九十四話 精霊がきえたりゆう―後編
「でもさ、でもさ」
それでもルディーはひきさがらなかった。
必死でことばをしぼりだそうとしている。
「だってなにもしなければ死んじゃうんでしょ? だったらやるしかないじゃん。命をかけてやればいいじゃん。マスターだって命がけじゃん。みんなおんなじじゃん」
「ルディー、それはちがう。かならず死ぬとわかってるのと、結果的に死ぬのは似てるようでもおおきくちがうんだ」
わざわざ犠牲になりにいくやつなんてそうそういない。誰だって自分がいちばんかわいいんだ。
冒険者などはとくにな。自分以外のだれかがやればいいと思うだろう。
軍人ならば命をすてたりもするだろうが、それも命令あってのことだ。
精霊を統べるものの言うとおりだ。ひとはケツに火がつくまでは動こうとしない、うごいたときはもう手遅れになっているにちがいない。
「そんなの関係ない! だまされて追いだされて、それでもがんばって……。苦労してやっと居場所ができたんだよ。なのに死にに行けってさ」
いや、俺は死ぬつもりはないが……
まだ行くともいってないし。
「マスターひとりにぜんぶ押しつけてさ、そんなの追いだしたやつらがやればいいじゃん。国をまもりたんでしょ、だったら自分たちが犠牲になればいい」
「ルディー……」
ルディーの瞳から大粒のなみだがあふれる。
「そんなの、そんなの勝手すぎるよ」
そう言ってルディーはせなかをむけると、パタパタとどこかへ飛んでいってしまった。
そうか、ルディーも村を追いだされたんだったな。
自分の境遇と重なったのだろう。
でも、ウンディーネにそれを言ってもしかたあるまい。
彼女が俺を追いだしたわけでもないし、おのれの身の安全をはかって押しつけてるわけでもない。
むしろ、里にいるリザードマンを守るために、みずから危険に飛び込んだかたちだ。
それに彼女は俺と契約した。
一蓮托生、俺の危険は彼女の危険なのだ。
でも、そんなことはルディーもわかっている。わかっていても言わずにはおれなかったんだろう。
「うらやましい」
ウンディーネがポツリとつぶやいた。
「おたがいのことを想っているのね。みながあなたたちみたいだったらよかったのに」
いや、うん、まあ。
――しかし、俺もむかしはみなと大差なかった気もする。
精霊それぞれ、ひとつの人格として向き合わず、べんりな道具としてとらえていた部分があったかもしれない。
だからこそ、俺と契約した精霊たちはなにも告げずに去っていったのかも。
そうだ。俺の決定が契約者たちのその後をさゆうしている。それだけは忘れてはならない。
「わるい。探しにいってくる」
馬車をとめると、ルディーのあとを追った。
ルディーは馬車からそう離れていない木の枝にこしかけていた。
近くに立ち、ひとりつぶやく。
「俺さ、ひとりっこでさ。親にはけっこう金かけてもらってたんだ。読み書きや計算やらさ、将来やくにたつからって。今思えばムリしてたんだろうな、べつに裕福でもなんでもなかったからさ」
ルディーはなにも言わない。でも俺の話に耳を傾けているのはわかった。
「で、けっきょく俺は冒険者の道をえらんだんだけど、両親に反対されてさ。そんなんさせるためにお金をかけたんじゃない! って。それであたまきちゃって、家飛びだして冒険者になったんだ。バカだよなー。なにも飛びだすことなかったのにな。親は心配してただけなのにな」
ふと視線を感じ目をむけるとルディーもこちらをむいており、互いの視線がまじわった。
「ルディー、ごめんな。心配かけて」
心配だけじゃない。じっさいにあぶない目にあっている。
俺の選択によってはそれが今後もつづくのだ。
「それに俺が危険ってことはおまえも危険だもんな」
「そんなこと言ってるんじゃない。わたしは――」
「わかってる。わかってるよ。ありがとうな」
ルディーのことばをさえぎってギュッとだきしめた。
――――――
馬車へともどると、ふたたびオーデルンへむけてすすんでいく。
けっこうな上り坂だ。丘だな。
この丘をのぼれば、もうすぐつくだろうだ。
ルディーは俺の肩の上にすわっている。いつもどおりのポジション。
ただ、その手は俺の耳たぶをしっかりつかんでいる。
こちょばい。
こちょばいが、ヤメロといいずらい雰囲気がある。なんとも微妙な空気感だ。
ウンディーネはすこし笑っている。
しかし、ルディーは気にしたようすもなく、すまし顔だ。
――というより、あれからルディーはウンディーネと視線をあわそうとしない。
もちろん会話も。
それがさらに微妙な空気を生みだしているのだ。
まったく。
そうこうしているうちに、馬車は丘をのぼりきり、オーデルンの街がみえてきた。
――絶句した。
あったのはガレキの山。廃墟と化した街らしきものだったからだ。
これにて四章おわりです。
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