九十二話 オロバスのさいご
風魔法で空気だまりをつくると、あたまをつっこむ。
さすがに苦しい。いいかげん息をしないと。
「ブハ~」
「ブッ、ハ~」
ルディーとなかよくおなじ空気を吸う。
「やったね、マスター」
「ああ」
レイスにとりつかれたオロバスは急速に干からびていった。
水の中なのに干からびていく姿は、とてもきみょうに感じた。
完全勝利だな。
念のためオロバスの死体は水からひきあげ処分しとこう。
だが、問題は処分ほうほうだが……
燃やすのはあんまりよくなさそうだ。
逆にふっかつするきっかけになるかもしれない。
どうしたものか。
などと考えていると、なにやらおおきな影が横切った。
なんだ?
リザードマンが警戒し、ヤリをかまえる。
ユラリ。
影はわれらの周囲を旋回しながら、ようすをうかがうそぶりをみせる。
――デカイ。こいつは魚か?
その姿は、へんぺい状な魚とちがい、ずんぐりと肉厚がある。
真っ黒なからだに真っ青なひとみ。体長は俺の倍近くあるだろうか、ウロコは手のひらほどにおおきい。
ガブリ。
ふいに巨大な魚もどきが噛みついた。
だが、それは俺たちにじゃない。オロバスにだ。
そのするどい歯で、骨と皮になったオロバスをひきちぎろうとしている。
うわ~、凶悪。
そういえばリザードマン、はじめて会ったとき死にかけてたな。
そのときついていた歯形、もしかしてコイツのものか?
気づけば魚もどきは四、五ひきに増えており、われさきにとオロバスのからだに食らいついていた。
またたくまに減っていくオロバスのからだ。
スゲーな。死んで固さがなくなってるのかもしらんが、あの歯と獰猛さは脅威だ。
どうすっかな。オロバスを食い尽くしたらこちらに向かってくる可能性が高い。
いまのうちに駆除しておくか?
――いや、やめておこう。
この魚もどきが、この湖の生態系を保つはたらきをしているかもしれない。
ひととリザードマンが出会わぬよう壁のやくわりも。
ひとは湖の東側へはこない。この魚もどきをおそれてのことだろう。
それがリザードマンの里をまもることにつながっているのかもしれないのだ。
「行こう」
刺激しないようにその場をはなれる。
リザードマンは里へとかえり、俺たちは馬車をとりにグロブス領へともどるのだ。
オロバスはもう大丈夫だろう。
食われてバラバラになっちゃ、たとえ悪魔でも復活なんてできやしないさ。
――――――
カラカラカラ。
荒れ地を馬車ですすんでいく。
行き先はグロブス領のオーデルン。首都ではないが、それなりに大きな街ときく。
ダンダリオンが言っていたことが気になる。
軍団をさしむけたってな、ほんとうかどうか確認する必要がある。
ちなみに、アケパロスはセラシア村へとおくりとどけた。
ほこらを守るだいじな役目があるからだ。
いま俺のそばにいるのは、ルディー、ドライアド、ウンディーネ、レイスが六人。
そう、レイスは倍に増えたのだ。
オロバスの生気を吸ったレイスは、こんどはランクアップしなかった。
かわりに分裂した。ぶい~んと三人が六人に。
これ、オットー夫妻になんて話そう。
すがたがかわっただけじゃなくて増えたんだもの。
「わたしの子供をかえして!」とか言われたらどうしよう。
まあ、なるようにしかならんか。
べつに消滅したわけじゃない。むしろたくましく成長したんだ。
感謝こそされ、非難されることはないはずだ。
……たぶん。
それより、問題はウンディーネだな。
精霊が消えたりゆうを話してもらわにゃならん。
自分の目で見て~なんていってたけど、そんな悠長にかまえてる場合ではないのだ。
それに、俺はもう見たと思っている。
精霊がいなくなったりゆうには悪魔が関係しているにちがいない。
悪魔をおそれて精霊は逃げていった。そんなところだろう。
そこはいい。だいたい想像がつく。
知りたいのはくわしい経緯と対処法だ。
悪魔はなぜ、どうやってこの世界にやってきたのか。
精霊はなぜ戦わず、去っていったのか。
悪魔の規模にもよるが、これまでどおりひとと協力すれば追い返せたのではないか。
そのあたりを確認しておかないと、はんだんしようがない。
「ウンディーネ」
「はい」
すこしつよい口調で語りかけると、ウンディーネはしずかに答えた。
「話してもらおうか、精霊のこと、悪魔のこと」
「わかりました」