八十七話 灰になるまで
「ぐおあああ!!」
ダンダリオンはひめいをあげる。
その声に反応するかのように、鬼火の炎はさらに勢いを増していく。
「なんだこの炎は! 焼ける、おれのからだが!!」
炎から逃れようと身をよじるダンダリオン。
しかし、鬼火はまとわりついてはなれない。より激しく濃く、燃え広がっていくのだ。
ハハッ!
いかに悪魔といえど鬼火の炎はこたえるらしい。
なにせ燃えるものがなくとも燃え続けるからな。じきに体内にもはいりこみ、なかと外から激しく焼かれるにちがいない。
いい気味だ。自分のちからを過信しすぎたな。
いくら強固な障壁だろうが、内側に召喚されればどうしようもない。
そのまま死んじまいな!!
――ザバリ。
どこからともなく現れたのは大量の水だ。
それがダンダリオンのからだを取り巻くと、鬼火の炎は急速に勢いをなくしていく。
チッ、水魔法か。
あれよというまに防護壁の内側をみたしてしまう水。
その形は球体。すきまなく、全身をすっぽり覆っているのがよくわかる。
鬼火の炎はかんぜんに鎮火。ふたたび召喚しても、もう火はつかないだろう。
ボコリ。
ダンダリオンの顔のよこ、肉がもりあがるとひとの顔になった。
ボコリボコリ。
腕やら肩からつぎつぎと顔があらわれる。
それと同時にダンダリオンの周囲をみたしていた水は下へと落ちていった。
防護壁を解いたのだろう。ふたたび魔法陣を描かれないようにと考えたにちがいない。
「やってくれたなぁ。こんな屈辱は初めてだ。オマエにはあらゆる魔法をくらわせてやるう」
焼けただれた騎士の顔がそう言った。
ははっ! ずいぶんと下品な口調になったな。こっちが本性か?
いいねえ。それでこそ悪魔って感じだ。
「アンタの初めてをもらっちまって、申し訳なかった。痛かった? ゴメンネ。いや~、モテる男はツライね」
ププっと笑うとダンダリオンの顔が激しくゆがんだ。
「きさまあ!!」
「あれ、怒っちゃった? でももう遅いんじゃないかな? だってほら――」
ダンダリオンの背中から半透明の腕が伸びてくる。
それは彼のからだをガッシリとつかむと、なにかを吸いとるかのように身震いした。
「お、おお。ちからが。ちからがぬけていく……」
半透明の腕はクイックシルバーたちだ。
彼ら三人が生気を吸うと、ダンダリオンのからだは急速にしなびていく。
ばかだなぁ。こんな千載一遇のチャンス見逃すハズないじゃん。
魔法陣をすでに描かせてもらってたんだよね。アンタの背中に。
だからさ、防護壁とかもう関係ないワケよ。
「おぉ……おのれ。オノレ……」
ボウと炎がともった。それはクイックシルバーのせなかを焼こうとする。
ふん、悪あがきを。
――させるかよ。
「水よ!」
すかさず水魔法で炎を鎮火させていく。
カカカ。ずいぶんと小さい炎だな。しおれちまってちからも出ねえか。
ダメ押しだ。
氷のヤリをうみだすと、ダンダリオンめがけて飛ばしていく。
狙いはいっぱいついた顔だ。おかしな呪文とか使われたらイヤだしな。
「おお、おお……」
「うるさい」
最後にのこった顔に氷のヤリを突きさすと、ダンダリオンは地面へと落ちていった。
からだはもう、以前の三分の一以下だ。
追ってそのすがたを確認する。
グロテスクなカラッカラのミイラがあった。
「死んでる?」
「さあ?」
ルディーが棒でツンツンとつつく。
ダンダリオンのミイラは動くようすはない。
「ん~、いちおう焼いておくか」
「そーね」
ふたたび鬼火を召喚すると、灰になるまで焼いた。
悪魔だし~。
水かけたら復活とかイヤだし~。
ゲシゲシ。
灰を踏んづけてコナゴナにする。形があるとなんか気になるもんね~。
そのとき一陣の風がふいた。
ダンダリオンの灰は、風にのってどこかへ散っていく。
さようなら、ダンダリオン。
キミのことは忘れないよ。晩ゴハンたべるくらいまでは。
「あ! マスター。みて!」
ルディーが指さすのはクイックシルバーたちだ。
なにやら、からだがおおきくなっているみたいだ。
生気を吸ったからだろう。
さすが悪魔、かなりのエネルギーをもっていたにちがいない。
幼かったクイックシルバーだったが、いっきにおとなまで成長しているようだ。
「ん?」
クイックシルバーは、おおきさだけでなく色も変化していく。
半透明の白から黒へと。
それにつれて顔も変わっていく。
「なんだ?」
子供だった顔はりっぱな青年へと変化し、それから壮年をへて、りりしいガイコツへ……
――え? ガイコツ?
だいじょうぶ?
食あたりか?
悪魔の生気はアカンかった?
だが、クイックシルバーたちは笑顔だった。
ガイコツなのになぜか喜んでいるのがよくわかった。
「ねえ、マスター。これってレイスじゃない?」
レイス? 死霊の?
う~ん、たしかに見た目の特徴は一致するな。
これはアレか。進化的なヤツか?
エネルギーがおおきすぎてクイックシルバーではおさまりきらなくなったみたいな。
たしかに彼らから流入するちからが一気に増えたような気がする。
ズッキンコ、ズッキンコしてた頭痛もおさまったし。
レイスつったら一流のネクロマンサーでも制御がむずかしいって聞くしな。
おれ、また強くなっちゃった?
「マスターそろそろバリケードやばいんじゃない?」
ルディーのことばで我に返った。
そやった、そやった。
お馬さん悪魔も強いだろうしな。
戦ってるみなをそろそろこちらに呼び寄せたらんと、やられちゃう。
「ウンディーネ、ドライアド、アケパロス召喚!」
魔法陣から三人があらわれる。
よかった。ぶじだ。
「済みましたか?」
「ああ。よく持ちこたえてくれた。これでこちらの勝ちはゆるがない」
ウンディーネの問いかけにうなずくと、コブシをつきあげた。
「つぎは馬ヤロウだ。おまえたちのちから、ぞんぶんに発揮してもらうぞ!」
ボケーっと突っ立ってるリザードマンにハッパかけけた。
いきなり召喚されて状況が把握できてないのだ。このままなにもせず帰すのもなんとなくバツが悪いのでがんばってもらおう。
よ~し、オロバス君。
みなで取り囲んでフクロ叩きにしてあげるから、はよこっちにおいで。