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016 あぁ神様、今日という日に感謝します

 それから数日間、私達は商品作りに明け暮れた。


 その間の生活は、時計のように規則正しかった。

 安宿で朝を迎え、自分達のお店に行き、オンボロキッチンで朝食を作る。

 私の手料理に大袈裟な喜びを見せるアーサーに飽きたら作業開始。

 雑木林や森で自然由来の商品を作り、日暮れと共に帰還する。

 街に戻ったら酒場で夕食を済ませ、大浴場で汗を流し、安宿で就寝。

 ひたすらにその繰り返しだ。


 その甲斐あって商品が揃った。

 三味唐辛子の小瓶30個に、色々なサイズの土器。

 アーサーに「花瓶を作って」と指示し、精巧な動物の置物も増産した。

 あと真竹を加工して水筒や被り物、バスケット等々も作った。


「掛け看板はこれでいいわね」


 安物の木の板と余っていたペンキで掛け看板を作る。

 白い背景に紅紫色(マゼンタ)で「雑貨屋リュミエール」と書いた。


 リュミエール……それが私達の店の名だ。

 命名したのはアーサーで、異国の言葉で「光」という意味らしい。

 ネーミングセンスは私よりもあるようだ。

 私は「クリスとアーサーの雑貨屋」にするつもりだったが、語呂が悪いからと却下された。


「ついに今日から営業が始まるわけだな!」


 まだ朝も早いというのに、店の前でウキウキした様子のアーサー。

 私は「残念」と首を振った。


「営業は明日からよ」


「なんだと!?」


「看板のペンキが乾くのに時間がかかるからね」


「そうか、客の服にペンキがついたら大変だ!」


「だから今日は街中を歩いてお店の宣伝をしましょ」


「承知した!」


 開店を明日に控える中、私達は宣伝を始めるのだった。


 ◇


 この世界における宣伝方法はそう多くない。

 掲示板にビラを貼ったり、新聞に広告を載せたりするのが一般的。


 この国の新聞はあってないようなものだから、メインは掲示板だ。

 掲示板は通りや大きな酒場にあり、お金を払えば貼らせてもらえる。


 ただ、掲示板にしろ新聞にしろ、無料では利用できない。

 商品棚やペンキの購入等で所持金が底を突きそうな私達には無理な選択だ。


 ということで、私達は声掛けを行うことにした。

 人の往来が激しい通りを歩き、店に来てくれそうな人に声を掛けて宣伝する。

 店に来てくれそうな人というのは、言い換えると若い女性だ。


「明日の10時にオープンするのですね! 13番通りにあるアーサー様の雑貨屋が!」


「そうだ。俺とクリスの雑貨屋が」


「分かりました! 必ず行きます! アーサー様の雑貨屋に!」


「待っている」


 若い女性の多くはこういった好意的な反応を示した。

 彼女らは雑貨屋というよりもアーサーに興味津々の様子。

 そう、私は彼のイケメンパワーを利用することにしたのだ。


 もちろんアーサーはそのことに気づいていない。

 だから彼は、驚いた様子で私に言った。


「いやぁ、思っていたよりも女性の食いつきがいいな。雑貨屋がこれほど女性に人気だとは知らなかった。また一つ勉強になったよ」


「商品よりもあなたが目当てなのよ」


「そんなわけないだろう。今の俺は平民だ。平民の男なんてそこらにいる。俺を目当てにするなんてありえないよ」


 凄まじい鈍感ぶりだ。

 私はクスクスと笑い、「そうね」と流した。


「たこ焼きいかがっすかー!」


「焼きたてですよー!」


 大通りの広場に着くと、たこ焼き屋が複数あった。

 全てレオポール男爵の経営する店だ。


 男爵は私達がコンテンストを受けた翌日には動いていた。

 1日でダシエの至る所に屋台を準備し、次の日には一斉にオープン。


 それから数日が経った今、たこ焼き屋は爆発的に流行っていた。

 無精髭を生やして曲刀を装備した盗賊のようなおじ様から高貴なドレスに身を包むレディまで、誰もがたこ焼きに夢中だ。

 外に出ると必ずたこ焼きを食べ歩いている人を見かける。

 昨日なんてどこぞの貴族がたこ焼き目当てにダシエまで来ていた。


「たこ焼き食べたくなってきたな……」


 アーサーがジュルリと舌なめずりをする。


「なら作ってあげよっか?」


「え?」


「たこ焼き器は残ってるし、店にはコンロがあるから作れるよ。個人で消費するなら特許侵害にもならないでしょ?」


「たしかにそうだ! うおおお! クリスのたこ焼きを食べられる日が来るなんて! あぁ神様、今日という日に感謝します!」


「大袈裟だなぁ」


 そんなわけで、私達は店に戻ってたこ焼きを食べる――はずだった。

