表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/180

八十二話 きみょうな宿屋

 馬車をとめると、老人のあとを追う。

 手をかけるのは、日焼けで白く変色した宿の扉だ。青くカビた真鍮の取っ手がやけに目を引いた。


 ギイイ。

 扉はきしみ音をたててひらく。


 家のなかは静かだった。

 正面にはイスとテーブルがいくつか。その奥には台所らしき部屋がある。

 右手には宿泊者をうけつけるためのカウンター。羽ペンと金属製の呼び鈴がおかれている。


 ひとかげはない。

 さきほどの老人はどこへいったのだろうか……


「だれもいないね」

「ああ」


 従業員はもとより、宿泊客のすがたもみえない。

 なんともさびしいたたずまいだ。


「呼び鈴、押す?」

「――いや」


 なにかイヤな予感がする。

 部屋全体をおおう空気がどうもにおう。

 それに――

 呼び鈴をみる。こちらも扉の取っ手どうよう真鍮製のようだ。


 ん~、なんか不釣り合いなんだよな。

 真鍮はひじょうに高価だ。こんなさびれた村の宿に使われるものなのだろうか?


 真鍮は魔力をたくわえる。

 錠前としてつくれば、錠前破りをふせげるのだ。

 事前に魔力をこめてやる。するとカギはより強固なものになり、盗賊の鍵開けはもとより魔法による開錠にも効果をはっきする。

 一部の魔法使いは鍵開けの呪文を用いるからな。

 だからこそ貴族は真鍮をこのむのだが……


「おやおや、おきゃくさんかえ?」


 とつぜんの声におどろき、振りむいてみると老婆が立っていた。

 ……いつのまに。

 足音もしなければ、気配も感じなかった。


 白髪の老婆は、見上げるようなしぐさでこちらを見ている。

 なんとも薄気味悪い。茶色に変色した歯は、ところどころ抜け落ち、老婆がしゃべるたびに息がもれる。


「イヒヒ。さぞ、お疲れでしょう。いま温かいものを用意しますゆえ」


 そういって老婆は台所へ向かおうとする。

 ちょっとまて。

 ここでだされた飲み物とか、絶対くちにしたくないんやが。


「いえ、それには及びません。二、三、尋ねたいことがあるだけですので」


 老婆をよびとめると、ひだりへすこし移動した。

 なんとなく老婆の視線が、右へそれているように感じられたからだ。


「おや、そうですか。では、お泊りになられんのですか?」

「ええ、さきを急ぐので申し訳ないですが……」


「ざんねんですじゃ。いい湯がわいておりますのに」

「いい湯?」


「ここは温泉がわいておりましてな。むくみ、傷、美肌と疲労回復によくききます」


 美肌ね。目の前の老婆をみるかぎり効果はなさそうだが。

 ん~、どうすっかなあ。

 このバアさん、せっかくみつけた村人だけど、このまま話を聞いても有力な情報が得られそうにないんだよなあ。

 ここは宿泊するフリをして探ってみるのも手かもしれん。

 う~ん……よし!


「フロか。どう思う?」とルディーにたずねた。

「え~、おふろは嬉しいけど……」


 ちょっと口を濁すルディー。まあ、あたりまえだな。あきらかに怪しい宿ですし。


「美肌効果だってさ。お肌ツルツルになるみたいだぞ」

「う~ん、そりゃ美肌って聞いたら興味なくもないけど」


「お連れさまもそう言っておられるようじゃし、おふろだけでも入っていかれたらどうですかな」


 ここでチャンスとばかりに割ってはいってくる老婆。

 ふんふん、なるほどね。


「せっかくだからそうするか」と、老婆につげる。

 すると彼女はニチャリとした笑顔をみせた。


「では、さっそく湯の準備を――」

「あ、そうだ。そのまえに一個聞いていい?」


 奥にひっこもうとする老婆をよびとめた。


「はいはい、なんでございましょう」

「ババア、なんで妖精がみえるんだ?」


「……」


 おしだまる老婆。こりゃアタリだな。


「おまえ、人間じゃねえな」


 いうが早いか、手のひらに炎をともす。

 なにものかは知らんが、村人がいないのと無関係ではあるまい。

 こんがり焼かれながら、いろいろしゃべってもらおうか。



「なかなかアタマがいいな……オマエ」


 老婆のからだがみるみる膨れ上がっていく。

 まるで沸騰したヘドロだ。

 肉はドロドロときたち、固まりながら大きなひとのすがたをかたどっていく。

 

 うお!

 なんだコイツ。

 魔物だろうが、いままでに見てきたやつらとぜんぜん違うぞ。


 ボコリ。

 老婆の顔のよこに大きなコブができた。それはやがて青年の顔になる。


 ウゲ~。きもちわるい。


 ボコリ、ボコリ。

 コブはいくつもできていく。

 それらは少女、少年、大人の男や女といったぐあいに、さまざまな顔にかわっていく。


 ――なんかヤバイ感じがする。

 本能が危険を知らせているのがわかる。



 そのとき、ギイと音がして宿の玄関扉がひらいた。

 だれかが入ってきた?

 だが、そのだれかをみておどろいた。


 二本足でたつ馬だ。

 炎のように赤い目に、くちからは灰色のケムリをはく。

 全身の血管は浮き上がり、いまにも血がふきだしそうだ。


「ダンダリオン、しくじったな。もうすこしで俺が寝首をかけたものを」


 馬がしゃべった!!

 しかも、寝首をかくとかぶっそうなこと言ってる。


 ――あれ? でも、なんかコイツみたことある気がする。

 毛のもようと、たてがみの感じが……

 もしかして、砦から連れてきた馬か?


 ゲゲ! まさか砦のなかに誰もいなかったのはコイツのしわざか?

 おれはワザワザ、ここまで――


 ルディーが叫んだ。


「マスターいけない! こいつら悪魔よ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] “バレてないのにしゃしゃりでてきましたね。 ツメがあまいですな。ヒヅメだからでしょうか?” こりゃあうまい馬い!ヤマ◯さーん!座布団をね!私とウツロ先生に一枚ずつね!?また来週お目にかか…
[気になる点] …今回の話を見ておもふ!…昔の笑点馬頭…いや!罵倒大喜利風に言わせて下さい。 …馬が喋るな!!! …実際文字通り、語るに落ちる!…そっちはバレてなかったのに!…次回にあたり、主人公…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