表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブラックホールのかけら

作者: 哀井田圭一

「ブラックホールの、かけら?」


「そう、通販で昨日届いた」


 酒を持ってくると、サトはまだケースをのぞき込んでいた。


「揺らすなよ。重力はそのままだから」

 酒を置いて、缶詰を開ける。


 サトが向き直って満面の笑みで、これ、何に使うんだ? と聞いた。


「いろいろ便利だよ。なんでも吸い込むし、なんでも捨てられる」

 缶詰の蓋を放り込む。

 上部の空いたでっかいケース。

 中心に手の平サイズの真っ黒の塊が浮いていて、アルミのゴミを飲み込んだ。


「SMSで見つけて買ったんだ。今は何でも売ってるからな」


「売ってる売ってる。俺、こないだ俺の交際歴売られてたもん。浮気ばれてマジヤバい」


「それはお前がクズなだけだ」


「SNSで暴露されて、もう大変でー」

 笑いながら酒を飲みだす友達を、後ろから眺める。


 段ボールからビール瓶を取り出して、空いた箱をブラックホールに投げ入れる。

 結構な大きさの段ボールが、軽々と飲み込まれていく。


「それでお前、暴露されてどうしたんだ?」


「そりゃもう平謝りよ」


「じゃなくて、本命じゃ無い方だよ」


「ん? そりゃ、捨てるだけだよ。全ブロック。出待ちとかされて、泣かれたけど。ストーカーってでっち上げて、警察に通報した。いやー大変だったんだよねー」

 笑いながら、笑顔で。

 今まで何人も落としてき、その完璧の顔で。


 俺は黙って立ち上がる。

 ケースを覗き込む友人は、ガキっぽくて無邪気。

 きっと、良心なんてかけらも育ってなくて。


 俺は背中に向かって呟く。


「お前が捨てた子、三日前に高架から飛び降りて、死んだよ」


 サトは振り返って、こっちを見て小首をかしげた。


 俺は、その綺麗な顔に、ビール瓶を振り下ろした。


「その子、俺の妹なんだ」


 酒のカップがゆっくりと倒れる。

 ドサリと倒れたサトから、血がにじみ出て、酒と混じっていく。


 俺は生きてるか死んでるかわからない友人をしばらく見下ろして、

 ブラックホールのケースに、投げ入れた。


 サトの体は一瞬で消えた。

 瓶も、こぼれた酒のカップも、

 缶詰もテーブルも、すべてを押し込む。


 サトの痕跡をすべて、

 あいつの触った物を全部。

 ブラックホールはすべてを飲み込んでいく。


「あははははははは、ははっ、あははははははははははっ」


 なんにも無くなった部屋で、一人声を上げる。

 死体が出なければ掴まらない。


「良い買い物だろう? なぁ、サト」


 何もない空間に投げかけて、俺は再び笑い始めた。




 逮捕されたのは三年が経ってからだった。


『サトル・イモトの殺人未遂容疑により、終身刑を言い渡す』


 ほとんど弁解の機会は無く、拘束されたまま判決を聞いた。


「どうして」

 俺は検事官を見上げて聞く。

「どうしてばれた?」


「ブラックホールは物を消し去るわけじゃないんだ。ホール、あれは穴だ。出口がある。時間の進み方は違うが、サトル・イモトは間違いなく生きていて、お前の犯罪を直訴した」

 出口なんてどこに、と聞くと、嫌でも分かるさ、と返された。


「なお、サトル・イモトの希望によりお前の刑は彼の元で執行される事とする。では閉廷!」


 数か月後、刑が執行されて、俺はブラックホールに放り込まれた。




 目を開けた時、空は真っ白に塗りたくられていた。


「あ、新入り」


 ガラクタが積み重なった地面。

 ゴツゴツしたゴミの隙間から、数人がこっちを見ていた。


「被害者かな」


「違うだろ。腰紐ついてる」


「じゃあ、イモトのツレじゃない? 誰か呼んできてー」


 俺が何か言う前に、イモトの名前が叫ばれて、

 久しぶりに会う友人はひょっこりと顔をだした。


「やぁ、早かったね。半日くらい?」


「サト、お前……」


 にっこり笑った額には、ガーゼが当てられていて、赤く血が滲んでいた。

 あきらかに、俺が叩いた場所。

 でも三年半近くたっているはずなのに。


「ま、まだ、治らねぇのかよ、その頭」


「一日や二日じゃ、そりゃ治らないよ。結構、痛かったんだ」


 一日や二日?

