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011 私がレオポール男爵である

 レオポール男爵が開催するコンテストのテーマは〈料理〉。

 これまでにない物で、且つ売りやすい物でなくてはならない。


 売りやすいの捉え方はいくつかあるだろう。

 必ずしも低コストであればいい、というわけではない。

 高くてもそれはそれで貴族を中心に需要があるだろう。


「とはいっても、私達の所持金は雀の涙なわけで、高級志向は無理があるわ」


 酒場を出て、材料を調達するべく街を歩く。


「既に作る料理は決めているんだよな?」


「もちろん!」


 必要なのは銅板だ。

 それなりに厚みがなくてはならない。

 食材の購入はそれからだ。


「お、いいのがあったわね。すみません、この銅板を売ってください!」


「はいよ、15万ね」


「手持ちは1万2500ゴールドしかないので、それでどうにかなりませんか?」


「馬鹿を言うんじゃねぇ。冷やかしなら帰りな」


「じゃあ交換していただけませんか? こちらはサーベルタイガーの牙で作った縦笛を出します」


「サーベルタイガーの牙で作った笛!? そいつぁ珍しい! 俺は珍しい物には目がないんだ! いいぜ、交換しよう!」


「ありがとうございまーす♪」


 というわけで、一番のネックだった銅板はゲットした。

 そしてそれを鍛冶屋に持っていき、指定した形に加工してもらうよう依頼。


「加工費用なんですが、手持ちのお金が全くないのでサーベルタイガーの牙で作った横笛と交換していただけませんか?」


「ササ、サーベルタイガーの牙で作った横笛だってぇ!? 見たことも聞いたこともねぇ! いいぜ! 金の代わりにその笛をいただこう!」


 こうして、銅板に半円状の窪みをたくさん作ってもらった。


「ここに生地を流し込んで、タコ等の具材を入れて焼く。頃合いを見計らって生地をクルリとひっくり返せば球体のお手軽料理――たこ焼きの完成よ」


 たこ焼きはこの世界に存在していない。

 というより、タコを使った料理が天ぷらくらいしかない。


 タコ天にしても、いわゆる漁師の料理という扱いだ。

 一般には浸透する程ではなかった。


 正確な理由は不明だが、おおよその察しは付く。

 おそらくタコに関する漁法が確立されていないからだ。


 この世界において、タコは別の獲物を狙った漁のオマケに過ぎない。

 もっと言えば「網に絡まった面倒な奴」という扱いだ。

 言うなれば害魚である。


 だから、タコは魚屋だと捨て値で売られていた。

 前世なら飛びつくような価格だが、今世では誰も飛びつかない。

 そこが狙い目だ。


「貴族がタコを好むとは思えないが……」


「それはどうかしらね」


 たこ焼きを食べて「タコが美味い!」と言う人は少ない。

 たこ焼きにおけるタコは、それ自体の味を楽しむものではないからだ。

 だから、タコ自体の好き嫌いは大して関係ないと思っていた。


「買い物はこれで以上かな? 確認してみるわ」


 食材各種と爪楊枝を購入した。

 たこ焼きを入れる容器は、半分に割った竹を使う予定だ。

 オシャレだし無料で調達できる。

 たこ焼きをひっくり返す為の竹串も自作した。


「大丈夫、全部あるね。これで準備完了よ」


 私は遠くに見える城を指した。


「100万ゴールドをいただきに行くよ! アーサー!」


「おう! 荷物持ちは任せろ!」


「任せた!」


 全ての荷物をアーサーに押しつけ、空の竹籠を背負って城に向かった。


 ◇


 コンテストはお城に着いてすぐに受けることとなった。

 ほぼ毎日開催している上にテーマが料理なので人気がないのだろう。

 酒場のマスターが言う通りだった。


「お待たせしたかね、私がレオポール男爵である」


 食堂で待つこと僅か1分で男爵が登場した。

 よほどの暇人か、それとも商魂の賜物か。

 どちらにせよ私達にとってはありがたい。


(それにしてもこの男爵様……すごい見た目ね)


