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020 漁師として生きていくつもりは毛頭ないわ

 二日後、全ての準備を済ませた私達は蛸壺漁を開始した。

 早朝に港を出て、大海原を小さな漁船で進んでいく。


「おいおい、そんな舟で漁をするつもりか?」


「若いもんは命知らずでいいねぇ!」


「死なない程度に頑張るんだぞー」


 私達を見て、漁師のおじさん達は笑った。

 彼らの漁船は文字通りの船であり、規模や搭乗員の数も桁違い。


 だからだろう、私達を警戒する漁師は一人もいなかった。

 むしろウェルカム状態なので、とても快適に過ごせている。


「この辺りにしましょ。アーサー、舟を停めてちょうだい」


 アーサーが「おう」と、オールを漕ぎ終えた。

 舟は緩やかに減速していき、思った通りの地点で完全に停止。


 それでは蛸壺を投下しましょう――とはいかない。

 まずはこの場所が蛸壺の設置に相応しいか調べる必要がある。


「クリス、本当に大丈夫なのか? 海に潜ったりなんかして」


「へっちゃらよ!」


 両目と鼻を覆う海女用の丸いゴーグルを装着。

 服装も海女用の白い磯着だ。


「じゃ、待っててねー!」


 冷たい海に潜り、すいすいと海底へ向かう。

 前世で素潜りを嗜んでいた経験がここでも役に立った。


(不思議なものね、前世の記憶って)


 私の前世の記憶は断片的にしかない。

 例えば自分の名前や親の顔、友達のことは覚えていなかった。

 なのに、前世で経験したことや学んだことの多くは記憶に残っている。

 そしてそれらは、昨日のことのように思い出すことができた。


 素潜りにしてもそうだ。

 この世界で海に潜るのは、17歳と数ヶ月を生きた今日が初めて。

 なのに、まるで苦労することなく泳げている。

 耳抜きに手間取ることもなかった。


(ここならたくさんのタコが獲れそうね)


 海底はだだっ広い砂場になっていた。

 こういう場所に蛸壺を設置すれば入れ食い状態になる。

 私はしめしめとニヤけ、息が苦しくなる前に戻った。


「思った通りここで正解よ。蛸壺を設置しましょ」


「任せろ!」


 アーサーが蛸壺を海に沈めていく。

 蔓で作ったロープからは微かに青臭さが漂っていた。


「完了したぞ!」


「上手くいけば明日はウハウハね」


 壺の数は全部で30個。

 少なくとも数匹は掛かってくれるはずだ。

 魚市場におけるタコの相場を考慮すると、それでも十分な稼ぎになる。

 ――が、私はその程度で終わる気はなかった。


「蛸壺の回収は明日だよな?」


「そうよ」


「なら今日の作業はこれで終わりか?」


「いいえ、まだよ。これから森に行って追加の漁具を作るわ」


「蛸壺とロープを増やすのか」


 私は頷いた。


「今は30個だけど、最終的には1000個くらい蛸壺を作りたいわね」


「1000個だと!?」


「そうすれば貴族もびっくりの大金持ちになれるもの」


「しかし1000個は大変だな……」


「そこまで到達する前に邪魔者が現れるだろうけどね」


「邪魔者? また腐った役人か?」


「それもあるけど、たぶん他の漁師達が先に動くでしょうね」


 ここの漁師が私らに寛容なのは侮っているからだ。

 私達のことを取るに足らない矮小な存在だと見ている。

 どこぞの若造が漁師の真似事をしている程度の認識だろう。

 だが、タコを乱獲すれば話は変わってくる。


「今、タコに目を付けている漁師は多い。私達の他にもタコ漁で一山を当てようと企んでいる漁師はごまんといるわ。でも、彼らはどうすればタコを狙い撃ちにできるか分かっていない」


「そういう連中が我々の妨害をしてくるわけか」


「妨害というか、真似をしてくるでしょうね。今は好きな場所で漁ができるけど、同業者が増えたら私達はまともにタコ漁をできなくなるかもしれない」


「なるほど……」


「あとアーサーの言う通り腐った役人も何をしてくるか分からない」


「何か対策はないのか?」


 私は「ない」と断言した。


「抗おうとしても辛いだけよ。今の私達は弱者なんだから」


「そんな……」


「だから、稼げる内にガンガン稼ぐの。で、邪魔者が現れて快適じゃなくなったら撤退する。最初から漁師として生きていくつもりは毛頭ないわ。先行者利益だけは誰にも邪魔されずに享受できるから、短期決戦で稼ぎまくってやりましょ」


