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014 アーサー、服を脱いで

 営業許可は取れていないが、営業しても問題はないだろう。

 店に戻った私達は、さっそく開店に向けて動き始めた。


 まずは店内を再確認。

 入ってすぐに微妙なスペースがある。

 床にテーブルの脚の跡がくっきり残っていた。

 かつてはテーブル席が置いてあったのだろう。


 奥にカウンターテーブルが残っており、その向こうには木の棚。

 棚からはワインの香りが漂っていた。


 ここは元々、酒場だった。

 テーブル1~2席にカウンター数席といったところか。

 私達が贔屓にしているバーより少しだけ広い。


「お、いいのがあるじゃーん!」


 カウンターの裏手、キッチンスペースにコンロを発見。

 しかも魔石式――魔石と呼ばれる特殊な力を蓄えた石が動力源――だ。


「私の前世って、この世界よりも発展しているって話したじゃない?」


 金魚の糞のように私の後ろを歩くアーサーが「そうだな」と頷く。


「でもね、全てがそうというわけじゃないの」


「というと?」


「魔石はなかったんだよね」


「魔石がない!? じゃあどうやって生活するんだ!?」


「前世の世界には電池っていう魔石に似た物があったから」


「電池……?」


「電気を蓄えた魔石ってイメージでいいよ」


「生活に電気を活用していたのか」


「すごいでしょー」


「ああ、全くもって信じられん。どうやって電気を自在に操るんだ?」


「それは……私にもよく分からない! なんか賢い人達がわぁーって頑張った結果、電気がインフラの中心になった!」


 話しながらコンロのスイッチをカチカチするも無反応。

 魔石の魔力が空になっているのだろう。


「雑談はこのくらいにして働くとしますか!」


「おう! 指示に従うぞ! 何をする!?」


「アーサーはお店の掃除をお願い。私はこのワインセラーらしき棚を解体して商品棚に作り直すわ。お互いの作業が済んだら、ペンキを買ってきてお店全体を綺麗に塗り直しましょ!」


「承知した!」


 店の隅に竹の籠を置くと、私達は作業を始めた。


 ◇


 コンロの魔石を交換し、ペンキを塗り終えた。


「ついに開店だな!」


「そんなすぐには開店できないってば!」


 私は苦笑いで答え、続けてこう言った。


「次は商品よ。最低でも開店日だけは店内を商品で埋め尽くしたいから、これから数日かけて色々な物を作るわ」


「商品のことをすっかり忘れていた!」


「そこは忘れちゃダメでしょ!」


 というわけで、いよいよ商品の準備だ。


「私達のお店は雑貨屋だけど、雑貨屋って名前の通り専門店じゃないのよね。だから色々なジャンルの商品を取り扱うわ。私達の場合、基本的には材料を自分で調達し、自分で加工して作る予定よ」


