九十七話 しりとり
「ロバ!」
「暴露」
北にむけてポクポクと馬をすすめる。
念動力はいったんお休み。俺は御者台にすわってるだけだ。
馬がたくさんいるので彼らに馬車をひいてもらっている。
「う~ん、ロウソク!」
「黒」
のんびりしたものだ。俺とルディーは絶賛しりとり中である。
「急がなくてよろしいのですか?」
ウンディーネが問いかけてくる。
いいの、いいの。たまにはゆっくりすることも大切だ。
最近はたらきづめだったもんな。労働環境をかいぜんするなら、まずはうえの人間がそっせんして休みをとらないと。
わが社はアットホームな職場をめざしているのだ。
そうぜつブラックな冒険者稼業とは一線を画すのだ。
「つぎにむかう街が、せとぎわの状況かも」
つづけてウンディーネが言う。
しらんがな。
なぜ見たこともないやつのために一分一秒を争わねばならんのか。
目のまえで死にかかってるならいざしらず、かもしれないで俺はあわてたりしないのだ。
「ろっこつ!」
「通路」
みろ。ルディーもじつにマイペースである。
ウンディーネの問いかけなどしったことかと、しりとりに夢中だ。
これであんがい負けず嫌いだからな。
「ずる~い! マスター、さっきから『ろ』ばっかりじゃん」
ほら、さっそくイチャモンをつけてきた。
『ろ』ばっかりだったらなんだつーの。しりとりってそういうもんじゃんか。
「なんだ? 降参か?」
「むむむむ」
ふふふんと俺が鼻をならすと、ルディーは口をへの字にする。
「たのしそうですね」
ウンディーネがまたなにか言ってきた。
お! なんや、イヤミか?
ワシにイヤミ言うとるんか?
はは~ん。さては混ざりたいんだな。
この姫君は仲間はずれでスネておられるぞ。
ええんやで。
いれてください、っていえばいれてやらんでもないぞよ。
クククと笑っていると、しばらく考え込んでいたルディーがくちをひらいた。
「ろくろ!」
お! やるやないけ。『ろ』で返してきたな。
じゃあ……
「露天ぶろ」
「あ~!! また『ろ』」
ふふふ。あまいな。俺に勝とうなんて十年はやい。
「ん~、ん~、ん~……ろくでなし! ろくでなし! ろくでなし!」
わめき散らすルディーだったが、ちゃんとしりとりで返してきた。
こいつ、追いつめられたら底ぢからを発揮するタイプだな。おもしろい。相手にとって不足はない。
「進路」
「ああ! もう!」
こうしてキャッキャしていると前方になにかがみえた。
「男と……こども? 男はどうも騎士っぽいな」
「すごっ! マスターあんな遠いのみえんの?」
まーな。
契約者がふえるにつれてグングン視力もよくなってる。
いまでは、ほら。三十メートルさきの米粒に書いた字だって読めるんだ。
ちかづいていくと、やがて相手もこちらに気づく。
なにやら騎士の男が手をふっている。
「まさか悪魔じゃないよね?」
そういやそうだな。
この地方へ来て、にんげんとまだあっていない。
確率論でいうとアイツは悪魔の可能性大だ。
ちょっと注意するひつようがあるか。
――――――
「馬を一頭、おゆずりいただけないでしょうか?」
騎士らしき男がいう。
どうやら彼は悪魔じゃなさそうだ。年のころは三十代前半だろうか、金色の髪をみじかく刈りこんでいる。
青地に白いたてせんがはいった服をきており、たぶん下にはチェインメイル。腰には剣をおびている。
ザ・騎士ってかんじだな。それも上品なタイプの。
で、そのうしろに隠れるように立つのは十歳ぐらいの女の子。
すその広がりをおさえた青いドレスを着ており、きれいに切りそろえたブラウンの髪とひじょうにマッチしている。
これまたお上品なかんじだ。
ザ・令嬢だな。
やんごとない身分の方なのだろう。よくみれば髪留めに宝石があしらわれている。
「ゆずるのはかまいませんが、代金は?」
商人なんで、もちろんおゆずりしますよ。
値段しだいだけどね。
そういや馬の相場はどれぐらいなんだろ?
あつかうつもりがなかったから調べてなかった。
「急を要するのです。代金はいずれ払います。なにとぞ、馬を」
まさかのタダ!?
バカこくでねえよ。こちとら商売人じゃい。おおきな見返りがきたいできるならいざしらず、ただの口約束で渡せるもんか。
しかし、こいつはバカなんだろうか。
一文無しで旅をしとるのか?
いいかい、坊や。お金をはらわないとご飯は食べられないんだよ。
寝床だっておいだされるんだ。俺みたいにな! う~ん、切実。
「ちょっとタダではおゆずりできかねます。わたしもこれで食べていってるので」
まあ、馬は拾ったもんだけどな。元手ナシ。
しかし、命がけだったんで、あるいみプライスレス(お金にはかえられない価値)だが。
「レミントン。これ」
「そこをなんとか」「いやいやご冗談を」などとモチモチしていると、女の子がなにかをさしだした。
あ、髪留めだ。
あの宝石のついたクッソ高そうなやつ。
さすがにそれはちょっと。
「お嬢様! その髪留めは!!」
「よいのです。いまはたいへんなときなのです。わたしのおもいなど……」
「お嬢様……」
なんか寸劇がはじまるし。
う~ん、どうしよっかな。おれが欲しいのは継続して利益をえられるしくみで、一時の金じゃないしな。いま、こいつらからむしりとったところでメリットなんてないし。
みたとこ身分がたかそうだし、恩をうるのもありかもしれん。
そうやって悩んでいるとルディーが声をあげた。
「マスター、こどもから金品をまきあげるの?」
「おい! 人聞きのわるいこと言うんじゃないよ!」
ルディー君。世の中には言っていいことと悪いことがあるんだよ。
いまの発言はギリギリアウトだ。いつもならセーフかもしれんが商談中はアウトなのだ。
商人にとって商談は戦場とおなじだ。
たとえ子供といえど……
ふと、前方をみると騎士と女の子がおどろいた風に、こちらをみていた。
あ、そうか。ついルディーのことばに反応してしまった。
こいつらにはルディーの声もすがたもみえないんだ。
目の前の男がガッツリひとりごと言ってるだけにしか思えないんだ。
「こほん。え~、馬なのですが、証文という形で……」
とりあえずごまかそうと話をすすめていると、女の子の目線に違和感をおぼえた。
ん? みてるのは俺じゃない? 俺のとなり?
これはまさか……ルディーを?
「おい、ルディー。手をふってみろ」
小声で語りかけると、ルディーは手をふった。
「ハア~イ」
「ハ……イ」
女の子が返事した!!
目をパチクリさせながらも遠慮がちに手をふりかえしているのだ。
まちがいない! こいつルディーがみえている。
いつからだ? さいしょからか?
いや、そんなそぶりはなかったが……