 だが、しかし。


「わるいねぇ、タコは売り切れだよ」


 たこ焼きに必要なタコを調達することができなかった。

 いくつかの魚屋を回ったが、どこにもタコは売っていない。

 男爵が買い占めているそうだ。


「クリスのたこ焼きが食べたかったのに……」


 アーサーは「うぅぅ」と悲しそう。

 妙に母性本能をくすぐるその顔に私は弱い。


「この様子だとしばらくタコを買うのは無理だろうし、お店のたこ焼きで妥協だね」


「でもそれはクリスが作っていない……」


「じゃあタコなしのたこ焼きにする? それなら作れるけど」


「それがいい! タコなしのたこ焼きがいい!」


 五歳児も顔向けの無邪気な喜びようだ。


「分かった。タコなしのたこ焼きね」


「うん!」


 子供にしか見えないアーサーと共に、私は店に戻るのだった。


 ◇


 時計の針がするすると進み、開店日がやってきた。


「クリス、もう客が待っているぞ!」


「本当ね」


 開店時間の10分前からちらほらと若い女性が現れ始めた。

 彼女らは扉の前にある「準備中」と書かれた立て札の前で並んでいる。

 扉は開かれているので、私達の様子は丸見えだ。


「アーサー様! 来ましたよ!」


 先頭の女性が声を弾ませた。


「ありがとう」と笑顔で手を振るアーサー。


 外に並んでいる女性陣が黄色い歓声を上げた。


「アーサー君、遊びに来たよー!」


「アーサー様ぁ!」


「アーサーくーん! 私にも手を振ってー!」


 私と同年齢ないし少し年上の女性達が熱狂している。

 彼女らの視線が商品を捉えることは一度もなかった。


「そろそろ時間ね」


「頑張って繁盛させよう!」


「もちろん!」


 アーサーと軽くタッチしたら、私は扉に向かう。


「お待たせいたしました。雑貨屋リュミエール、開店です!」


 立て札を持って横に移動――する間もなく突き飛ばされた。


「「「アーサー様ぁ!」」」


 大量の女性が雪崩れ込み、値札どころか物すら見ずに商品を取る。

 そのまま一目散にレジで待つアーサーのもとへ。


「これ買います!」


「三味唐辛子が1つだから、300ゴールドだ」


「はい! アーサー様!」


「500ゴールドを預かったので、おつりは200ゴールドだ」


「ねぇアーサー様、三味唐辛子って何ですかぁ?」


「よくぞ聞いてくれた! これはクリスが考えたオリジナルの唐辛子で、普通の物とは違って……ペラペラ」


「アーサー様のオリジナル唐辛子! すごいですぅ!」


「いや、クリスが……」


「流石はアーサー様!」


 最初の女性客がなかなかレジ前を譲らない。

 彼女の目的はアーサーなので、当然といえば当然だ。

 三味唐辛子は話のきっかけ作りに過ぎなかった。

 そこからあの手この手で話を膨らませてキャッキャしている。


(商品を見られていないのは悲しいけど、最初はこれでもいいわ)


 物がウケればリピーターになる。

 だから、彼女らの動機にこだわることはなかった。


「お待ちのお客様、こちらでお伺いいたしますよー!」


 アーサーの隣に立って声を上げる私。

 しかし。


「「「「…………」」」」


 並んでいる女性客は一人も流れてこなかった。

 心の中で「ですよねー」と苦笑い。


 こうしている間にも新たな女性客が店にやってくる。

 狭い店内は瞬く間に混雑していき、まるで大人気店のような有様に。

 にもかかわらず、精算を終えた客はまだ3人のみ。


 私の想像していた以上に、彼女らのお喋りは続いた。

 アーサーは助けを求めるように私をチラチラ見ている。


(このままではまずいなぁ)


 と思ったが、ここで予想外のことが起きた。


「なんだかすごい人気だな」


「雑貨屋のようだぞ」


「ちょっくら見ていくか!」


 アーサー目当ての女性客が何も知らない男性客を引き付けた。

 これを皮切りに、人が人を呼び始める。


 一瞬にして店の外には行列ができた。

 そして、その行列を見た人も列に加わっていく。

 並んでいる客の殆どがアーサーではなく商品に興味を持っていた。


(これだけの人にお店や商品のことを知ってもらえたなら、あとは実力勝負ね)


 リュミエールの商品は基本的に安い。

 割高なのは三味唐辛子の小瓶くらいだ。

 質だっていいし、他店に負ける気はしなかった。


(これは成功しそうだなぁ)


 男性客のレジ対応をしながら、私は一人でニヤけた。

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