「他所の店から仕入れたらコストが跳ね上がるから、だよな?」


「そそっ。で、何を作るかだけど……何がいいかな?」


 この問いに対し、アーサーは間髪を入れずに答えた。


「決まっている、からしだ!」


「からし?」


「俺達が初めて出会ったあの運命の日を覚えているか?」


「あなたがワイルドボアから私を守ろうとして、無様に転んだあの日?」


「いや、俺達が初めて出会った運命の日だ」


「つまり私があなたをワイルドボアから守ってあげた日ね」


「いや、俺達が――」


「もういいから、それで?」


 アーサーは拗ねたように唇を尖らせた。


「あの時、君は採取したカラシナで粉からしを作ってくれただろ?」


「うん」


「あの粉からしは本当に素晴らしかった。俺だけでなく、王宮(ウチ)の料理長も絶賛していた」


「おー、そんなに評判がよかったとは」


「だからここでも粉からしを売ろう! 大繁盛間違いなしだ!」


「うーん、どうだろう。売れるかな?」


「売れるに違いない!」


「そういう意味じゃなくて、売ることができるのかなって」


 アーサーが「ん?」と首を傾げる。


「この周辺ってカラシナが自生しているのかな」


 粉からしの原材料はカラシナである。

 カラシナの自生地が近くになければ、粉からしは作れない。


「アーサーって地理に詳しいよね? その辺のことは分からないの?」


「それは分からないな……。俺は地図を覚えているだけだから……」


 アーサーが「すまぬ」と頭を下げる。


「気にしないで。分からないなら調べればいいだけだし」


「なるほど、周辺を散策するわけだな!」


「ううん、図書館へ行って調べるのよ」


「なんだと!?」


「図書館には周辺にある野草の情報をまとめた〈野草地図〉があるから、それを見ればカラシナがあるかも分かるわ」


 野草地図も前世には存在しなかったものだ。

 デジタル技術が発達していないこの世界ならではの文献と言える。


「ではでは、図書館へGO!」


「おー!」


 私達は図書館に向かった。


 ◇


 野草地図を調べた結果、ダシエ近辺にカラシナの自生地がないと分かった。

 よって、アーサーの大好きな粉からしは作ることができない。

 ただ、別の調味料なら作れそうだ。


 ダシエの北東にある雑木林。

 そこに色々なネタが眠っているという情報を得られた。

 なので、直ちにそこへ向かった。


「私は歩き回って色々と採取するわ。アーサーはここで火熾しをよろしく。この場で調合して帰るから」


「任せろ!」


 火熾しという任務を与えられて、アーサーは嬉しそうだ。


「じゃ、お願いね」


 雑木林のド真ん中にアーサーを放置して移動開始。


「おそらくこの辺に……あったあった」


 すぐに最初の材料を発見。

 その材料とは青紫蘇(あおじそ)――通称「大葉」だ。


「ここに大葉があるってことは、たぶんあっちに……」


 ブツブツ呟きながら次の材料がありそうな場所を目指す。

 そうやって歩いている間も気を緩めず、獣の足跡に目を配る。


 どうやらこの雑木林はイノシシが仕切っているようだ。

 イノシシといってもワイルドボアのような大型ではない。

 一般的なサイズのイノシシだから気にしなくていいだろう。


「よーし、二つ目!」


 お目当てのミカンを調達。

 皮を剥いて一口食べてみると……。


「酸っぱ!」


 驚く程に酸っぱかった。

 甘いほうが好きな私からすると最悪だ。

 眉間に皺を寄せ、「うげぇ」と舌を出す。


「キュッ」


 そんな私を一匹のシマリスが眺めていた。

 近くの木の枝から、腰を低くして伺っている。

 後ろ肢を小刻みに動かし、尻尾をぷりぷり。

 非常に可愛らしい動作だ。

 しかし、これは「モビング」というシマリス流の警戒だ。


「ごめんごめん、驚かせちゃったね」


 手に持っているミカンを一粒ちぎり、シマリスに向ける。

 ミカンが近づいてくると、シマリスはモビングをやめた。

 小さな両手でしっかり掴み、ガシガシとミカンを食べる。

 酸っぱいのが好きなのか鼻を伸ばして喜んでいた。


「私が欲しいのは皮だから、酸っぱい果実はここに置いておくね」


 シマリスのいる木に残りのミカンを置く。

 皮は竹の背負い籠に放り込んだ。

 その後もいくつかのミカンから皮を回収し、探索再開。

 ――と、思いきや、すぐに発見した。


「これで揃った!」


 最後の材料こと赤唐辛子を獲得。

 あとはこれらを持ってアーサーのもとに戻るだけだ。

 赤唐辛子を背負い籠に入れて、スキップしながら彼のもとへ。


「いたいた! アーサー、さっそく調合を――って、ちょっとぉ!」


 思わず叫ぶ。

 その声に気づいたアーサーは涙目でこちらを見た。


「クリスぅ! 助けてくれぇ! もうおしまいだぁ!」


 アーサーのこしらえた焚き火がまずい事態に陥っていた。

 落ち葉に引火して巨大化しているのだ。

 唖然としている間にも、落ち葉から落ち葉へ火が移っていく。

 このままでは雑木林が火の海になってしまう。


「まだ大丈夫! 木が燃えない限り止められるから!」


 私は地面に籠を置いて走り出す。

 そして彼の背負っている籠から竹の水筒を取り出した。


「アーサー、服を脱いで」


「え、服を?」


「いいから早く!」


「あ、ああ!」


 アーサーは大慌てで服を脱いだ。

 思わず触りたくなる見事なシックスパックが姿を現す。

 が、今は彼の肉体美に感心している場合ではない。


「脱いだけど、ここからどうする?」


「こうするのよ!」


 アーサーの服に水筒の水をぶっかける。

 そして、濡れた服でそこらに広がる炎を叩いていく。


 不幸中の幸いだったのは、炎がまだ小さかったこと。

 大量の落ち葉が燃えていたとはいえ、所詮は落ち葉に過ぎない。

 濡れた服で叩けばあっさり消えた。


「……ふぅ、これで消火完了ね」


 炎が成長する前に潰し終えた。

 空気がとてつもなく焦げ臭いがもう大丈夫だ。


「クリス、俺……」


「焚き火をする際に周辺の掃除を怠ったのね」


「ごめん……」


 私は大きなため息を吐くが、それ以上は怒らなかった。


「大火事を防げてアーサーも無事だから、まぁいいわ」


「二度と同じミスはしない。約束するよ」


「そうしてちょうだい」


 私はアーサーのこしらえた焚き火の周囲を綺麗にした。

 念には念をということで、炎の周りを石で囲っておく。


「服は干しておくね」


「うん……」


 アーサーは力なく項垂れた。


「いつまでもくよくよしない!」


 ベシッとアーサーのお尻を叩く。


「材料は全て揃ったから、いよいよ調合開始よ」


 放置していた自らの籠を背負う。


「おう! ……で、何を作るんだ?」


「そういえば言っていなかったわね」


 私はニヤリと笑い、右の人差し指を立てた。


「クリス特製、絶対に美味しい三味唐辛子よ!」

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