できなくなると生活が困難になります」
「だから無償の住居を提供しろということだな」
「さようでございます」
「問題ない。もう一つは?」
私は右の人差し指を立てた。
「御用商人の認定書です」
「御用商人?」
「はい。大貴族はお抱えの商人に対し認定書を発行しますよね」
「たしかに。じゃが、あんなのは只の紙切れだぞ? 税制上の優遇措置があるわけでもないし、ワシらは御用商人以外の商人とも取引する」
「子爵様からするとそう見えるかもしれません。ただし、私達のような平民からすると大いに意味があります」
「というと?」
「子爵様の御用商人というのは、言い換えると子爵様のパートナーということになり、この国の役人は理不尽な手出しができなくなります。認定書持ちの人間に手を出すというのは、認定書を発行した者の顔に泥を塗ることになりますので」
「そうじゃな」
「子爵様に言うのは恐れ多いのですが、この国の役人は腐敗しています。平然と賄賂を要求し、中には性的な奉仕を求める者すらいます。そういった環境では、お金だけあってもダメなんです。幸せに生きるには権力者の後ろ盾が必要です」
「だからワシに御用商人の認定書を発行しろと」
「そういうことです。子爵様にとって只の紙切れでも、私達にすれば1000万ゴールドを優に上回る最高のお守りになります」
子爵は嬉しそうに「ふっ」と笑った。
「クリス、そなたは賢いな。それに肝も据わっておる」
「ありがとうございます。では、私の代案を受けて頂けますか?」
「いいだろう。無償の住居と御用商人の認定書だな」
「はい!」
「分かっていると思うが、タコ漁のノウハウは包み隠さず教えろよ?」
「もちろんです! 何なら漁船もプレゼントします!」
「なに!?」
「この取引が完了したら、私達はタコ漁から撤退するので!」
アーサーに目で「いいよね?」と問いかける。
アーサーは笑みを浮かべて頷いた。
「よし、では交渉成立だ!」
私達は蛸壺漁のノウハウを子爵に教えた、代わりに維持費不要の豪邸と子爵のお墨付きを貰った。
これでもう、そこらの役人が私達に手出しすることはない。
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