 男爵は容姿は何か何まで奇抜だ。

 例えばファッションは尖っているものが好きなようで、巨大ドリルのような黒いトンガリハットに、硬さ次第では突き刺せそうな先端の鋭い靴を履いている。

 顔に目を向けると、グルグルに巻かれた髭が存在感を放っていた。

 アーサー曰く40代後半とのことだが、外見だけだと30代前半に見える。


「それではまず口頭で説明を――って、ん?」


 男爵の視線が私――の斜め後ろにいるアーサーを捉えた。


「そちの顔、見覚えがある気がするぞ」


 ギクリと焦る私。

 一方、アーサーは堂々と立っている。


「そなた、名前は?」


「…………」


「名前はと訊いておる」


「…………」


 アーサーは何も言わない。

 口を開かないよう私が指示したからだ。

 このコンテストでは絶対にミスが許されない。

 アーサーには「あ」すら発言させるわけにはいかなかった。


「申し訳ございません男爵様、彼はネメシス族の者でして……」


「ネメシス族? ああ、あの女としか口を利かないという秘境の連中か」


「さようでございます。ですので、男爵様はおそらく別の方と見間違いをされているのかと」


「たしかにネメシス族の人間ならそうなるが……。この嫉妬を禁じ得ない程の美男子を果たして見間違うだろうか」


 嫌な予感がする。

 この展開は最初から予想できていた。

 だからアーサーに言ったのだが、彼は大丈夫と豪語した。

 曰く「ソネイセンの貴族は腐ってるから覚えていない。それに俺が男爵と会ったのは1度だけだ。それも10年前のことで、当時の俺は8歳の子供。今とは顔つきはおろか背丈も違う」とのこと。