「分かった!」


 そんなわけで、しばらくはハードワークだ。

 港に戻った私達は、休む間もなく森へ向かうのだった。


 ◇


 翌朝、朝食を済ませるなり漁船に乗った。

 今後の未来を占う蛸壺漁の成果を確認する為だ。


「あったあった!」


 海面からちょこんと顔を覗かせる浮きを発見。

 その傍に舟を着け、私が蛸壺を引き上げていく。


 この時点ではタコが入っているか分からない。

 性質上、タコは抵抗せずに大人しくしているのだ。


「ぐぐぐっ……思っていた以上の力作業ね」


 前世では蛸壺の引き上げに巻き取り機(ローラー)を使っていた。

 私達も明日からはローラーを導入しよう。


「よいしょっとー!」


 腕が悲鳴を上げる中、全ての蛸壺が舟に揚がった。


「「うおおおお!」」


 二人して同じ反応。

 どの壺にもタコが入っていたのだ。


「大漁じゃないか! 流石だなクリス!」


「私もここまで上手くいくとは思わなかったよ!」


 あとは全てのタコを手作りの生け簀に移して帰港するだけ。

 なのだが……。


「アーサー、蛸壺のタコを生け簀に移してもらえる?」


 私はニヤニヤしながら言った。

 おそらく顔に「悪いことを企んでいます」と書いているだろう。

 もちろんアーサーは気づかない。


「任せろ! 壺から生け簀に移せばいいのだな?」


「そうそう。壺のタコを出して生け簀に移すんだよ? 壺ごと生け簀に放り投げたらダメだからね?」


「ぐっ、壺ごと入れたらダメなのか」


「当たり前でしょー! 大丈夫? できそう?」


 ニヤニヤ、ニヤニヤ。


「大丈夫だ! 問題ない!」


 アーサーは生け簀の傍に立ち、蛸壺に右手を突っ込む。

 中にいるタコを鷲掴みにすると、強引に引っ張りだそうとした。

 しかし、タコは驚異的な力で粘って出てこない。


「こいつ……!」


 苦戦するアーサー。

 そんな彼を見て、私は満足気に笑った。


「タコのそういうしぶとさも漁で嫌われるポイントだったんだろうねぇ」


「何か手立てはないのか?」


「あるよ」


 私は調味料の入った瓶を取り出した。

 瓶の中身は――塩だ。


「引っ張っても出てこないタコさんだけど、塩には弱いんだよね」


 ワサァと塩を振りかける。

 すると、自ら壺を放棄して出てきた。


「とまぁこんな感じ!」


「おー! すごいな!」


「じゃ、そのタコを生け簀に入れてね」


「おう!」


 アーサーは舟の中を這いずるタコを掴み上げ、生け簀に入れようとする。

 しかし、ここでタコの逆襲が始まった。

 なんとアーサーの顔にベタリと張り付いたのだ。


「クリスゥ! 助けてくれぇ!」


「ちょっと何してるの」


 これは大変なことになるぞ。

 そう思いつつも笑いを堪えきれない私。

 慌ててアーサーの顔からタコを引き剥がす。


「グリズゥ……」


 案の定、アーサーの顔には吸盤の痕がくっきり残っていた。


「タコなんか嫌いだ!」


「タコもアーサーのことが嫌いだって」


 ぷいっと顔を背けるアーサー。


「今度から襲われないよう気をつけてね」


 私は笑いながらタコを生け簀にぶち込んだ。


 ◇


 小さな生け簀がタコで溢れかえる。

 このまま長居するとタコの質が落ちかねない。

 急いで蛸壺を海に戻し、全速力で帰港した。


「ようやく一息付けそうだな」


「まだよ! ここから最後のスピード勝負なんだから!」


「むっ? 何をするんだ?」


「陸揚げして締めるのよ」


 タコの締め方は簡単だ。

 目と目の間にナイフを刺すだけでいい。

 この方法は魚市場が指定する締め方であり、前世でも定番だった。


「はい、次のタコちょうだい」


「おう」


「よし、次!」


「おう」


「次ー!」


「おう」


 アーサーと連携してテンポよくタコを締める。

 2分もかからずに30匹のタコを全て締め終えた。


「あとは箱詰めね」


 木箱にタコを詰めていく。

 この箱は魚市場が指定する専用の物。

 当然ながら製造しているのは子爵の経営する会社だ。


「よし! 魚市場へ持っていくわよ! アーサー、箱を持って!」


「任せろ!」


 私達は港に隣接されている魚市場へ向かう。


 ソネイセンでは、漁の魚は全て魚市場を通す決まりだ。

 国営の魚市場に魚を買い取ってもらい、そこから各業者へ流れていく。

 この国で漁をする以上、私らもそれに従う必要があった。


「昨日・一昨日は生臭く感じたけど、今日はもう嗅覚疲労を起こしていて何も臭わないわね」


 広大な魚市場は朝から、いや、朝だからこその賑わいを見せていた。

 大勢の漁師が様々な魚を卸し、各地から集まった買い手がそれらを物色している。

 そんな中、私はキョロキョロと辺りを見渡し、目的の場所を探した。


「あったあった、タコの買い取りコーナーよ」


 どう見ても新設されて間もないタコ専用の買い取り区画にやってきた。

 中年の役人がポツンと一人、退屈そうに突っ立っている。

 ゴードンの件があるので、役人というだけで私達は警戒感を強めた。


「すみません、タコの買い取りはここで合っていますか?」


「合ってるよ。嬢ちゃんら、タコを売りにきたのかい?」


「はい。木箱に入っているタコを買い取っていただければと思って。たしか相場は――」


 ここで役人の横にある立て札を確認。

 タコの買取額が書かれていた。


「――1匹5万ゴールドなんですよね?」


「そうだけど、これは漁師として継続的に活動している場合の価格だ。嬢ちゃんらは初顔だろ? だったら最初は1匹3万ってところだな」


 そうだろうな、と思った。

 どんな商売でも新参者は不遇な扱いから始まる。

 アーサーは不満顔だが、私は「問題ないです」と答えた。


(初顔で安くなったとしても1匹3万もするのね)


 たこ焼きが流行る前、タコの価格は1匹数百ゴールドだった。

 末端価格でそれなのだから、魚市場の買取額はもっと安い。

 それでも売れ残っていたというのに、今や数万で取引されている。

 仮想通貨もびっくりの高騰ぶりだ。


「で、タコは何匹だい? 木箱1個ってことは1~2匹か?」


 どうやら木箱の中は他の魚でいっぱいと思っているようだ。

 タコはそれに紛れ込んだオマケである、と。


「いやぁ、それがですねー」


 私はニコニコしながら箱を開けた。


「30匹なんですよね」


「な、なんだとぉおおおおおお!?」


 役人は顎が外れそうな程に驚いた。

 というか、本当に顎が外れていた。

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