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002 だってワシ、王様だもん

 私が馴れ馴れしく話していた男はこの国の王子殿下だった。

 それだけでも心臓が止まりかねない驚きなのに、なんてこったその王子殿下からプロポーズされてしまった。


「君と過ごした時間は短いけれど、それでも俺は君の虜になった。絶対に後悔はさせない。だからクリス、俺と一緒に……!」


 アーサーは頭を下げたまま、こちらに向かって手を伸ばす。

 騎士やローブの男は優しい笑みを浮かべて見守っている。

 それらを囲んでいる野次馬の町民連中は驚いている様子。


「えっと、その……」


 ゴクリと音が響く。

 私が唾を飲み込んだ音だ。


「謹んでお断りいたします」


「「「えっ」」」


 騎士とローブの男の表情が変わった。

 笑顔が消えて、町民よりも驚愕の色に染まっている。

 アーサーは間の抜けた顔で固まっていた。


「馬鹿たれこのドアホ!」


 突如、後ろから頭をぶたれた。

 殴ったのは父だ。


「謹んでお受けいたしますだろ! アホ!」


「もうおしまいだわ……」


 いつの間にか傍にいた母は、顔を真っ青にして卒倒。


「王子殿下、申し訳ございません! ウチのバカ娘はこの手のことに慣れていないもので、その、平にご容赦を……何卒、何卒ォ!」


 父はアーサーに向かって土下座を始めた。

 それはもう光の速さで額を地面に擦りつけている。


「謝る必要などない、頭を上げてくれ」


 そう言って立ち上がるアーサー。

 父は彼の言葉に従わず、土下座を続けている。


「代わりに自分が腹を切りますので、娘には何卒ォ!」


「別に何もしないから、と、とにかく頭を上げてくれ」


「本当ですか……?」


「ああ、本当だ」


 アーサーは父の手を掴んで立たせた。


「いやぁ……」


 私は後頭部をポリポリ掻きながら苦笑い。


「とんでもないことになっちゃったね」


「お前のせいだろうが!」


 またしても父にぶたれた。

 アーサーが「まぁまぁ」と止めに入る。

 それから私に尋ねてきた。


「クリス、よければ断った理由を教えてくれないか」


「え、だって、急だったし……」


「たしかに性急すぎたかもしれん」


 アーサーは顎を摘まんで考え込む。

 その様子を見て、騎士やローブの男はホッとしている。

 よく分からないが私も安堵の息を吐いた。


「よし、ではこうしよう!」


 何やら閃いたらしい。

 アーサーは右の人差し指をピンと立てた。


「クリス、これから一緒に王宮へ行こう」


「へっ?」


「そなたには王宮で一週間ほど過ごしてもらう。そうすれば、そなたも性急に思わないはずだ!」


「いやいや、私には店があるので無理――痛ッ!」


 またしても父にゲンコツを食らわされる。


「なんで叩くのよ! お父さん!」


「それはお前がアホだからだ!」


 父は大きく息を吐いた後、私の両肩に手を置いた。


「クリス、お前は王子殿下の顔に泥を塗っている。処刑されてもおかしくない程にお前の対応はまずい」


「そんなこと……」


 どうやらあるらしい。

 町長や他の町民が頷いていた。


「お前には何がまずいのか分からないだろ」


「うん」


「だが、何かしらまずい対応だったのは周りを見れば分かるだろ?」


「分かる」


「詳しく説明してやりたいが、今はその時間がない。だからこれだけ覚えていてくれ。殿下に従って王宮へ行かなければ、今よりもまずいことになる」


「そんなぁ」


「分かったら行ってこい」


「はい……」


 かくして私は王宮で過ごす羽目になった。


 ◇


 腰を抜かす程の豪華な馬車に乗り、王都にやってきた。

 人生初の都会を堪能する間もなく王宮へ連れて行かれる。


 王宮に着いたらアーサーや騎士達とは別れた。

 まずは私が過ごす部屋に案内してもらう。


「ここがクリス様のお部屋になります」


 狭くて恐縮ですが、と案内されたのは我が家より広い部屋だった。


「御用の際は部屋の外で待機しているメイドにお声がけくださいませ」


 案内をしてくれた官吏の男は部屋を出て行った。


「うぅぅ、落ち着かない……」


 そこらかしこにお高そうな調度品が並んでいる。

 私の座っているソファですら明らかに高級品だ。


「ま、こんな機会は二度とないし、満喫してやるか!」


 これから一週間、私はここに滞在する。

 一週間もすればアーサーも心変わりして冷めているだろう。

 私は寝室に移動し、モフモフのベッドに飛び込んだ。


 ◇


 驚いたことに、私の部屋には多くの来客があった。


 揃いも揃ってやってくるのは貴族ばかり。

 それも公爵をはじめとする爵位持ちの大貴族だ。


 彼らは私とアーサーの関係に興味津々だった。

 どこで知り合ったか、どうやって関係を深めたのか。


 例外なく丁寧で親切な対応だ。

 見え見えの作り笑いを浮かべて、17歳の小娘(わたし)に媚びへつらう。


 その魂胆は田舎者の私にも分かった。

 私を利用してアーサーと仲良くしたいのだ。

 そういう連中の相手は疲れるだけで面白くなかった。


「ははは、貴族はいつだって権力闘争に明け暮れているからな」


 私の話を聞いたアーサーは軽い調子で笑った。


