七十七話 ウンディーネの思惑
とはいえ、気に食わないからとジタバタするほどガキじゃない。
ちょっとでも有意義となる会話をしていこう。
さしあたってアレだ。精霊がいなくなった件を聞いてみるか。
「ハイドラさん……でいいのかな? 精霊がこの世界から消えたりゆうをご存じか? 知っていたら教えてほしい」
「呼び名はどうぞご自由に。精霊がこの世界から消えたりゆうですが……もちろん知っています。――ですが教えることはできません」
なんでやねん。
教えろや!!
「タダでは教えないと?」
「そうではありません。教えてしまえば、あなたはそれに対処するよう誘導されたと感じるでしょう」
ムッ!
「教えたがために反発されては困るのです。おのれの目で確認し、どうすればいいのかを素直に感じてほしいのです」
「マスターあまのじゃくだもんね」
「うるへー」
まあ一理あるな。
思惑にのるのがイヤだからと別の選択肢をとりそうな気も、自分自身している。
管理者とやらがあれから出てこないのも、そのへんが関係してるのだろうか……
自分のことながらメンドクサイ性格してんな。
あらためてそう思うわ。
「こんどは、わたしから質問してよろしいですか?」
もにょもにょしていると逆に質問がきた。
精霊ウンディーネの問いかけか。
なんだろね? まさか答えられなければ命をいただく! みたいなやつじゃないよね。
「俺に答えられる質問なら」
「もちろんです。答えられないことを尋ねて何になりましょう」
いや、それがね。世の中には答えようのない質問をしてくるやつがいるのよ。
で、なにか言おうとしても話をかぶせてきて言わせてくれないの。
リール・ド・コモン男爵ってやつなんですけどね。
「じゃあ、なんなりと」
「あなたは、この村になにを求めるのですか?」
なにを求める?
求めるもくそもなぜか強制連行されてここにいるんやが……
「ケガ人を送り届けただけ、ではないでしょう。あなたは商人です。なんらかの利をもとめてここにきたのではないですか?」
ああ、そういうことね。
送り届けたのは、たしかに善意だけではないね。異文化にたいする好奇心もだけど、一番は商売だ。村があれば交易できやしないかって考えるのは当然だろ? だって俺は商人なんだから。
でも……
「とりあえず、今はなにも求めてない。さっき言った身の安全ぐらいなものだ」
「そうですか……」
あれ? 思いのほか声のトーンがひくい。もしかして信用されてない?
本心なんだけどねえ。ちょっと説明したほうがいいか。
「最初はね、商売しようと考えたんだ。けど、やめた」
「やめた? なぜ?」
「ここには貨幣が流通してないからだ。特産品もなさそうだし、商売するメリットが俺にはないんだ」
「……」
ウンディーネはなにやら考え込んでいる。
ウソかまことか判断しかねてるって感じか?
「海産物の仕入れも考えた。でもそれならサーパントの街でじゅうぶんだ。ここによそ者は入れないんだろう? 俺の目的は流通網をつくることだ。俺以外が入れないんじゃあ意味がない」
「なるほど……たしかにそうですね。では、なぜあなたはここにとどまりました? 歓迎されていないのはすぐにわかったはず。いまのあなたは理不尽に従う必要もない。去ろうと思えばすぐに去れた。あるいは、リザードマンを皆ころしてしまうことも」
ぶっそうなことを言うなあ。
たしかにこの数のリザードマンなら、逃げるのも殺すのも難しくないだろうけどね。
でも、そんなんでいちいちころしてたら、まわりにだれもいなくなっちまう。
「なんでころさなきゃなんねーのよ。せっかく助けた意味ねーじゃん。俺はもと冒険者だ。いざとなったころすのをためらったりはしないけど、それはいまじゃない。しっかり見極めてからでも遅くない。ここにとどまったのはリザードマンがどう暮らし、どう考えるのか知りたかったから。アンタが水面から俺をみてたのとおんなじだよ」
「……」
フッ、きまったな。グウの根もでまい。
リザードマンが言うハイドラさまってのが気になったのが一番のりゆうだけど、それを言う必要もないしな。
「マスターってすっごく口がうまいよね。ウソをつかずにうまく丸め込むの」
「うるさいな。よけいなチャチャいれるんじゃないよ」
なんか横から撃たれた。ルディーのやつめ。
口がうまいのは召喚士なんだからあたりめーだっつーの。
契約ではウソはつけない。
いかにウソをつかず、あいてに得したと思わせるのがキモなんじゃい。
「では、リザードマンは死ぬべきだと判断したなら、あなたは彼らを皆殺しにするつもりだったのですか?」
なんでそうなる。
「アホぬかせ! 俺ぁ神様じゃねえんだ。死ぬべきかどうかなんて判断できるもんか。じぶんと敵対するなら倒す、逃げてすむなら逃げる、ただそれだけのことだ」
「そうですか。ならばリザードマンが人間の街に攻め入るとしったらどうですか? 人間をまもるために彼らをほろぼしますか?」
なんやこいつ。みょうなところを突いてきたな。
『答えられないことを尋ねて何になりましょう』とか言ってたクセに。
「しるか! そんなもんそのときになってみんとわからんわ! だが、すくなくともサーパントは俺のテリトリーだ。攻めてくるなら確実に反撃するぞ」
なんだよマジで。
まさかほんとに人間の街に攻め込むつもりか?
いや、ムチャだろ。数がちがいすぎる。
ここのリザードマンじゃあサーパントすら落とせんぞ。
ウンディーネが味方するならべつだが。
「なるほど、あなたの考えはわかりました。じつはあなたにひとつお願いがあるのです」
「――待て。さっきから聞いてりゃあずいぶんと過激なことばかりだ。まさかおまえらは人間とあらそう気か?」
争いに利用されるのは御免だ。
「これは失礼しました。あくまでたとえばの話です。リザードマンには人間の街を襲う意思などありません。もちろん、わたしも。われらはただ、平穏に暮らしたいだけなのです」
ほんとかよ。
攻める気マンマンの口ぶりだったぞ。
こいつはチト警戒が必要か?
リザードマンの集落がここだけとは限らんしな。
戦の算段をつけているところに俺がきてしまった可能性もある。
おれがどう動くか探ってんのか?
クソッ、めんどくさくなってきやがった。
「で、おねがいってのはなんだ?」
「はい。じつは、われらと契約してほしいのです」
契約?
どういうことだ? 俺をとりこもうってか?
「さきほども申したとおり、こちらには人間と敵対する意思はありません。あなたにはリザードマンたちの身の安全、そしてこの地の守護を約束してほしいのです」
ムッ、そうきたか。
なるほど、俺が人間の味方になる前提で話をもってきたか。
契約すればこの地の平和は保障される。契約にもりこめばリザードマンからは攻めることができないし、逆に人間が攻めようとすれば俺が止めざるをえない。
わるくない提案だ。
しかし……
「こちらの見返りは?」
「わたしの――ウンディーネのちからと、リザードマンの忠誠です。契約がつづくかぎり、あなたのちからになると誓いましょう」