九十一話 つなぎかえる
「ガボボボ、ガボボボ」
きみょうな声。そして、そでを引っ張るだれかの感覚で目を覚ます。
――ルディーか。
どうやら一瞬気絶してしまっていたようだ。
心配そうに見つめる彼女の顔で現状をさとる。
ここは水のなかだ。
サーパントの街のほとりにある大きな湖。
北側にはリザードマンの集落もあるあの湖のなかにいる。
どうやら、うまくいったようだな。俺とオロバス、ふたり仲良くドボンだ。
細工をほどこしたのは世界をつなぐトビラだ。
フォミール砦に設置していた農場とつなぐトビラ。
そいつの行き先をチョイと変更してやったんだ。
この湖のなかに沈めといたトビラへと。
いぜん考えたことがあった。
リール・ド・コモン男爵の屋敷のうえにトビラを設置すりゃあどうなるか。
もう一方のトビラは海の底だ。
とめどなく海水がふりそそいでくる。街ごと全滅だろうってな。
もちろん、そんなことはするつもりはない。
だが、備えあればうれいなし。切り札として準備しとくにこしたことはない。
海のかわりに湖にトビラを沈めてたってこった。
いや、あのトビラはほんとうにすごいね。
俺が許可したもの以外マジで通さねえんだもの。
水だってそうだ。俺が許可しないかぎり砦側へ漏れることもない。
いやはや、どういう原理なんだろうね?
まあいいや。結果よければすべてよし。
ちゃんとオロバスを大量の水のなかへと沈めることに成功したんだ。
わからぬことに頭をなやませるより、たぐりよせた勝利を、より確実なものにしようじゃないか。
水中で、なおも燃え続けるオロバスをみる。
スゲーなあいつ。なんで火が消えねえんだ?
でもまあ、あまり長くはもたんだろ、それを証拠に一刻もはやく水面にでようともがいてやがるからな。
しかし、それはムリってもんだ。水のなかじゃあウンディーネにかなうものなどそうそういない。
かわいそうに、オロバスのやつ。ウンディーネのおこす水流に翻弄されてやがる。
水面にでようとしては引きもどされ、でようとしては引きもどされを繰り返している。
地獄だなこりゃ。いくら水をかごうともクルリとかんたんに向きをかえられ、気づけば湖底にむかって泳いでいるしな。
カカカ、あの必死な顔がけっさくだぜ。
お! そうこうしているうちにリザードマンもやってきたようだ。
どっから持ってきたのか知らないが、ふたたびヤリを手にして周囲を泳ぎはじめている。
ハハッ! 水中のリザードマンは手ごわいぞ。
いくら固くったって限界がある。
目、口、鼻、耳の中ってのはそうそう固くできるもんじゃないだろう。
ここは水の中だ。自由のきかない状況で、いつまで守りきれる?
やがてオロバスの炎はかんぜんに鎮火した。全身血管のういたお馬ちゃんの姿にもどっていた。
ククク、限界がきたか。
その瞬間、リザードマンがいっせいに攻撃しだした。
すばやい動きでまわりを泳ぎながら、ヤリを突きだしたのだ。
それも急所。目、鼻、口だけでなく、シリや股間などを執拗にねらっている。
ムハッ!
あれはきびしい。いやな攻撃トップ3だな。
おっと、オロバスと目があった。
ヤツはものすごい形相で俺をみると、口をひらいた。
「ガボボボ、――ボ!」
しかし、そこへ突きささったのはリザードマンのヤリだ。
三本、四本、五本と、つぎつぎ口のなかへとすいこまれる。
アホだ。
そら、そんな大口あけたらそうなるやろ。
しかも、水中だから何言ってるかわかんねえし。
よ~し、ダメ押し。
おおきな氷のかたまりを魔法で作る。
こいつをぶつけて、ヤリをもっと深くねじ込んでやるのだ。
オロバスはささったヤリを抜こうとしている。
だが、どこからともなく伸びてきた藻や海藻が腕にからみついてそうはさせない。
ドライアドだな。海藻も植物だもんなあ。
それ、ド~ン!
俺のとばした氷のかたまりはみごと命中、見えてるヤリの柄がすこし短くなった。
いいぞ。ちゃんと突きささってる。
もひとつド~ン!
さらに柄が短くなる。
おまけにド~ン!
オロバスの後頭部から、ズニュリと穂先がはえた。
ビクリビクリ。
オロバスはすこしのあいだ痙攣すると、それっきり動かなくなった。
―—死んだか?
いや、死んだふりして近づいたとこをガブリ。
そんな手にはのりませんよ。
いでよ! レイス!! その馬を干物にしてやんなさい!
湖底に魔法陣がえがかれると、そこから三人のレイスがすがたをみせる。
えんりょするな。GO! ぜんぶ吸いとっちまいな!!