八十六話 侯爵とプリンス
勝てる勝てないじゃない、勝つんだ。
「俺は地魔法も得意でね。石のつぶて!!」
こんどは正真正銘の地魔法だ。
土の中に埋まる石をダンダリオンめがけて飛ばしていく。
しかし、石はみえない壁にはじかれてダンダリオンまでとどかない。
まだまだ。
たのんだぞノーム。
石つぶての魔法をノームにもださせる。
そのあいだに鬼火を召喚、さらに手数をふやす。
つぶてと炎の波状攻撃がダンダリオンにふりそそぐ。が、やはりみえない壁にさえぎられてしまう。
「いっぽんの灯火はやがて大火となり――」
さらに手数をふやすため呪文をとなえる。
いま俺がつかえる最大火力の魔法だ。
ことばに魔力をのせ、威力を最大限までひきだす!
「ほう! これはこれは」
驚きと、期待にみちた顔のダンダリオン。
チッ、このていどじゃ足りないってか?
ばかめ! 油断しやがって!!
俺の本命はクイックシルバーだ。
こちらに注意をひきつけておいて、土中から接近した彼らをからみつかせ、生気をすいとってやるのだ。
いまだ、やれ!!
――が、クイックシルバーは土中からすがたをあらわさなかった。
どうした? なぜ、動こうとしない。 詠唱にあわせて動く予定のハズだ。
やむをえん!
「ファイヤストーム!!」
呪文は完成、炎のあらしがダンダリオンをつつむ。
やったか?
ピシリ。
透明な壁にキレツがはしった。
しかし、ダンダリオンのからだには傷ひとつついていない。
クソッ。
「ほ~、おみごとです。まさか、ここまでのちからがあるとは驚きです」
そう言ってダンダリオンは右手をかざすと、透明の壁にはしったキレツをたちまち修復してしまう。
チィ、こしゃくな。
「じつはわたしも土魔法はとくいなのですよ」
ダンダリオンは左手もかざした。
すると、周囲の地面がおおきく割れ、うかびあがるのだった。
「な!!」
なんと、うかびあがった地面は家よりおおきかった。
石も土も草も根も、すべてがひとかたまりの土砂になって浮遊する。
それが五つ。
「こんどは避けられますか?」
ダンダリオンが手をおろす。
と、どうじに土砂のかたまりがすさまじい勢いで飛んできた。
うおお、これはヤバい。
地面をうねらせると上空へと飛びあがる。さらに強風も利用しておおきくかわす。
だが、土砂のかたまりは進路をかえると、追ってくるのだった。
「やっぱりな。だと思ったよ」
こんどはガレキで撃ち落とせない。避けるしかない。
念動力で自身のからだを操作する。これならより速く、細かい動きもできるはずだ。
かわす。かわす。
ときには土砂と土砂のあいだすれすれを通っていく。
くそう、キリがない。
ドライアド!
土砂についた草から根をのばすと、ちかくにいたかたまりどうしを連結させた。
すると、土砂のかたまりは不規則な動きをみせて、遠くへとんでいくのだった。
「いや、じつにおもしろい」
ダンダリオンがそうつぶやくと、残りの土砂もどこかに飛んでいった。
クソ、あそんでやがる。
はあ、はあ。
地面におりると呼吸を整えようとする。
だが、あらくなった息はおさまらない。
おまけに頭が痛い。
どうやらちからをつかいすぎたようだ。
念動力か。いや、ドライアドのちからと同時につかったのがマズかったのかもな。
「マスター、血が……」
気づけば足元にポタリ、ポタリと血がたれていた。
鼻のしたに手をあててみると、ベットリと血がつく。
ほほをなにかがつたわる。
汗じゃない。たぶん血だ。
こいつぁ耳からも出血してやがる。
「ところで、このモグラの飼い主は君かね?」
ダンダリオンが指さすのはクイックシルバーたちだ。
宙に浮く彼らは、まるでみえない何かに閉じこめられたかのように、周囲をベタベタと手でさわっている。
魔法の防護壁か。
どうやらあれはクイックシルバーでもすり抜けられないらしい。
俺の風のシールドより高性能だ。一面だけでなく全身をすっぽり覆ってしまえるのだから。
全身……
そうか。さきほどクイックシルバーたちが動かなかったのもこれが原因か。
ダンダリオンの防護壁は足元にものびていて、近づけなかった。そこをつかまった。
「さて、この害虫だちはどうして差し上げましょう? ……火にくべますか?」
ダンダリオンの手に炎がともる。
チクショウ。こいつ同時に何個魔法をあやつれるんだ?