 私達は馬車で王都を観光していた。

 王宮は息が詰まる、という私の要望によるものだ。


「強引に王宮へ連れてきたっていうのに、会える時間が全然ないのね。一昨日は到着したばかりだったからともかく、まさか昨日も会えないとは思わなかったわ」


「先の家出によって仕事が溜まっていてな……申し訳ない」


 家出とは、私とアーサーが初めて会った日のことだ。

 アーサーはその数日前から誰にも言わず王都を抜け出していた。

 本人は息抜きのつもりでも、王宮内では大騒ぎだったらしい。


「それはそうとクリス、俺と結婚する気になったか?」


「いやぁ、さっぱり」


 ガクッと項垂れるアーサー。


「なんでダメなんだ? 俺の何が足りない!?」


「やっぱり私より弱いことかな」


「ぐっ……否定できない……」


「これでも女だからね。自分を守ってくれる強い人がいいなって」


「ならクリスより強くなる! その時にまたプロポーズする!」


「違う相手を探したほうがいいと思うけどね」


「クリスより素敵な女性などいない!」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、私のどこにそこまで惹かれたの?」


「全てだ! 美しいし、話していて楽しい! 博識で、強い! 全てを兼ね備えている!」


「恋は盲目とはまさにこのことね」


「それでもクリスが好きだ!」


 私は「強情だなぁ」と笑った。


 ◇


 王宮で過ごす最後の日になった。

 息の詰まる日々も最後となれば名残惜しく感じる。


 この日のディナーは、アーサーだけでなく彼の父である国王陛下も一緒だ。

 長方形の長いテーブルの上座に国王が着いた。


「すまないな、クリス。不肖の息子がつきまとっているようで」


 それが国王・ウォルターの私に対する第一声だった。


「い、いえ、そんなことございません。殿下と過ごす時間は私にとっても宝物のように輝いています。むしろ私の方こそ、世間知らずで申し訳ございません」


「どうだい、父さん。クリスは素敵な女性だろう!」


 私の向かいに座るアーサーは上機嫌だ。

 国王は「そうだな」と笑顔で頷き、私を見る。


「大体の話はアーサーから伺っている。ワイルドボアを棍棒で仕留めたとか。それも一撃で」


「はい」


「素晴らしい。やはり女性はそのくらい逞しくないとな。ワシも昔は妻と狩猟に明け暮れたものだ」


「そうだったんですか」


「妻も富や権力とは無縁の平民でな、イノシシやウサギの狩り方をはじめ、庶民目線での政治についても色々と教えてもらったものだ」


 王妃が10年以上前に病で他界したことは私でも知っている。

 そして、国王が王妃に溺愛していたことも。

 だから、王妃の話をどこまで訊いていいのか分からなかった。


「思えばあの時の経験が、今日(こんにち)の安寧に繋がっているのかもしれぬな」


 返答に窮して黙っていると、国王はアーサーに目を向けた。


「折角の機会だ。アーサー、お前はクリスと共にソネイセン王国で過ごしてこい。身分を隠して、平民としてな」


「「えっ」」


 驚く私達。

 ソネイセンはお隣の同盟国だ。

 上が腐敗しきっており、賄賂が横行しているらしい。

 新聞でしばしば取り上げられていた。


「ソネイセンの治安は最悪だ。危険だぞ!」


「だからいいのだ。自分から言わない限りお前が王子だとは誰も気づかない。故にちやほやされないし、世間知らずのお前にはいい勉強になるだろう。王宮(ここ)じゃ学べない知識もたくさん身につくし、庶民の気持ちも知れるはずだ。たしかにソネイセンの治安は酷いと聞くが、クリスが一緒ならまぁ大丈夫だろう、たぶん」


「たぶんって……あ、でも、クリスと一緒に過ごせるのは大きいな!」


「そうだろう」


「名案じゃないか! 流石は父さん!」


「ふふふ」


 話が勝手に進んでいる。


「あのー、いいですか?」


 恐る恐る手を挙げた。


「おかわりかな?」


 国王が私のお皿に目を向ける。

 それで気づいたが、私の皿だけ空だった。

 今さらながら恥ずかしくなるが、用件はそれではない。


「誰か、クリスの皿にステーキのおかわりを……」


「違います、陛下!」


「むっ、だったらどうした?」


「ソネイセン王国に行くという件ですが、私は承諾していません」


「というと?」


 国王の眉間に皺が寄る。


「その、私は町に戻って自分のお店をですね……」


「残念ながらそれは無理だ。そなたにはウチのポンコツと一緒にソネイセンへ行ってもらう。プロポーズを受けるかどうかは自由にすればいいが、これは強制だ。息子の為、ひいてはこの国の将来の為に、そなたには一肌脱いでもらう」


「ええええ、拒否権はないんですか?」


「うん、ない!」


 と、国王はニッコリ。


「そなたの店や家族は国王ウォルターの名にかけて守ろう。ならば問題なかろう?」


「そんな強引な……」


 国王は「ふふふ」と笑い、そして言った。


「だってワシ、王様だもん」


 そう言われると返す言葉がない。


(なるほど、アーサーの強情さは父親譲りなわけね)


 項垂れる私。

 ニッコニコのアーサーと国王。


 こうして、私はアーサーとソネイセン王国で過ごすことに決まった。

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