七十八話 ふあんの足音と、砦への道
「マスター、得しちゃったね」
いまはリザードマンの里からでて、サーパントの街へむけて船をすすめているところだ。
けっきょくウンディーネとは契約をむすんだ。
これで俺はさらなるちからを得たことになる。
「びっくりしたもん。マスターとウンディーネだけじゃなくてリザードマンもピカーってひかるんだもんね」
そうなのだ。契約成立とどうじに、なぜか里のリザードマンたちのからだもひかったのだ。
里ぜんたいと契約したってことなのだろう。
しかし、こんなことがあり得るのか?
すくなくとも俺は聞いたことがない。そもそも精霊召喚士がリザードマンと契約できるハズがないのだ。
だが、できてしまった。
いま俺のからだにはウンディーネだけでなく、リザードマンのちからも流入している。
すさまじいちからだ。何人分だ? 五十か? 百か?
もはや人間としての限界を超えているような気もする。
「これでマスターの領地は三個だね。もう貴族名乗っていいんじゃない?」
領地か。でも三個って。
農場とセラシア村とリザードマンの里の三つのことか?
そんなワケあるかい。
セラシア村はフィリップの領地だし、リザードマンの里はリザードマンのものだ。
農場はいちおう俺のものらしいが、あれだっていつ取り上げられるかわかったもんじゃない。
ぜんぶ借りもんだよ。じぶんのちからなんてあってないようなものだ。
「おまえは気楽でいいなあ」
パタパタと羽をうごかすルディーを横目にためいきをつく。
こんかいのウンディーネとの契約だってけっこうあぶないんだ。
『いかにウソをつかず、あいてに得したと思わせるのがキモ』ってのが俺の持論だが、それはそのまま自分にも跳ね返ってくる。
ウンディーネの思惑の裏に、なにがあるかわかったもんじゃない。
「え~、もしかしてマスター契約したこと後悔してるの? なんで~? マスター得しかしてないじゃん」
「あのなー。いいか、リザードマンの里をまもるっていうけど何から守るんだ? 人間? それならいままでもずっと自分たちで守ってきたんじゃないのか?」
俺から里の情報が洩れるかもと考えたのかもしれないが、それなら漏らさぬよう契約に盛り込めばいい。ウンディーネひとりでじゅうぶんオツリがくる。
なにも里ぜんたいの忠誠をさしだす必要はないのだ。あきらかに得るものと差し出すものが釣り合っていない。
「マスターがちからをつけてきたってことじゃないの? いずれパラライカを乗っ取るんでしょ。早めに手を結んどいたほうがいいじゃん」
たしかにそうだ。
彼らの脅威は俺そのものか。
だが、それだけじゃない。俺のあたまには別の可能性がちらつく。
――北がキナくさいだ。
パラライカの領主は軍を北に派遣した。北にはなにかがある。
ウンディーネが言っていた使命とやらもだ。使命ってのはそんなノンビリしてて大丈夫なものなのか?
じぶんの目で確認しろって言ってたな。それは、もうすぐ俺が目の当たりにするってことなんじゃないのか?
ウンディーネでは対処できない脅威がせまっている。そんな可能性を考えずにはいられなかった。
――――――
「しゅっぱ~つ!」
サーパントであずけていた馬車をうけとると、北へ向けてみちなりにすすんでいく。
つぎの目的地はフォミール砦だ。パラライカ領の最北端の軍事施設となる。
北に派遣した軍はおそらくここにたちよったはず。なんらかの情報がえられるのではないだろうか。
道はなだらかなアップダウンをくりかえし、やがて平坦な場所へとでた。
背の高かった木々は数をへらし、おいしげる草木があしもとをうめる。
ここからさきは草原だ。
フォミール砦はこの草原をぬけたさきにある。
「マスター、だいぶ馬車のあつかい慣れてきたね」
「まあな」
馬車は俺の念動力でうごいている。そのちからはパラライカの街をでたときとくらべ、威力、精密さともに格段のしんぽがみられる。
慣れたからか、俺の基礎能力があがったからか。
はっきりしないが、成長のあかしがみえるのはよいことだとおもう。
「マスター、そろそろ日が暮れるよ~」
フォミール砦はまだ見えない。
今日中につくのはムリか。
どこかでいったん馬車をとめる必要があるだろう。
リ~ン、リ~ンと虫の音がなる。
日はとおに地平線のむこうへしずみ、あたりを暗闇がつつむ。
やはりフォミール砦には到着できず、てきとうな場所をみつくろって野営の準備にはいった。
これまで夜間は農場へと帰り、ぬくぬくと睡眠をとっていた。
しかし、販路を拡大するのが俺の計画。いずれは冒険者に馬車で行き来してもらうのだ。
夜間の安全性をかくにんするひつようがある。
だったらもう皆が宿泊できる場所をつくってしまおう、ってことで、道からすこしはずれたところに土魔法でドーム型の建造物をモリっとつくった。
行商専用の宿舎だ。ベッドは四つ。木を切り倒してくると、ドライアドのイバラをつかい、ガッチリと固定した。
まあまあのでき。さすが魔法のちからだ、さほど時間もかからなかった。
施設の壁には、外敵を監視する小窓をいくつかもうけた。
まあ小窓といっても丸い穴をあけただけだが。
とりあえずこれでよしとする。
ぼちぼちメシにしよう。
パチリ。
焚き木の火が爆ぜた。
火の粉が熱風にあおられ、うえへとのぼっていく。
「ね~、マスター。おイモさん焼けたよ」
「おう、サンキュー」
クシにささったジャガイモをうけとると、くちへとはこぶ。
ハフハフ。熱っちー。
フー、フーと息をふきかけながら皮ごとたべる。
うめ~な。このすこし焦げた皮の苦みがなんともいえない。
「ほれ、ルディー、水」
ちいさな木のカップに魔法で水をそそぐと、ルディーに手わたす。
「ありがと~。飲み水がだせるってべんりだよね~」
「そだね」
たびをするに水は必需品だ。だが、水はけっこう重い。
飲料水を自前で生みだせる水魔法は、かなりありがたい。
大地の精霊ノームと組み合わせれば、水源をさぐるのもできそうだ。
行商の給水スポットとして、つくっていくのもいいかもしれない。
「マスター、これで四元素ぜんぶ手にいれたんでしょ? もう賢者じゃん」
「賢者ってジジイのイメージなんだが……」
たしかに火、水、土、風ぜんぶ網羅した。これは魔法使いでもかなり珍しい部類にはいるだろう。
精霊使いの特権だな。魔法の習得には時間もかかるし、得手不得手もある。
適性がなければ、いくらがんばったところでムダなのだ。
「もう無敵じゃない?」
そう言ってルディーは、ヒューと口笛をふくが、そんなワケはない。
なんでもできるからといって、戦いにいかせるとはかぎらんのよ。
脳ミソはひとつだ。とれる手段が多すぎれば判断にまようことだってある。
器用貧乏ってやつかな。総合力でまさっても、シンプルにひとつのことを極めた者には勝てなかったりするもんだ。
けっきょくは人だな。
自分のちからを過信してはならない。できるやつに任せればいい。
俺にはたくさんの仲間がいるのだから。
「たよりにしてるぞ」
「え? なに、きゅうに」
俺のつぶやきに、やけにルディーが反応した。
なんとなく気まずい空気が流れ、おたがい無言になる。
ちょっと失敗したか。
まあ、たまにはこんな雰囲気もアリ……だよね。