010 なら楽勝ね、禁じ手を使うから
ダシエに着くと情報収集を開始した。
当てもなく街を彷徨い、話しやすそうな人に声を掛ける。
ここで役に立ったのがアーサーの容姿だ。
やはりイケメンは強くて、多くの女性が快く話してくれた。
しかし、有益な情報は何も得られなかった。
出てくる案はアルバイト等のありきたりなものばかり。
「クリス、街に着いてから2時間は経っているぞ。そろそろ足が痛い」
「同感よ。このまま通行人に話を聞いていても埒があかないわ」
「やはり森に戻って狩りをするしかないんじゃないか? それか素直にどこかの店で働くか」
「そうかもしれないわね」
と言いつつ、「でも」と続けた。
「最後に酒場で話を聞きましょ」
「酒場?」
「いつの世も酒場のマスターは情報通と相場が決まっているからね」
「おー! だったら、なんで最初から酒場に行かなかったんだ?」
「話を聞くのに何か注文する必要があるからよ。今ならお腹が空いているからいいけど、街に着いた頃はそうでもなかったし」
「そこまで考えているとは流石だなクリス!」
私達は情報を得られそうな酒場を探すことにした。
「酒場といっても色々あるよね。特にこの街はそう。どの通りにも必ず数店は酒場がある。こういう時はどんなお店を選べばいいと思う?」
「そりゃ大きな酒場だろう。大きいのだから客の数も多いわけで、マスターも情報通に違いない」
「なるほどね。でも不正解」
「なんだと!?」
「正解は人の少ない通りにあるこぢんまりとしたお店よ」
「どうしてだ?」
「そういう店は客の入りが少ないから、この時間帯なら間違いなく暇を持て余しているわ。私達以外に客がいない可能性も高い。マスターとゆっくりお話しできるでしょ?」
「なるほど!」
「それにね、そういうお店のほうが質の高い情報を得られるのよ」
「何故だ?」
「たしかに大きなお店にはたくさんのお客さんが来るけど、そのせいでマスターも一人の客と長話できないの。だから会話も軽い世間話で終わりがちなのよ。客はマスターと話すというより、仲間達と盛り上がる為にやってくるわけ」
「ふむふむ」
「逆にこぢんまりとしたお店ってのは、夜でも客の入りがそれほど多くない。経営も常連客ありきで成り立っている。だからマスターは一人の客とじっくり話すし、客もじっくり話したいからそういうお店を選ぶ」
「じっくり話すからマニアックな情報も集まるというわけだな」
「その通り」
「理にかなっている」
ということで、私が選んだのは裏道に入口のある隠れ家的な酒場だ。
扉に営業中の札が掛かっているが、本当に営業しているか疑わしい。
不穏な空気すら感じられる店の扉を、私は恐る恐ると開けた。
「らっしゃい」
カウンターの向こうにいる男がドスの利いた声で言う。
大柄でスキンヘッドの彼がこの店のマスターなのだろう。
丁寧にグラスを磨いている手を見れば、その道に入って長いことが一目瞭然だった。
「営業中の札を見たのですが大丈夫でしょうか?」
素早く店内を見る。
幅を広めに取ったカウンター席が5席のみ。
テーブル席はなく、全ての客がマスターと向き合うスタイル。
私らの他に客はいなくて、店員はマスターのみ。
絵に描いたようなバーだ。
(当たりを引いたわね)
そう確信した。
しかし、まだ話を聞けるかは分からない。
相手に気に入られる必要があった。
「たしかに営業中だが……来る店、間違ってないか? ウチはバーだぜ?」
「バーって食べ物はありますか?」
「食べ物だと?」
マスターの眉間に皺が寄る。
「例えば? 何が食いたいんだ?」
マスターの鋭い眼光が私達を貫く。
アーサーが「まずくないか?」と不安そうに耳打ちしてくる。
私は首を振り、マスターに答えた。
「オムライスが食べたいです!」
「オムライスだぁ? ふざけてんのか?」
「ダメなんですか? 食べたいなぁ、オムライス!」
「よくもバーでオムライスを食いたいなどと言えたな」
私は目を細め、不敵な笑みを浮かべた。
「だってマスター、昔は料理人でしたよね?」
「「――!」」
マスターとアーサーが驚く。
「……どうして俺が料理人だと分かるんだ?」
「手を見れば分かりますよ。ベテランの料理人の手は特徴的なので。アイスピックで氷を突き続けてもそんな手にはならない」
次の瞬間、マスターの表情が和らいだ。
「気に入った! 作ってやるよオムライス! さっさと座りな!」
「ありがとうございまーす!」
私は真ん中のカウンター席に腰を下ろす。
アーサーは私の隣に座った。
「クリス、君には驚かされてばかりだよ。本当にすごいな」
「片田舎の町娘ならこのくらい普通よ」
「そうなのか」
「信じるなよ兄ちゃん、こんな町娘見たことねぇから!」
マスターが上機嫌で調理を始めた。
「本当ならマスターに料理人から転職した経緯なんかを訊いて、それに対して私は適当な相槌を打って共感を示しつつ、自分の身の上を話して打ち解け合っていくものなんだけど、面倒くさいので本題に入らせていただきますね!」
「ああ、いいよ! 何が知りたいんだ?」
「実は……」
私は今の生活状況について話し、それから金策の手段を尋ねた。
もちろんアーサーが王子であることは伏せている。
「たしかに話を聞いている限りアーサーにバイトをさせるのは危険だな。それにいくらかまとまった金が欲しい気持ちも分かる」
「何かありませんかね?」
「1つだけある」
「「おお!」」
私とアーサーが同時に歓声を上げる。
「ただ、あまりオススメできねぇ方法だ」
