八十三話 にひきの悪魔
悪魔? なんでそんなもんがこの世界に。
悪魔ははるか昔、神とその御使いによって別世界に幽閉されたと聞く。
魔法使いが召喚に成功しただの、魔王としてよみがえったなどと、ささやかれることもあるが、そんなものはぜんぶ眉唾、ただのホラ話だ。
やつらは伝承のなかにいるべき存在で、現実にでてきていいものではないのだ。
それがなぜ……
「マスター!」
わかってる、考えるのはあとだ。
――まずはおまえからだ!
馬ヤロウ目がけて炎をなげつける。
炎はふきそくな軌道をえがくと、二本足でたつ馬の顔へとつきささる。
――命中した!
が、そう思ったのはまちがいだった。
なんと馬ヤロウは口をおおきくひらくとパクリ、炎をのみこんでしまったのだ。
ゲ! マジか。
プシューと鼻からケムリをだす馬ヤロウ。ぜんぜん効いてねえ!
やつはニヤリと笑うと、こちらめがけて突進してきた。
ちょ、まて。
風のシールドを張る。
しかし、バキンと音をたててシールドはくだける。馬ヤロウは俺のひだりをものすごい勢いでかけぬけていった。
やべーぞこれ。馬力がケタちがいだ。
あやうくペチャンコになるとこだった。
念のため木の床からツタをだして、やつの足にからませていた。だからそれた。
ツタを引きちぎり、シールドも粉砕する。こりゃひとの手におえるシロモノじゃねえ。
「おおいなる風よ――」
なにか聞こえた。
ダンダリオンと呼ばれた老婆だったものが、なにかをつぶやきはじめたのだ。
クソ、これは詠唱だ。詠唱なしでも呪文はとなえられるが、ことばに魔力をのせると精度も威力も段違いになる。
しかも、聞いたこともない詠唱だ。ぜってーヤバいやつに決まってる。
こんなやつら相手にしてられっか。
逃げだ。逃げ。
そうして宿の玄関にむかって駆けだしたとき、背後から重なりあう言葉がひびいた。
「一滴のシズクが大河となり――」
「灼熱の太陽がおちるとき――」
げげげ!
呪文がハモってやがる。聴きとれたのは三つだが、じっさいはもっと多いだろう。
まさか、浮きでてきた顔ぜんぶが呪文を唱えるのか!?
やってられっか。
風魔法で加速。玄関にとうたつすると、扉に手をかける。
ガチャガチャ。
しかし無情にも、扉はロックされていた。
押せども引けどもビクともしない。
クソッ、なんでだ?
――ああそうか、真鍮に魔力をこめて封じやがったんだ!!
「ドライアド!」
扉はツタとなり、ひとが通れるすきまをあける。
木製の扉で助かった。
すばやくからだをねじ込ませると、そとへと抜けだした。
――いそげ!!
息つく暇などない。地面をうねらせると、じぶんのからだを跳ね上げた。
そして、強風でアシスト。空へと逃れる。
その瞬間、轟音とともに宿の扉が壁ごとはじけとんだ。
つづいて、巨大な炎が今いた地面をはしっていく。
「あっちい」
熱風がはだを焼く。
離れていてもこの温度。まともに喰らったら、いっしゅんでオダブツだ。
ボコリ。
地面に穴が開いた。
そこから間欠泉のように水がふきだしてくる。
「わっ、ちょ、あぶな!」
ふきだす水は細くするどい。まるで矢のようにこちらを狙いすましてくる。
「ヒィ~」
風魔法の強風で避けていくと、なんとか地面におりたった。
あぶなかった。いや、まじであぶなかった。
撤退だ。てったい。
「クイックシルバー隊、かえってこい」
かれらを呼び寄せると、すたこらさっさと逃げることにした。
――――――
「追ってくると思う?」
「くるだろうな、たぶん」
ルディーの問いかけにうなずいた。
「パラライカまで逃げるの?」
「いや、どこかでむかえうつ」
あんなやつら連れて帰ったら大変なことになる。
それに今は二匹だが、さらに増える可能性だってあるんだ。
いまのうちに削っておいたほうがいい。馬車も取り返してーし。
とはいえ、二匹いっぺんだと勝てる見込みはゼロだ。
なんとかして分断しないと。
一対一の状況をつくるんだ。
んでもって、わが軍勢を召喚してタコ殴りにしてやる。
みてろよ~。