八十八話 オロバス
砂ぼこりをあげ、やってくるのはいっぴきの馬だ。
鼻息はあらく、全身に血管がうきでている。
オロバス君だね。
わざわざヤラれにきてくれるとはありがたい。
むかえうつ我らは、俺を真ん中にしてリザードマンとアケパロスがずらりと隊列をくむ。
土中にひそむのはノームとレイス、岩の隙間にはウンディーネ、俺のポッケと肩にはドライアドとルディーと完璧な布陣だ。
油断はきんもつだが、まあ負けないよね。
オロバスはこちらに近づくにつれ、スピードをゆるめている。
お? 意外。つっこんでくると思ったけど。
やがて、かんぜんにオロバスは足をとめた。
「こいつぁけっさくだ。ザコが雁首そろえてお出迎えとは。束になれば勝てるとでも? 全員けちらして、生きたまま皮をはいでやる」
なるほど、足をとめたのはアオるためですか。
くちをゆがめて話すオロバスになんとも言えない感情が湧く。
ずいぶんとナメくさってますな。
しかし、ザコって。
悪魔って意外とアホなのかな?
数の暴力をばかにしちゃイカンよ。
なかにひとりでも強いのが混じっててみ?
あっというまにフクロ叩きになるから。
「ダンダリオンはどうした?」
すがたがみえないことに疑問をもったんだろう。オロバスはたずねてきた。
いないってことはヤラれたに決まってんじゃん。ほんとバカだね。
まっ、敵はバカなほうが助かるからいいけど。
「風になった」
「あん?」
そう、風になったんだよね。
黒コゲの粉みじんになって、ふわ~っとただよっていった感じ。
自然にかえったというか、自然のいちぶになったというか……
でもまあ、あえて言う必要もないよね。
まんいち逃げられたら追うのがメンドウだし、軍団とやらに合流されたらさすがに勝てんし。
バカはバカのまま死んでもらうのが一番だろう。
「風みたいに去っていったよ。俺が相手するまでもないとかなんとか」
「チッ、ダンダリオンのやつ……」
プッ、信じてやんの。
なんで敵のいうこと鵜呑みにするかね?
筋肉バカで助かったよ。
ではいきますか。
オロバスの頭上にうかぶのは巨大な氷のツララだ。
おしゃべりしているあいだにゆっくりと育てておいた。
けっこうデカイ。これ当たったらさすがにキクだろ。
「ときにオロバスさん。あなた地獄のプリンスと伺いましたが、ダンダリオンさんとどちらがエライのですか?」
「フン、むろん俺に決まっているだろう。大公たる――」
「撃てい!!」
俺の合図とともに、みながいっせいに攻撃をくわえた。
ウンディーネは圧縮された水のヤリを飛ばし、ノームは石つぶてをうつ。
リザードマンはヤリを投げ、ドライアドはイバラで足の自由をうばう。
じぶんをエラくみせる話など聞いてられない。
というか、会話はそもそも気をそらすタメですし~。
バチン、バチンとオロバスのからだをつぶてや水が打つ。
しかし、ぜんぜん効いてない。ヤリなど一ミリも刺さる気配もなく跳ね返されている。
「ニンゲンが! つまらんマネ――」
メキリ。
そんな音が聞こえたような気がした。
そのすぐあとにズズンというすごい地響きおこる。
氷のツララだ。岩山のような巨大なかたまりをオロバスの頭上へ落としたのだ。
ツララはみごと命中。オロバスを押しつぶしていった。
「うっわ。エゲつな」
氷のツララは大地にめりこんだ。下敷きになったオロバスはどうなったかわからない。
「マスターひどいね。まだしゃべってたのに」
しらん。俺は馬とおしゃべりする趣味は持ちあわせてないのだ。
ピシリ。
氷にキレツが走った。
それは地面とせっしたとこから始まると、うえへうえへと伸びていく。
やがて炎がほとばしると、土中からいっぴきの馬がすがたをみせた。
やっぱ死んでねえか。めちゃめちゃ頑丈だな。
しかもなんだアレ?
燃えてやがる。
オロバスのからだは炎に包まれていた。
燃えさかるたてがみは左右にゆらめき、炎の距毛は赤い尾をひく。
(※距毛――足のところにはえた毛)
もちろん、俺たちが火をつけたワケじゃない。
おのれ自身が燃えてやがるんだ。
「ゴアアアアー!!」
オロバスがおたけびをあげた。
すっげー怒ってらっしゃる。
ちょっと調子にのりすぎたかも。