012 黙りきったぜ ボロが出ないようにな
「…………」
アーサーは言いつけ通り口を開かず、無言でたこ焼きを返す。
ここで失敗されると空気がまずくなるのだが、幸いにも彼は成功した。
「やるじゃないか。だが、そちよりもワシのほうが上手だな!」
嬉しそうに「がはは」と笑う男爵。
アーサーは「そんなことねぇ! 俺の勝ちだ!」と言いたげ。
私からすれば五十歩百歩だった。
「そろそろ頃合いです。たこ焼き器からたこ焼きを上げて食べましょう」
「ではワシがひっくり返したたこ焼きをいただくとしよう。問題なかろう?」
「はい、問題ございません」
男爵はアーサーの手から竹串を奪い、ブスリと自分のたこ焼きに突き刺す。
さらに左手で竹の容器を持ち、そこへひょいっとたこ焼きを上げた。
「上手ですね、男爵様」
これはお世辞ではなく本音だ。
私と同じで前世の記憶があると言われても不思議ではない。
男爵は嬉しそうに笑い、容器を私に向ける。
「醤油と鰹節をかけてくれ」
「お任せください」
指示に従って素早く動く。
パラパラと振りかけられた鰹節がたこ焼きの上で踊った。
「香りもよければ見た目もいい。鰹節を選んだのは名案だな」
「食欲をそそりますよね」
男爵が満足気に頷く。
「では実食の時間だ。食べ歩きを想定しているとのことだから立ったまま食べさせてもらうぞ」
「はい。お熱いのでご注意ください」
男爵は爪楊枝をたこ焼きに突き刺す。
そのまま爪楊枝をグルグル回してたこ焼きに穴を開けた。
穴から香ばしい湯気が漂う。
そこへフーフーと息を吹きかけ、軽く冷ましてから口に運んだ。
「うん……うん……」
何度も頷き、丁寧に咀嚼する男爵。
その顔はこれまでと打って変わって真剣そのもの。
現在進行形で味の審査をしているのだろう。
私達は緊張の面持ちで眺める。
手応えはあるが、どう転ぶかは分からない。
ゴクリッ。
男爵がたこ焼きを飲み込んだ。
それから再び頷き、私に向かって言った。
「うん、美味い! 合格だ!」
「二個目は食べなくてもよろしいのですか?」
「このクオリティなら二個目は必要ない。これで合格だ!」
「本当ですか」
「そちの提案したたこ焼きという料理はあまりにも完璧だった。コスト、味、調理難度……全てが素晴らしい。これはソネイセン全土で流行ること間違いなしだ!」
「ありがとうございます」
男爵が食堂へ向かう。
私達もそれに続いた。
「分かっていると思うが、今この時を以てたこ焼きはワシの物となった。そちらがたこ焼き屋を営むことはできない。もちろん個人で食べる分にはかまわないがな」
「承知しております」
「では賞金を準備しよう」
そこから先はトントン拍子で進んだ。
あっという間に1万ゴールド札の束が用意される。
「99……100。たしかに100万ゴールドありますね」
私とアーサーは札束を細かく分けて持つ。
財布袋、内ポケット、果てには靴の中にも何枚か入れる。
スリ対策だ。
「素晴らしい時間をありがとう、クリス。そしてネメシス族の君も」
男爵は私達の肩をポンポンと叩き、「それでは」と食堂から出て行く。
その足取りはリズミカルで、後ろ姿だけで上機嫌だと分かった。
「私達も失礼いたします」
もはや誰も見ていない食堂でそう言い、アーサーと共に城を後にした。
◇
城から出た私達は、静かに互いの顔を見つめ合う。
始まりは真顔だが、途端に表情が崩れていき、最後にはニヤけた。
「やったなクリス! やったな!」
「いえええええええええええい!」
アーサーと抱き合い、ぴょんぴょん跳ねる。
通行人が呆れ顔で一瞥してくるが気にしない。
ひとしきり興奮すると、大きく息を吐いて落ち着いた。
「クリス、お金を落とす前に商売を始めよう!」
「まぁまぁ慌てなさんな、アーサーさん」
「なに!?」
「商売のことは明日からでいいわ。それより今日の目標は覚えてる?」
アーサーがハッとした。
「着替えを買ってお風呂に入る!」
「その通り。なので今から服屋に行って着替えを買い、酒場でお祝いして、宿屋に行ってお風呂のある部屋を取りましょ」
「賛成だが……いいのか? 風呂付きの部屋は高いはずだ」
「そうね。お高い宿の中でもいい部屋じゃないとお風呂はついていないと思う」
この世界における庶民のお風呂は大浴場が基本だ。
宿屋の部屋や各家庭の浴室に備わっているのはシャワーだけ。
下水の都合だかで浴槽の設置は許可が必要らしい。
「でも、今日くらい贅沢してもいいじゃない? 私はコンテストで頑張って男爵に売り込んだし、アーサーは最後まで口を開かなかった!」
「おう! 黙りきったぜ! ボロが出ないようにな!」
実に素晴らしいドヤ顔のアーサー。
口を閉ざしていただけとは思えない表情をしている。
私は苦笑いしつつ、「えらかったよ」と頭を撫でてあげた。
アーサーは満面の笑みを浮かべて喜んだ。
その様を見ていて思う。
「アーサーってさ……」
「んー?」
「犬よね」
「犬!?」
私は「うん」と笑った。
「犬とは何だ犬とは! 俺は人間だ!」
