九十三話 精霊がきえたりゆう―前編
「門がひらいたのです」
「門?」
ウンディーネのことばに首をかしげる。
門て城門とかの門か? オシリの門じゃないよね。
くさいものにはフタをしろ。なんちゃって。
ふとよこを見ると、うす目でこちらを見るルディーがいた。
なんだよ? なんでそんな目でみんだよ。
さては俺がエロいことでも考えてると思ってるな。
よ~し、じゃあお望み通りエロい目でみたらぁ。
ルディーをマジマジとみる。
くるぶしから足の付け根、そして……
「コホン。つづけてよろしいでしょうか?」
おっと、ウンディーネに咳払いされてしまった。
しつれい。
ゴメリンコ。つづけてリンコ。
「門とはこの世界と魔界とをつなぐ門です」
ほう。俺のトビラみたいなもんか。悪魔どもはそいつを通ってこちらに来たってこったな。
「さいしょは小さな穴でした。インプやウコバクといった下級悪魔が出入りできるていどの」
インプってあれか。魔術で果実を実らせたりどーのこーのってやつ。
たま~に魔術師がよびだしたとか聞くけど、ほんとにいたんだな。じゃあこれまでも、かってにきてチョコチョコ悪さしてたのかな。
「穴はしだいに大きくなっていきました。やがて大公、侯爵といった大悪魔さえも通れるほどとなり、門とよばれました」
あー、ダンダリオン、オロバスクラスもこれるようになっちゃたのか。
そりゃシャレにならんわな。あんなのいっぱいいたら国なんてかんたんに滅びる。
「それにいちはやく気がついたのは精霊でした。だから姿をけした」
そこ! そこだよ、そこ。
はやめに気づいたんなら対処できたんじゃね? にんげんと協力して穴をふさぐなりなんなり。
と、気になったので、ウンディーネにたずねてみた。
しかし、彼女は首をよこに振るのだった。
「なんでだよ!」
思わず声をあらげる。
しかし、ウンディーネはしずかに答えるのみだ。
「むろん、精霊のなかには穴をふさごうとしたものがいました。ですが、むりでした。悪魔がそれをゆるさなかったのです。悪魔に対抗できるほどのちからをもった精霊はすくない。勝てるわけがないのです」
「にんげんは? なぜにんげんに伝えなかった? 協力すれば多少なりとも勝機はあったんじゃないか?」
「もちろん伝えました。ですが、多くのものは耳を傾けなかったのです。精霊というより、精霊召喚士の言葉に」
かー。そうか、ほとんどのにんげんには精霊がみえない。伝わるのは召喚士のことばだけ。
それじゃあ、だめかもな。信じてもらうには時間がかかる。
ひとは見えないものをそう簡単に信じたりしない。じぶんに都合の悪いものならなおさら。
とくに権力者だ。権力者ほど他人を信用しないからな。
でもおかしくね?
ワシ召喚士やで。こんなはなし聞いたことないっちゃよ。
なんでワシの精霊たちはおしえてくれんかったんや?
ワシ嫌われとったんか?
それにルディーは? しってるのにトボケとったんか?
ジトっとした目でルディーをみた。
しかし彼女は、しらないよと首をよこにふった。
「もちろん、すべての精霊が知っていたわけではありません。門に近しいものだけがしっていました」
「ん? 門に近しいものだけ? じゃあ、ほかの精霊はなんでいなくなったんだ? 知らなかったら逃げないだろ」
「発令があったのです。精霊を統べるものから。この世界に住まう精霊は退去せよと」
「精霊を統べるもの? だれだ、それ? ――あ、まさか農場で夢にでてきたジジイ?」
「夢? あなたの夢の中まではちょっと……」
「あ、そうやな。メンゴメンゴ。なんかね、農場で寝てたら管理者を名乗るジジイが世界をすくえとか言ってきてね」
「なるほど、管理者ですか。ならばちがうでしょう。彼は召喚士です。もっとも偉大な召喚士であり、あの世界を……」
ここでウンディーネはことばをとめた。
それからすこし言いずらそうに口をひらく。
「あの、この話をするとややこしくなるので今度にしませんか?」
あ、うん。そうだね。
いちどに聞いても覚えらんねえしな。精霊がいなくなったりゆうに関係なけりゃジジイなんて後回しでいいや。
「じゃあさっきの門の話だけど、ルディーは知らなかったってこと?」
「そうですね。そのときこの世界にいなければ知らないでしょう。あなたが農場とよぶあの世界の精霊たちもです」
「ほんとかよ? なんか情報の伝達にムラがありすぎねーか?」
「では、あなたはここにくるまでパラライカ地方のことを知っていましたか? また、パラライカにいるころグロブス領の状況を把握していましたか?」
あ、うん。そうか。
……いや、しかし。
――まあいいや、いちいちつっかかってたら話がすすまん。
すまんね、つづけてちょーだい。
「精霊を統べるものはひとに見切りをつけました。伝えようともひとは信じない。たとえ信じたとしても動かないと。動くときは手遅れになったときだと」
「そうか? たしかにひとにはそんな一面もあるけども。でも、にんげんだってバカじゃない。未来をみすえてうごくことも多い。とくに貴族だ。あいつら自己の利益と保身のタメにメチャメチャはやくから根回しするぞ。じっさい俺はそれでひどい目にあったんだ」
ほんとにアレなんなんだろうな?