「あまりオススメできない……闇の仕事ってやつですか?」
「違う違う、そういうのじゃねぇよ」
マスターは笑って流した後、真顔で私を見た。
「俺が言いたいのは、レオポール男爵のコンテストに出るって話だ」
「レオポール男爵?」
首を傾げる私。
それに答えたのはマスターではなくアーサーだった。
「ソネイセン王国の男爵で、ダシエやその近辺が彼の領地だ。商売上手として名高い男で、普段はこの街の北側にある城で過ごしている」
「そうなんだ」
流石はビスネル王国の王子。
その辺りのことは私よりも遙かに詳しい。
「で、そのコンテストとは?」
「男爵は毎月テーマを変えてコンテストを開いているのだが、そこでお眼鏡にかなうと100万ゴールドが貰えるんだ」
「おー! いいじゃないですか! 私達でも参加できるんですか?」
「できるよ。審査は男爵が直々に行うから、奴が不在の時以外は申請すると直ちに審査を受けられる。そういう形態なので、コンテストとは名ばかりで他の参加者と競うことはない」
「すごく良さそうですけど、オススメしないのはどうしてですか? 男爵に気に入られる為には性的なご奉仕が必要になるとか?」
「いいや、そういうのはない。性格的な相性も一切関係なくて、完全な実力勝負だ。男爵が気に入った物なら合格だし、そうでなければ不合格だ。合格ならその場で100万が渡される。不合格なら何も貰えずに終わるってだけだ。いけすかない男爵だが、コンテストに関しては公明正大だよ」
「だったら何がいけないんですか?」
ここまでの情報だと非常に素晴らしいコンテストだ。
「コンテストに受賞した場合、出品物の権利が男爵に移るんだ」
「100万は撒き餌というわけですか」
「その通り」
理解した。
一方、隣のアーサーは理解していなかった。
「どういうことだ? 撒き餌って?」
彼がマスターを見ていたので、この問いにはマスターが答えた。
「例えば今月のテーマは料理だ。料理といっても既存の料理じゃダメだ。オリジナル料理でなくてはならない。で、例えば俺が何か最高のオリジナル料理をコンテストに出して受賞したとするだろ?」
「うむ」
「するとその料理の権利が男爵に移るわけだ。すると……分かるな?」
「分からない!」
「……男爵は即座にその料理に関する特許を取得するんだよ」
ここでようやく、アーサーも理解した。
「特許があるから他所ではその料理を作れないわけか。出品者であるあなた自身も」
「そういうことだ。個人で作る分には問題ないが、それで商売することはできなくなる。そして男爵はその料理を全国で売って金を稼ぐ。商売において斬新なアイデアってのには無限の価値があるんだ。それを男爵は100万ゴールドで買い叩いている。お前らのように目先の金が必要な人間からな」
「革新的なアイデアなんて人生で何個も出るものじゃないからねぇ」
「金持ちに金が集まり、貧乏人は貧乏のままか。なんというシステムだ!」
「そんなわけだからオススメはしねぇよ」
マスターが話を切り上げ、私達の前にオムライスを置いた。
フワトロの仕上がりで見るからに美味しそうだ。
冷めない内に食べるとしよう。
「「いただきまーす!」」
熱々のオムライスをスプーンですくって頬張る。
「んぅ! サイコー!」
「美味すぎるだろマスター!」
「これでも腕は鈍ったほうなんだがな」
マスターは照れくさそうに笑った。
「しかし困ったな、クリス」
ウキウキで食べ進めているとアーサーが話しかけてきた。
「何が困ったの?」
「コンテストだよ。100万で買い叩かれるのではやってられないだろ」
「まぁ合格だったらの話だけどな。今回のテーマは最難関と言われる料理なわけだし、料理人でもないお前達じゃまず受からないさ」
私は「どうだかね」と笑った。
それからアーサーに向かって言う。
「コンテストには参加するわ」
「なんだと!?」
「たしかに革新的なアイデアが100万ぽっちってのは割に合わないけど、それでも100万は大金だし、今の私達にとっては絶対に必要よ」
「そうだけど……」
「それにね、100万はとっかかりに過ぎない」
「というと?」
「100万を獲得したら、今度はそれを元手に何か商売を始めればいい」
「開業資金にするわけか! なるほど、その手があったか! 名案だな!」
「上手くいくかは分からないけどね。でも、そんな風に考えたら夢が膨らんで楽しくなってきたでしょ?」
「おう!」
盛り上がる私達。
「若者特有のイケイケドンドンで興奮するのはいいが、本当にコンテストで受かる気なのか? テーマは料理だぞ?」
マスターが呆れたように笑った。
それだけ難しいテーマなのだろう。
「もちろん、本気ですよ。既存の料理――例えばピザの具に今まで使われていなかった食材を使用する、とかではいけないんですよね?」
「そうだ。完全に新しい物でなければならない。あと、ただ美味いだけでもダメなんだ。レオポールは商売のアイデアを募集しているわけだからな。コストや調理の手軽さも評価に含まれる。奴が『金になる』と思える物でなければ受からないぞ」
「なるほど」
私は大きく頷き、続けて言った。
「なら楽勝ね、禁じ手を使うから」
「禁じ手だと……!?」
「ふふふ」
秘中の禁じ手――それは〈前世の記憶〉だ。
この世界よりも文明の進んだ別世界での記憶。
それがあるから、革新的なアイデア勝負では負ける気がしなかった。
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