七十三話 見誤る
フラっと入ったメシ屋でちょっと早めの晩ご飯をすますと、湖へとむかった。
そろそろ太陽が沈む。湖面にうつる夕日をぜひみてみたい。
ザザー、ザザー。
おしよせる波が砂をはこぶ。
対岸は遥かとおく霞んで見える。
赤くいっぽんの影をひくのは、湖面に沈みかけた夕日だ。
「きれいだ……」
「そうだね」
ルディーとふたりでしばし見つめる。
漁を終えた小舟が、ゆらゆらと桟橋へつどっていく。
葦で組んだ家もまた、湖のきわへと身をよせる。
少年が家からポンと飛びだした。彼は岸辺の木へとツナをむすぶ。
おもしれえなアレ。
浮いてっから流されないように木にくくりつけるんだろうな。
たぶん葦と粘土をかためて土台にしてる。そのうえに家をたてる。
だから浮かぶ。
漁に特化した生き方だ。
冒険者にたとえるとどうなるんだろうな?
ゴブリンを狩るタメにゴブリンの巣に住むみたいなもんか。
いや、ちょっとちがうか。
「あれ? なにかいるよ」
ルディーがどこかを指さしている。
目をむけるとあるのはいっぽんの木。
――いや、その根本だ。うつぶせに横たわるひとの影らしきものがある。
水死体か?
ちかづいて確認する。
「あっ!」
「リザードマンか」
倒れているのはひとではない。
ひとにかたちは似ているものの、トカゲのあたまにトカゲのしっぽ、全身うろこに覆われていると、リザードマンそのものだった。
リザードマンはモンスターではない。亜人に分類される。
彼らはひとと関わることはまれで、文化もおおきくちがうと聞く。
「ケガしてる……」
わきばらにおおきな噛み傷があった。ついた歯形の本数も多い。推測するに水生生物に噛まれたんだろう。
これが致命傷か。
「死んでるの?」
首筋に手をあてる。ザラリとヌルリ。魚の感触だ。
うん、わからん。うろこで脈とかとれんもん。
「あ!」
水かきのついた指先がピクリと動いた。
生きてんのか? さすがリザードマンだな。なかなかの生命力だ。
「ルディー、たのめるか?」
「うん」
リザードマンのうえでパタパタとルディーが羽ばたく。
傷口に妖精の粉が舞い落ちた。
――――――
深夜になった。リザードマンの意識はまだ回復していない。
俺たちがいるのは馬車のなかだ。あのままではひとに見つかってしまうだろうから。
ジョロジョロジョロ。
ひしゃくですくった水をリザードマンのおでこにかける。
乾燥注意だ。
俺のイメージではリザードマンはいつもヌメっとしているからだ。
「ねえ、ほんとうにそれでいいの?」
ルディーが問いかけてくる。
しらん。リザードマンの介抱などしたことなどないのだ。わかるワケがない。
まずは温めた方がいいかと思ってシーツのうえに寝かせた。
そして毛布は……生臭くなるとイヤだったので、ハティの毛皮をかけてやった。
これで体温の低下はふせげるハズ。
でも乾いたらダメな気もした。
だからこうやって、ジョロジョロとデコに水を垂らしているのだ。
ルディーは微妙な顔をするが、どうしようもない。
一晩中水をかけ続けている俺の気持ちにもなってほしい。
「ぬれタオルをあたまにのせたらダメなの?」
「!!」
ルディーの言葉に驚愕する。
しまった! その手があったか!!
それなら床がビチャビチャにならないですむ。
はやく言えっつーの。
ぬれたシーツをとりかえると、リザードマンのあたまにぬれタオルをのせた。
「うううう」
微動だにしなかったリザードマンが、うめき声をだした。
「苦しそう」
そうだな。悪い夢でもみているのだろうか? まさにうなされているといった感じだ。
デコのタオルでもとりかえてやろう。
そう思い手を伸ばしたとき、パチリとリザードマンが目をあけた。
おう、おはよう。
しばし、おたがい見つめ合う。
パッチリおめめのリザードマンは、よくみれば瞳孔が縦に長い。
ヘビとおんなじだな。くらいと広がり、明るいとせばまる。
睡眠中はたしかせばまるんだっけ……
ガバリとリザードマンが起きあがった。
そして、飛び跳ねるように俺から距離をとる。
「>%&$#%’!」
リザードマンがなにかをさけぶ。
わからん、わからん。まったくわからん。
「&$&&! #*<<%!!」
警戒度MAXだ。リザードマンは壁際にジリジリと後退し、逃げ道をさぐるしぐさをする。
あー、気持ちはわかるけど動かないほうがいいよ。
ほら、巻いたホウタイから血がにじんでんじゃん。
「おちついて。#*<<%%! &&}*>+」
とつぜんの声にビックリする。
ルディーだ。なんと彼女がリザードマンとおなじ言葉を発したのだ。
おまえ喋れたの?
これにはリザードマンも驚いたようだ。目をパチクリさせてルディーをみる。
「}+*><>?>&$%&」
「’&%#>}*<%」
なんかおたがい喋ってる。とうぜん俺は蚊帳の外だ。
う~ん、ルディーがリザードマンと喋れるのもビックリだが、リザードマンがルディーを認識しているのもビックリだ。
彼らは自然に慣れ親しんでる。
だから妖精や精霊がみえるのかもしれないな。
……それとも彼らは、もともと妖精にちかいのだろうか?
それがなんらかのりゆうで肉体をえた。
ゴブリンだってそうだしな。
はるかむかし神話の時代は妖精族に分類されてたというし……
「マスター、マスター」
ほげ~っと考えていると、ルディーに話しかけられた。
「なに?」
「おわったよ。危害をくわえるつもりがないってわかってくれたみたい」
おお! やるやないか。
ちっちぇーくせに高性能だな。
しょうじき、交渉事にはむかないと思っとった。
あなどったな。ゴメりんこ。
「で、家に帰りたいって言ってるんだけど……」
「そりゃムリっしょ。あんなからだじゃ泳げないやろ。たとえ泳げたとしても血の匂いをかぎつけられてガブリじゃね?」
「うん」
「湖になにがいるのかはしらんが、すくなくとも歯形をつけたやつはおるってことじゃろ?」
「うん」
「せっかくたすけたのに食べられちゃったらイヤじゃん」
「うん」
「うんて君……」
あれ? これはもしかして。
「送ってけってこと?」
「うん」
OH! そいつは気がきかなくてすまなんだ。
乗りかかった船だしな。さいごまで面倒みよう。
ちょうど空飛ぶ船もある。
水面ギリギリに浮かしてみるのもおもしろいかもしれん。
「よし! じゃあ船でいくか!」
「あいあいあさーキャプテン」
さすがルディーだ。ノリがよい。
このどこか子供っぽいところがルディーの魅力なんだよな。
みずみずしさと、ムチムチボイン。見た目となかみのギャップがたまらない。
それにしても……
「おまえリザードマンの言葉がわかるんだな」
「ま~ね。だてに40年生きてないからね」
え! 40歳!?
オバハンやんけ!!