七十五話 村のおきて
敵ではないと伝わったと思ったのも束の間、船を岸へと乗りつけたところでリザードマンたちに囲まれた。
ピンと張りつめた空気がただよう。めっちゃ警戒されている。
なかまの合図だけでは足りないらしい。
とりあえず攻撃してくる気配はないものの、歓迎する気はこれっぽっちもなさそうだ。
むー、めんどくさいなあ。
結界をはってるぐらいだから、人間にきてほしくないってのはわかるんだけど。
ここで連れて帰ったリザードマンが、スッとまえにでてきた。
お! 説得してくれんのか?
ありがたいけどムリすんなよ。
けっこう傷は深いからな。
「’&$#$>%##!!!」
「>’&&$<?’%”」
言い合いが始まった。連れ帰ったリザードマンと、俺たちをとりかこむリザードマンのあいだで。
言葉はわからないが、むこうの口調はかなり荒い。
とがめてんだろうなあ。まずは傷の心配をしてやればいいのに。
まったく……
「ルディー、こいつらなんて言っている?」
「うん……。なんで連れてきたとか、そのまま死ねばよかったとか」
ひどいな。鬼か君ら。
「里を危険にさらす行為だって」
うん、なるほど。
ひとに知られるぐらいなら、いのちを絶てって教えなんだろうな。
こえーな、オイ。
リザードマンの中でも、とくに閉鎖的な部族っぽいな。
「**>><&%*!!」
ひときわデカイ声をだしてるヤツがいる。
あたまにトサカついたやつだ。
ちょっとエラソーだ。顔役みたいな立場なんかね?
「コイツはなんて?」
「おまえは一族のツラ汚しだって」
はっはっはっ。このトサカ言いおる。
ツラ汚しって、おまえら全員おんなじ顔じゃん。
むしろ汚れてないと見分けつかなくて困るじゃん?
「ププ」
ツボに入り、ひとり笑っていると、ルディーに肘でつつかれた。
「マスター、笑ってる場合じゃないよ。ちょっと雲行きあやしくなってるよ」
そう?
だいじょうぶ、大丈夫。
時間が解決してくれるよ。だってさ……
「>**&$***!!!」
ここで、いっぴきのリザードマンが俺をゆびさして怒鳴りはじめた。
あら、矛先が俺にきたのね。
「あーあ。いわんこっちゃない」
ルディーはそれ見たことかと、口をとがらせる。
「トサカ君はなんて?」
「マスターのこと、ころすべきだって」
ハッハッハッ、いきなり死刑?
ヤベ~な、リザードマン。超過激派じゃん。
「**&’%#<’$*」
今度は、べつのリザードマンが俺のほうをみて言った。
「なんて?」
「ころすのはやりすぎだって」
お! 知性派もいるのか?
そういえばコイツ、どことなく他とはちがう面構えを……
「目と耳と口をつぶせばいいって」
やっぱ、おんなじ顔だ。
ここには過激派しかおらん。
その後も言い合いはつづいた。
しかも内容は、ころすころさないではなく、どうころすかにシフトしていった。
「マスター、ヤバくない?」
う~ん、おかしいな……
そろそろのハズなんだけどなあ。
たすけたリザードマンは孤軍奮闘。必死に恩は返さねばならないと訴える。
しかし、なかまは取り合わない。彼の疲労も限界か?
が、ここでトサカあたまのリザードマンが手をあげ、みなを制した。
「’&%$?<*……」
「なんて?」
「やっぱ恩があるならころすのはよくないって」
お! きたきた。
思ったより時間がかかったけど、ようやく効果があらわれてきたか。
だが、これに驚いたのは目、耳、口つぶせ派だ。
「どういうことじゃい!? オラ!」みたいな態度でトサカあたまにつめよる。
「え? なんで?」
それを見て、ルディーのあたまにハテナがうかぶ。
バカ。おまえが忘れてどうすんだよ。
「チャームだよ、チャーム。こいつらおまえのことが見えてるんだろ?」
「あ~、そっか」
人間がきたってことに議論は集中してたけど、ルディーのこともかなり気になっていたハズだ。
俺の肩にとまる彼女のことをチラチラみてたからな。
こうなるのは時間の問題だった。
チャームは異性に効果がある。
意見をひるがえしたのがオスで、つめよってるのがメスだ。
アレ、けっこう強力だからな。いつのまにか警戒心がうすれていくのよ。
時間がかかったのはルディーと直接会話してないからだろう。
ハッハッハッ、これから意見は二分するぞ。
ドサリ。
不意になにかが落ちる音がした。
みれば、俺がたすけたリザードマンが地面に倒れている。
あーあ、きみらハナシが長いから。
もっとなかまをいたわってやらんと……
――――――
集会場のようなところでみなが激論をかわしている。
どうやら血祭りにあげろ派と、集落からださなければいいんじゃね? 派にわかれているらしい。
とうぜん前者がメスで、後者がオス。
ルディーがいなくなったら満場一致で、血祭りじゃ~、になるんだろうな。
こええ、こええ。
ちなみに、たすけたリザードマンはどこかに運ばれていった。
たぶん安静にさせるんだろう。さすがに今の状況でどうこうしないと思う。
そもそも彼が村の場所まで俺たちを連れてきたのは、ルディーのチャームにかかっていたからだ。
彼が面汚しなら村の半分が面汚しだ。
「マスター、むけたよ~」
「おー、サンキュー」
ルディーが半分に切れたマンゴーをズイとさしだしてきた。
気がきくねぇ。ちょうど喉が渇いていたんだ。
皮をかるくつまむと、スライスされたマンゴーの身がもちあがった。
魔法でのカットだ。彼女のつかう風魔法は威力は低めだが、俺よりはるかに精度がいい。
さすが年の功というべきか。
じゃ、いただきます。
もっちゃもっちゃとマンゴーをたべる。
うん、あまくてジューシー。
ここでふらっと、一匹のリザードマンが寄ってきた。
からだがだいぶ小さい。こどもか?
彼はスンスンとマンゴーのにおいを嗅ぐ。
いるか?
ひと切れマンゴーをさしだす。するとチビリザードマンはちゅうちょなくかぶりついた。
うまいか? うまいだろ?
動きをとめるチビリザードマン。驚きの表情。それから、もひとつクレと手をさしだす。
はっはっは。こどもは無邪気だなあ。
ワラワラとちいさいリザードマンが集まってきた。
オレもオレもって感じだ。
みなにマンゴーをくばる。
いっぱいあるからな。たんとおあがり。
こどもにとって村のおきてなど、まだピンとこないだろう。
食欲と好奇心に勝てるハズもない。
はい、餌付け完了。
つぎはガキンチョの母親あたりを切り崩すか。
「?><%<$?<’<」
腰を浮かせかけたところで、トサカあたまのリザードマンに話しかけられた。
なに? わからん。ルディーたのむ。
「おまえの処分は我々ではきめられないって」
しらんがな。じゃあ、俺がきめてやるよ。
「%&$%<>&%$%」
「なんて?」
「ハイドラさまに決めてもらうって」
だれ?