七十一話 おとこのロマン
馬車を追ってくるのは四匹のハティ。
狙いは積み荷か、それとも生肉(俺)か。
ちょうどいい。まえからやりたかったアレをためしてみるか。
御者台から荷台へとうつると、取りだしたのは、ひと張りの弓。矢はない。
なぜなら……
「武器召喚! いでよ鬼火。わが矢となりて敵をほろぼせ!!」
文言とともに俺の右手に炎の矢があらわれる。
鬼火だ。鬼火を矢のすがたで召喚したのだ。
ふはは、どうだビビったか!
「よかったね、マスター。まいにち鬼火にしこんでたもんね」
うるさいな。
そういうのは言っちゃダメなの。
サラっとできてしまった感をだすのがいいの。
鬼火、リアクションがないから大変だったんだよ。
説明のため矢をみせたら燃やしちまうし。
薪じゃないって教えるのだけでけっこう時間がかかったんだ。
「あつつ、俺を焼くんじゃない! とか言ってたもんね」
だから言うなって。
矢をもった手、ヤケドしたからな。
炎を手のひらに灯せるんだから矢もいけんだろ、みたいな軽いノリでやったけど意外と手間取った。
意思疎通がむずかしいと、とにかく時間がかかるのだ。
まあいい、ここはパスッと追尾する矢でハティを……
「あれ!?」
狙いをさだめようとしたら、ハティのすがたがない。
どこいった?
「マスター! よこ!!」
ルディーに言われてみると、馬車と並走するハティのすがたがある。
右に二匹、左に二匹。みごとなフォーメーションで馬車を囲う。
こしゃくな。いぬっころの分際で。
さっそく我が矢の餌食にしてくれるわ!
弓の弦をひく。
が、そのとき、キ~ンと甲高い音がした。
なんだ?
「イタッ! イタタタ」
耳がすっげ~痛い。
音の波だ。ハティが四方向から音をだし、重なり合ったぶぶんが共鳴をおこしているのだ。
クイックシルバーの金切り声みたいなものか。
だんぜん威力は低いが、こちらの動きをとめるにはじゅうぶんだ。
――うっ、しかもなんだか胸がいたい。
やばい。心臓だ。りゆうはよくわからないが心臓が悲鳴をあげている。
「マスター!」
ルディーが風のシールドをはる。
胸の痛みがおさまった。遮断したのは片方だけだが、共鳴がなくなったのだろう。
「テメー、よくもやってくれたな」
矢をはなつ。
荷台をひく馬を襲おうとしていたハティのからだにつきささった。
ボウ!
またたくまに炎につつまれる。
それからハティは悲鳴をあげると地面に転倒、バキリバキリと馬車の車輪にひかれて消えていった。
即死だな。
それにしても馬を狙うとは。
ふざけやがって。
「武器召喚! 鬼火!」
つぎの矢をつがう。
残りのハティは形勢不利とみて、逃走しはじめている。
「逃がすか!」
はなたれた矢はカーブをえがくと、逃げるハティの背につきささる。
炎につつまれるハティ。
これで二匹。次の矢はまにあうか?
……と思ったがひつようなさそうだ。
遠ざかるハティの背に、しっかりとチビクイックシルバーがしがみついているのがみえたからだ。
「いや~、けっこう危なかったな。やっぱ弓だと連続性に欠けるな」
まさか音をぶつけてくるとは。
そんな攻撃、いままでみたことなかった。
同じ種類の魔物でも地域によってとくせいはかわってくるのかもしれんな。
これから気をつけよう。
「ふつうに炎とばせばいいのに。シールドだってはれてなかったし」
身も蓋もないことをいうルディー。
いやいや、武器召喚は男のロマンよ。
いまは矢だけだけど、いずれは弓ぜんたいを炎にしたい。
それに召喚魔法のカモフラージュにもなる。
魔力のこもった武器みたいじゃないか。召喚士じゃなくてめずらしい魔道具もってるだけですよ、みたいな。
はれなかったシールドだが……まあ慣れだろ。
矢のかたちを保たせるのに必死だったからな。
経験をつめば同時につかうこともできるっしょ。
「よ~し、毛皮の回収すっか」
殺したからにはムダにしたくない。
しっかり毛皮をはいで、だれかの役にたってもらおうじゃないか。
こうして状態のよいのが二枚、血だらけが一枚、燃えカス一枚とハティの毛皮を荷台に乗せ、サーパントの街へとすすんでいった。