ねちっこくからめとる感じ。あいてをワナにかけるために全力をかたむけんの。
「おっしゃるとおり、ひとはそこまでバカではありません。たとえ保身であろうと貴族が未来をみすえていることも知っています。ですがそれは場合によりけりです。それに実際にうごくのは下のものです」
たしかに。いくら貴族がうごいても下のものがついてこなくちゃ話にならない。
冒険者なんていい例だ。割に合わないと感じたらすぐに手を引く。
いざとなれば場所をうつせばいいんだ。表だって逆らわず、ひとしれずべつの地域へ去っていく。
と、ここで世界を去った精霊と、パラライカへ逃げてきた自分がかさなった気がした。
そうだな。みんなおなじなんだ。危険だから逃げた、ただそれだけ。
精霊がにんげんのために悪魔とたたかうりゆうなんてどこにもないんだ。
「ねえ、ウンディーネさん」
いっしゅん会話が途切れたところでルディーが割り込んできた。
おや? めずらしいな。彼女はこの手の会話に参加しようとしないのに。チャチャをいれることはあるけど。
それに声のトーンがいつもとちがうような気が。
「けっきょくのところ、あなたはマスターになにをしてほしいの?」
そうだな。そこが一番の問題だ。
ウンディーネや管理者は俺にどこまでもとめてるのか。
悪魔とたたかう戦力として期待しているのか、はたまたメッセンジャーとして国に脅威をつたえてもらいたいのか。
ぶっちゃけそれ以上はごめんこうむりたい。
俺はいっかいの商人にすぎない。あまりおおきな荷物をおしつけられても持ち運べないんだ。
「そうですね……」
くちごもったウンディーネはことばをさがしているようだった。
慎重に、より適切なことばをと。
「門を破壊してもらいたいのです」
破壊? こわせるようなものなのか?
さきほどの話では、門とは便宜上つけた名前だとおもっていたが。
じっさいは空間にぽっかりあいた穴で、呪術なりでふさぐものかと。
――いや、それって俺であるひつようなくね?
それこそ国がたちむかうべきもんやろ。
バックアップぐらいはしてもいいけどさ。
ルディーも俺とおなじように思ったようで「なんでマスターが?」と食ってかかっていた。
「彼にしかできないからです」
「マスターにしか? なんで?」
「ほんらい穴とは勝手にふさがるものでした。神とその御使いによってほどこされた封印はまだいきているからです。なぜ、穴が開いたのかはわかりません。ですが、悪魔たちは装置をつかって、その開いた穴を拡張し、維持しているのです」
「装置?」
「ええ、その魔界にせっちされた装置をこわしてほしいのです。そうすれば穴はたちどころにふさがるでしょう」
そうか! そういうことだったのか。
ウンディーネの話でなっとくがいった。
たしかにこれは言い渋るワケだ。俺でないとだめだが、ぜったい俺じゃないとダメってわけでもない微妙なラインだ。
俺がヘソをまげれば断っちまう感じだな。
「はあ? それだけ? それのどこがマスターじゃなきゃいけないの? こわすだけなら誰だってできるじゃん。それこそ国がやればいいじゃん」
だが、ルディーはなっとくしていないようだ。
たぶんピンときてないんだろうな。
「ルディー。たしかにこわすだけなら誰だってできるだろう。だが、これは俺じゃないとだめなんだ」
「なんで? マスターがつよいから? ほかのやつらじゃ悪魔に勝てないから?」
「つよいよわいは関係ない。いいか、ルディー。装置は魔界にある。装置をこわしてしまえばどうやって元の世界に帰るんだ?」
「え? ――あ!!」
「装置がどんなものかはわからない。だが、たちどころに穴がふさがるというなら壊したヤツは魔界に閉じ込められてしまう。それは死ねというようなものじゃないか」
「……」
だが、閉じてしまった魔界から帰ってこられるものがいる。
トビラで世界をつなぎ自由に行き来できるもの。
許可したものしか通さない、あのトビラの持ち主。
――すなわち俺だ。
次回で四章おわります。
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