あたまが一個ならなんとかなると思ったが、ぜんぜん歯がたたねえじゃねえか。
「クイックシルバー召喚」
地面に魔法陣が描かれると、そこからクイックシルバーたちがあらわれる。
ダンダリオンにとらえられていた者たちだ。あんな脅しなど意味をもたない。
こうして召喚すれば、いつでも手元によびよせられるのだ。
「ほお~。これは驚きました。なるほど、召喚術ですか。おもしろい使い方だ」
ふん、しらじらしい。
さきほどルディーを召喚したのを見ていたくせに。
だが、どうする? どうやったらコイツを倒せる?
契約したすべての者どもを召喚して一気に攻めるか?
数でおせばなんとかなるか?
――いや、だめだ。
魔法で一掃される可能性が高い。契約者が減れば俺のちからも減る。
犠牲が多ければコイツに勝てても、馬ヤロウに勝てなくなっちまう。
なら逃げるか。
砦のトビラへ飛び込めば追ってこれないはず。
いったん引いてちからをたくわえるのだ。
「どうしました? そろそろオロバスを閉じ込めておくことも限界でしょう。せっかく分断したのがムダになりますよ」
チッ、ナメやがって。
いまにみてろ。ぜって~このまんまでは終わらせないからな。
「オロバスってのは、あの馬ヤロウのことか?」
「おや、これは失礼。紹介がまだでしたな。我がダンダリオン、36の軍団をたばねる地獄の侯爵です。そして、血管のういた彼が――そう、全身チン……」
そこでダンダリオンはプッっとふきだした。
「いや、しつれい。彼はオロバス。20の軍団を統べる地獄のプリンスですな」
地獄。しかも軍団を統べるときたもんだ。
こりゃ本格的にヤバくなってきやがった。
「へえ、その地獄の侯爵とプリンスさまが何の用でここまで? 観光ならそろそろ帰っちゃもらえないかね?」
「ふふふ、わるいがここが気に入ってね。しばらくごやっかいになることにしたんだ」
「そいつは困ったな。侯爵さまをもてなすには俺じゃあ力不足だ。ちょっと領主さまに相談させてもらっていいかい?」
「いや、なに、それには及ばんよ。すでに部下たちを向かわせたあとだからね」
なに!
まさか、すでにパラライカが。
――まて、おちつけ。
パラライカを攻められたなら、配下の精霊たちが騒ぎだしているはずだ。
それにここにくるまでにすれちがってないのも不自然だ。
グロブス領だな。そちらへ攻め入ったとかんがえるのが妥当か。
クソッ、マジでやべーぞ。
グロブスが落ちたら、つぎはパラライカだ。
のんびりちからをたくわえてなんて言ってるひまはなさそうだ。
「わるいが、やっぱり帰らせてもらう。ナベを火にかけたままだったのを思いだしたんだ。召喚!!」
魔法陣が地面にうかぶ。
そこからリザードマンたちがあふれでる。
「時間稼ぎですか。むだなことを。……ん? リザードマン? 精霊や死霊でない彼らを召喚? ――まさか、おまえ!!」
おどろくダンダリオンを置き去りに、後方へおおきく跳躍した。
「逃がすか!!」
ダンダリオンも跳躍、すさまじい速度で追ってくる。
コイツ飛べたのか?
それとも風魔法でアシストしてるだけ?
だが、もう関係ない。
追ってくる。その事実だけでじゅうぶんだ。
前方に風のシールドをはると、それを足場にして一気に反転した。
急速にちぢまるダンダリオンとの距離。
まさかの行動にヤツの反応はおくれている。
バチリ。
風のシールドと防護壁がしょうとつした。
ダンダリオンの障壁にはキレツがはしり、俺の風のシールドはこなごなに砕け散る。
だが、知ったことか!
この距離。この状況。これなら!!
「鬼火召喚!!」
魔法陣がうきあがる。
だが、地面にじゃあない。
魔法陣がうきあがったのはダンダリオンの防護壁の内側だ。
赤くゆらめく魔法陣から二体の鬼火がすがたをみせると、ダンダリオンにおそいかかった。
「うお! まさか!!」
ダンダリオンのからだが炎につつまれる。
その表情はおどろきから苦悶へ。
ハハッ! 油断しすぎだ。
死にさらせ!!