七十四話 ただしい手順
湖面を船がすべるようにすすむ。
風はなく波もおだやか。絶好の船旅びよりだ。
パチャリと魚がはねた。
水面をのぞきこむ。
さしこむ光が魚の影をうつす。湖底はみえない。かなり深そうだ。
「マスター、あの小島をひだりから回り込んで」
「オーケイ」
ルディーの指示どおりひだりへ進路をずらすと、小島をまわりこむ。
「進路をもどして」
「あいよ」
ときおり船は、こうして蛇行しながらすすんでいく。
なんでも結界がはられているそうだ。
決まったルートをとおらないと到達できぬ場所に住処はあるらしい。
おもしろい。
閉ざされたリザードマンの集落。ぜひこの目でみてみたい。
「大丈夫そうか?」
よこたわるリザードマンをみて、ルディーに問いかける。
彼女には通訳と介抱をおねがいしている。
リザードマンの傷は深く、予断をゆるさない。
血がたりないのだ。妖精の粉で傷は癒えても、うしなった血液までは回復できない。
あとはおのれの生命力しだいだ。
「う~ん。呼吸もおちついてるし、わるくはなってないと思うけど……」
「そうか」
うすく瞳を開けたリザードマンと目があった。
なるほど、警戒している。
ムダな動きをおさえ、体力の回復につとめているのだろう。
もし、俺が飛びかかろうものなら、最後のちからを振り絞って抵抗するにちがいない。
コイツは戦士だな。できれば死なせたくない。
リザードマンはヤリをかかえて目をつむる。
俺が渡したヤリだ。安物だが、こころのよりどころにはなるだろう。
やがて船は渓谷へとでた。
左右を断崖絶壁にはさまれ、そのなかをいっぽんの川がとおる。
湖にそそぐ川だな。こうした川がいくつもあつまり、この巨大な湖を形成しているのだろう。
集落はこのさきか?
「&>%#<」
「マスター、あっちあっち。あの岩のあいだを通るんだって」
川の上流ではなかったようだ。ルディーが指さすほうを見る。
崖のすこし手前、湖面からつきだす岩があった。
あれか。あの岩と崖のあいだをとおれと。
ふむ。いっけんムダな行為に思えるが、ちゃんと意味があるんだろうな。
船をゆっくり岩へとちかずける。
頃合いをみて、ザブリと湖面にあたまをつっこんだ。
なんかないか? 岩肌をじっくりと観察する。
――あった!
刻まれた絵のような文字のようなものをはっけんした。
コイツは呪術だ。
ただしい手順をふんだものに、なんらかの影響をあたえるのだ。
たぶん、とちゅう回り道した場所にも刻まれていたにちがいない。
水からあたまをだすと、岩と崖のあいだをすすむ。
さて、つぎはなにを……
「あ、みて!」
ルディーに言われるまでもなく、すぐに気づいた。
さっきまではただの崖だったところに、ポッカリ穴があいていることを。
いま開いた?
――いや、ちがう。おそらく最初からあいていたのだろう。術がこちらの目を、まどわせていたのだ。
このさきだな、集落は。
「よし、つっこむぞ!」
「いえす! キャプテン!!」
穴のほうへと船をむけた。
横穴はうすぐらく、ゆるいカーブをえがいていた。
天井は高く、横幅もひろい。船でつうかするのになんの支障もない。
岩肌はいびつで荒かった。天然の洞穴なのだろう。
風にせなかを押される。むしたコケのにおいが鼻をついた。
洞穴のさきに光がみえた。
でぐちだ。
「わあ!」
「おお~」
洞穴をぬけるとそこは、閉ざされた入り江だった。
周囲をぐるりとかこむのは切り立った崖。その表面を、ところどころみどりの木々がおおう。
木陰には木と草で組んだ粗末な家がならび、畑と家畜小屋が四角く木の柵で囲われている。
集落だ。
リザードマンの村。
二足歩行のトカゲたちがこちらをみつめる。
数は……七、いや、もっと多いな。草木の陰からも視線を感じる。
また、船のちかく、水面に目を落とす。
ゆらゆらと揺れる多数の目と、木を尖らせたヤリの穂先がいくつもこちらへむいていた。
ちわ~っす。
ケガ人をお届けにあがりました~。
両手をひろげて相手にみせる。
なんか超警戒されているが、大丈夫かね?
恩をアダで返されなければいいが。
そのとき、ビィ~と音が鳴った。
それからクロロと喉をふるわせるような音も。
助けたリザードマンだ。彼がこの奇妙な音を鳴らしているのだ。
水中に潜んでいたリザードマンが離れていく。
敵ではないと伝わったようだ。よかった、よかった。