「あはは、ごめんごめん」
謝りつつ、再びアーサーの頭を撫でる。
またしても彼は満面の笑みで喜んだ。
やはり犬である。
◇
着替えを買い、酒場に行った。
私達にコンテストのことを教えてくれたあの酒場だ。
夕暮れ時なのに他の客はいなかった。
「本当に受賞したのかよ! すげぇなおい!」
マスターは心底驚いていた。
「すごいだろー! クリスはすごい女性なんだ!」
「えへへ、頑張っちゃいました!」
「大したもんだ。で、どんな料理を提案したんだ? いや、やっぱり教えないでくれ。どうせ明日には有名になっているだろう。その時に勉強させてもらうよ」
「勉強だなんて、そんなぁ」
えへへ、えへへと後頭部をポリポリ。
マスターは「よし」と言って、フライパンを掲げた。
「受賞のお祝いだ! 店からのサービスでたらふく食わせてやらぁ!」
「いいんですか!?」
「おう! 好きなだけ食っていいぞ!」
私とアーサーは互いの目を見た後、最高の笑顔で注文した。
「私はオムライスとハンバーグ、それとパスタもお願いします! あ、ピザも食べたいです! 白身魚のムニエルとかもいいですか? あとは牛肉のステーキ!」
「俺はそれらに加えてライスも頼む! 米が食べたい気分なんだ!」
「米かー! いいね! じゃあ私もライス大盛り! あとユッケってありますか? できれば馬肉がいいんですけど、ないなら牛肉でもOKです! 完全に生だと怖いので少しだけ火を通してください! それとそれと……」
「容赦なく頼みすぎだー! ウチは酒場だぞ! そんなに食材はねぇよ!」
◇
酒場を出て、ダシエ内でも屈指の高級宿に来た。
そこで風呂付きの部屋を借りることにしたのだが……。
「スイートが2部屋ですので20万ゴールドになります」
フロントが提示した額に度肝を抜かした。
予想の4倍もしたのだ。
流石に私達の興奮も冷めて現実に戻される。
「クリス、20万はまずいんじゃ……?」
「そうね……」
とはいえ、お風呂には入りたい。
それも風呂付きの部屋がいい。
今日だけは羽目を外したかった。
「すみません、部屋数を1に変更していただけますか?」
「お二人で同じ部屋を利用されるということですね」
「そうです。大丈夫ですか?」
「もちろん可能でございます」
スイートルームは非常に広い。
だから複数人で利用することだって可能だ。
「ではお値段変わりまして、10万5000ゴールドになります」
「そ、そのくらいなら何とか……!」
心臓をバクバクさせながら支払いを済ませる。
こうして、私達は同じ部屋で過ごすことになった。
◇
流石は1部屋10万の最上級スイートだ。
私達の部屋はそう言わざるを得ないレベルだった。
広々としていて、調度品も高級感が漂っている。
ビスネル王国の王宮で過ごした部屋を思い出した。
「やっぱりお高い部屋って落ち着かないねー!」
「俺はむしろ落ち着くが」
「そっか、アーサーはこんな感じの部屋が日常だったんだ」
久しぶりに感じる身分の差。
彼が王子であることを忘れつつあった。
「じゃあ、一番風呂はいただくねー!」
「おう! 俺はクリスの汗が混じった湯を堪能させてもらう!」
「その言い方だと変態にしか聞こえないからやめて」
「気をつけよう!」
「そうして」
話を切り上げ、私は広すぎる脱衣所へ向かう
この時はまだ気づいていなかった。
とんでもない見落としをしていることに。
◇
互いの入浴が済み、着ていた服を無料の洗濯サービスに出した。
「あー、今日も楽しかったねー!」
「うむ! 実に新鮮で輝かしい一日だったと言える!」
リビングにある本革のソファでくつろぐ私。
アーサーは宝剣で素振りしている。
「クリスと一緒にいると発見ばかりだ! それに比べて俺はダメダメだな!」
「全くもってその通り……と言いたいけど、実はそうでもないのよ」
「そうなのか? 俺、何もできていないぞ」
「そこは否定しないけど、一緒に居てくれるだけで心強いよ。この場に私しかいなかったら、ここまでガンガン動けなかったと思う」
「本当か? とてもそんな風には見えないが……」
「怠け者だからね、私。一人だったら今頃、まだ森の中で過ごしているわ」
私は目の前のローテーブルに置いてあるティーカップを右手で取る。
すかさずカップの底に左手を添えて、こぼれないように全神経を注ぐ。
アーサーは上品に片手で飲めるが、私にはできない。
ひたすらにカップの紅茶を睨みつつ、慎重に飲んだ。
「ふぅ」
温かい紅茶が五臓六腑に染み渡る。
落ち着いたところで立ち上がった。
「そろそろ寝ましょ。明日も頑張らないといけないしね」
「だな!」
アーサーは宝剣を鞘に収めた。
「それじゃ、アーサー、おやすみ!」
「おう! おやすみ!」
そして私達は寝室に向かう。
「あっ……!」
ここで気づいた。
とんでもない見落としに。
ベッドが一つしかないのだ。
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