「ま、なんでもいいか、審査に移ろう」


 嫌な予感が外れた。

 ホッと胸をなで下ろす。


「では調理を始める前に説明してもらおうか。言い換えればそれが一次審査だ。不合格ならば調理の機会なく終了となる。分かったか?」


「承知いたしました」


 男爵は長いダイニングテーブルの上座に腰を下ろした。

 私は彼の斜め前方に移動し、立ったまま話す。


「私が作る料理は〈たこ焼き〉というもので――」


 男爵の顔を見ながら話す。

 口を挟んでくるかと思いきや静観している。

 なるほどビジネスマンだ。


「――このような半円状の窪みがある銅板に油を塗り、専用の生地を流し込んで焼きます。その際、タコ等の具材を入れ、ある程度したら竹串でくるりと返します」


 アーサーの背負い籠から銅板を取り出し、男爵に見せる。


「表面を軽く固めてから返すわけだな。そして最後は球体状になると」


 私は「さようでございます」と頷いた。


 この男爵、話の飲み込みが非常に早い。

 これまでに多くの審査をしてきたからだろう。

 前評判よりも商売人としての顔が窺える。


「そうして完成したたこ焼きは、醤油と鰹節をかけて食べます」


 前世だと醤油よりもソースとマヨネーズが使われていた。

 なので今世でもそうしたいところだが、それはできない。


 理由はいくつかあるが、一番はコスト面の都合だ。

 ソースとマヨネーズは共に醤油よりも遙かに高い。


「たこ焼きは酒の肴として提供するのか?」


「いえ、主に食べ歩きを想定しています。適当な容器に入れて、爪楊枝で刺して食べるといった食べ方ですので、外でも気兼ねなく食べることができます」


「ふむ。今回はどんな容器を使うつもりだ?」


「こちらの竹を使おうかと」


 ここで竹の容器を取り出す。

 男爵は「いいかな?」と手を伸ばしてきた。


「どうぞ」


「なるほどなるほど、銅板で焼いたたこ焼きをここに盛るわけか」


 独り言をブツブツ呟きながら、男爵は銅板と容器を眺めている。

 それを10秒ほど繰り返した後、「よく分かった」と容器を返してきた。


「説明は以上となりますが、いかがですか?」


「いくつか質問させてもらおう」


「なんなりとどうぞ」


「まずたこ焼きの生地は何を使う?」


「小麦粉と卵、それに水を混ぜたものです。小麦粉に関しては薄力粉を想定していますが、強力粉でも大丈夫です」


「たこ焼きの具材は?」


「茹でたタコの足と天かす、それにこんにゃくを入れます」


 天かすとこんにゃくは食感を良くする上に安いので採用した。

 本当は紅ショウガも入れたいところだが、コストの都合でパスだ。

 入れたかったら男爵が勝手に入れるだろう。


「タコの足だと? タコに足はないぞ?」


「失礼しました。腕でございます」


「ははは、冗談だ。正確には『腕』でも、一般的に『足』と呼ばれていることは分かっておる」


「流石です、男爵様」


 男爵は頷き、真剣な目で私を見る。


「具材として使うタコの足はどのくらいのサイズだ?」


「たこ焼きの中に収まる程度ですので、このくらいです」


 親指と人差し指を使って大きさを表現。


「すると一般的なタコ1匹で約50個分といったところか」


 それは考えたことがなかった。

 思わず、「え、そうなの?」と言いかける。

 私の顔を見て察したらしく、男爵は笑った。


「適当に言っただけだ。でもまぁそのくらいだろう」


「そ、そうですね……」


「大体は分かった。高く見積もったとしても、たこ焼きを1個作るのにかかるコストは10ゴールドだ。実際は3~5ゴールドくらいだろう」


「私もそのように考えています。人件費等も考慮すると、販売価格は1個あたり30~50ゴールドといったところでしょうか」


「妥当なところだ。最後の質問だが、調理の難易度は? 話を聞く限り誰でも作れそうに感じるが」


「仰る通り誰でも作れる程に簡単です。ただ、調理人の腕によって少なからず味の差が出ます。簡単ながらも奥が深い、といった認識を持って頂ければ幸いです」


「なるほど。よし、そこの厨房で実際に調理してくれ」


 いきなり調理審査に移った。

 私とアーサーは驚き、そしてニヤける。


「かしこまりました! 直ちに作らせていただきます!」


「あとはそちの腕次第だ。出来が良ければ採用しよう」


「ありがとうございます! 必ずやご期待にお応えいたします!」


 ということで実際の調理が始まった。

 男爵とアーサーが後ろで見守る中、厨房のコンロに銅板をセット。


「この銅板ですが、『銅板』だと伝わりにくいので、私達は『たこ焼き器』と呼んでいます」


「なるほど」と頷く男爵。


「こちらが生地になります」


 細かく説明しながら、生地をアチアチの銅板に流し込む。

 ジューと心地よい音が鳴り、香ばしい匂いが漂う。


「具材はすぐに入れていただいて大丈夫です」


 と言って、タコ・天かす・こんにゃくを放り込む。


「ひっくり返すタイミングですが、技量の差が明確に出るのはこの部分です」


 私は竹串を使い、1個だけひっくり返した。

 絶妙な焼き目のドームが姿を現し、男爵とアーサーが感嘆する。


「男爵様もお一つひっくり返してみてください」


「うむ」


 男爵は竹串を手に持ち、私の見様見真似でたこ焼きを返す。

 初見らしくぎこちなかったが、どうにか成功した。


「できた……! 楽しいな、これは!」


「お見事でございます」


 ニッコリと笑って拍手する。

 すると、背後からアーサーが指でツンツンしてきた。

 何かと思って振り向くと、彼は指で自分の顔を指している。

 俺もたこ焼きをクルリンしたい――彼の顔にはそう書いていた。


(ここで失敗されたら困るのだけど……)


 私がたじろいでいると、アーサーがショボンと悲しんだ。

 目に涙を浮かべ、唇を尖らせている。


(その顔はずるい!)


 大きなため息をつき、男爵に言う。


「ネメシス族の彼も1個だけ返させてやってよろしいでしょうか?」


「かまわんぞ」


 男爵がアーサーに竹串を渡し、「やりなさい」と命じる。

 アーサーの素性を知ったら彼はどんな反応をするのだろうか。

 そんなことを考えながら、私は見守っていた。

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