八十九話 炎の化身
オロバスは猛烈な勢いで突進してきた。
どうやら狙いは俺のようだ。ほかのものには目もくれず一直線にむかってくる。
さて、前はかんたんに粉砕されたが今回はどうだ?
風のシールドをはると、すぐにかわせるように身構えた。
ドゴリ。
おおきな音をたてて、オロバスはとまった。
やった。やはりクイックシルバーがレイスになったことで俺のちからも増しているようだ。
しかし……
とまったと思ったのも束の間、ズブリ、ズブリと、なにかを押し広げるようにオロバスはゆっくりと前へすすんでいた。
チッ、熱か。
高温で大気をゆがめてシールドを散らしてやがるんだ。
こりゃすぐに突破されるな。
サッと、よこへ飛ぶ。
すると案の定オロバスは急加速し、すぐそばをかけぬけていった。
あっつう。
かなりの熱量だ。おのれの髪のこげる嫌な臭いが鼻をつく。
「やるじゃねえか。勝ってもチリチリあたまになってそう――」
「マスターきた!!」
軽口をたたいているヒマはなかった。
オロバスはすぐさま反転すると、ふたたび突撃してきたのだ。
「このイノシシやろうが」
氷のツララをとばす。
だが、オロバスは意に介さない。かまわず直進してくる。
それもそのはず。ツララは炎のおくにある本体にあたって跳ね返されているようだった。
チッ、あいかわらず固てーな。
氷なら燃やされずにすむけども、肝心の中身に効果がなければ意味がない。
そうこうしているうちに、オロバスはもう目前にせまっていた。
ヤバッ。
すんでのところで風のシールドをはると、なんとかヤツのうごきをとめた。
だが、じわりじわりと前進してくるオロバス。
いまのうちにと、こちらはバックステップで距離をとる。
クソッ、らちがあかねえ。
「おめーら、よくコイツ足止めできたな」
思わずルディーにこぼしてしまう。
あのときは燃えていなかったとはいえ、これだけの突進力をよくしのげたなと。
「うん、バリケードをね、何重にもはったの。パイの生地みたいに」
なるほど。風のシールドとちがって維持する必要がないもんな。
あくまで木だ。つぎからつぎへとつくっていけばいいワケか。
間隔がせまけりゃ助走がとれない。威力も半減するだろう。
「じゃあ、こんなのはどうだ?」
土魔法で壁をつくる。
とはいっても視線をさえぎらないていどの低い壁だ。
それでも障害物にはちがいない。うごきは制限されるだろう。
大地が隆起し、つぎつぎと土壁ができあがる。
そのできあがる速度はいぜんとはくらべものにならない。
かなりはやい。やはりこちらもパワーアップしているようだ。
たいするオロバスは風のシールドを抜けると、そのまま突進してくる。
ボコンボコン。
土壁をけちらしオロバスはすすむ。
その速度はおとろえるようすはない。
マジかよ。よけねえのかよ。
しかも足止めにもなってねえ!
こちらはそうはいかない。
よこによけるべくタイミングをうかがう。
が、そのとき、オロバスが顔をよこにそむけた。
ん? なんだ?
ゴオオと炎がふきだされた。
それは扇状にひろがりながらせまってくる。
げ、首をふりながら炎を吐いたのか。
あっぶな。はやめによけてれば黒コゲやん。
ピシリ。
シールドにキレツがはしる。シールドの耐久力をうわまわったようだ。
ヤバッ。オロバスはもうすぐそこ。
大地をうねらせると跳躍、上空へとのがれた。
すんでのところで足元をかけぬけるオロバスがみえる。
「どうすりゃええねん」
上空からチクチク氷のツララをとばし、かんがえる。
固い、つよい、あつい。
こちらの攻撃がまるで効かない。
倒す方法が思いつかない。
なにせ全身が炎でおおわれているのだ。
ダンダリオンのように生気を吸いとる作戦がつかえない。
クイックシルバーはレイスにランクアップした。
それでも、死霊であることにちがいはない。
とりついたら燃えることうけあいだ。
「やっぱ、どうにかして火を消すしかないのかね」
こんどは空を飛びながら水をあてていく。
地道にやっていけばいずれ鎮火するかもしれない。
逃げられたらやっかいだから、一撃できめたかったんだけどなあ。
「あ……マスター、あれ」
「なに? ――ゲ!!」
オロバスのからだから炎の翼がはえてきた。
――その翼でオロバスはかろやかにひと羽ばたき。
すると、ふわりと空へまいあがるのだった。
マジかよ。
飛べんのかよ。