 サトは笑顔で近づいて、手錠と腰ひもを外してくれた。


「ここは?」


「ホワイトホールの真下。まぁ、いうなら、世界の果て」

 空を見上げて、サトが呟く。


 白く見える空、

 真っ白に塗りたくられたそれは全面、

 ホワイトホールだそうだ。


 何かが降っていた。

 真っ直ぐ落ちる物も、ヒラヒラ舞う物も。

 大きさも様々で、いろんな物が振ってくる。


 何かの資料、家庭ゴミ、壊れた重機や廃材までも。

 何もかも落ちてくる。


 世界はどこまでも広がっていた。


「地面、真っ直ぐ見えるけど、本当は丸いんだ。地球とは逆で、球の内側みたいに」


 ぐるりとホールをかこむように。

 木星よりもデカイ、とサトは言った。


 ここがどこに位置するのか、分かる人は居ない。

 分かっているのは、ブラックホールに落とされると、ここにたどり着く事、

 元の世界と、時間の流れが違う事。


「通信機はあるんだ、連絡は取れる。食料も衣服も。欲しい物は大抵送ってくれる。だけど、戻れない。お前も、俺もね」


 傷口に手を当てて、変わらぬ笑顔でそいつは言った。


 そうして俺は、ホワイトホールの下で暮らし始めた。


 人はある程度いるが、それ以上にスペース、物資もいくらでも在った。

 取り合う必要もなく、誰もが欲しい物を手に入れられた。


 空から降ってくるあらゆるゴミは気になったが、すぐに慣れた。


 企業秘密の書類が落ちて来て、これを使えば数億の金が動くような情報だった。

「すごいんじゃないか?」


 サトに言ったが、笑って首を振られた。


「向こうじゃ、もう何年か経ってるよ。数年前の秘密に意味は無いし、株も動かない」


 重力の関係で、時間の流れに差が在った。こっちの1日が向こうでは数年にもなる。


「それに、向こうの人が得したって、なんも嬉しく無い」

 たしかにそうだな。俺は紙切れを地面に落として、その上を歩いた。


 向こうの時間はどんどん早くなるようで、落ちる物も増え、また大きくなっていった。


「ブラックホールが普及してるんだよ」

 サトが隣で言った。

 世界も充実してきて、人が落ちてくる頻度も増えた。


「なぁ、お前さぁ」

 俺はサトの顔を見ながら、気になっていた事を聞く。


「俺の事、恨んで無いのかよ」

「そりゃね。でも無意味だ。ここで何やったってムダだ。殺しても、捨てる先は無い。戻るのは不可能だし、怒っても何も変わらない」

 お前もそうだろう? 言われて、俺も頷く。


「恨んだり怒ったりするより、隣に居てくれる方が、何倍も良いよ。ここじゃあ、友人は何よりも大事だもん。お前が居ない最初の一日、死にそうに退屈だったんだぜ」

 サトは特有の子供っぽい笑顔を見せて言った。


「それに、こないだ落ちてきた学者が言ってたんだけどさ」


「何て?」


「ブラックホールは成長するんだって。どの欠片も、少しずつ大きくなっていて、最終的に地球を吸い込むだろう。ってさ」


 空を見上げながら、そうなったら結局一緒だ、と笑った。


「それって、どのくらい先なんだ?」

「んーと。向こうで数万年先って言ってたから……」


 俺も空を見上げた。いつか星を落としてくる、真っ白のホワイトホール。


「あと三年くらいかな」


 サトの声は、広い世界に広がって消えた。

お読みくださりありがとうございます。


Twitterやってます。


感想おまちしております。


哀井田圭一@mmmm4476902325

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすいですし、世にも奇妙な〜に出てきそうなたまらない感覚がクセになりました。面白かったです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