七十話 愚者は経験にまなぶ
ハチミツはビン詰めにした。
作物ほどの生産速度はきたいできないが、行商の目玉商品になると思う。
とくに巣のしぼりかすからとれた蜜蝋は貴重品だ。
ロウソクとしてだけでなく、魔術の触媒として使えるため非常に高値でとりひきされる。
なんでも武器に塗って呪文をとなえると切れ味が増すのだとか。
精霊にたよらない魔術だから、いまも需要が高いだろう。
いちど包丁にぬって見よう見まねで呪文をとなえてみたが、効果はよくわからなかった。
やり方がまずかったのか、むいてなかったのか。
いずれにしても精霊のちからを取り戻した俺には必要ないしろものだ。
高く売れればそれでいい。
ちなみに、蜜蝋のつくりかたは簡単だ。
砕いた巣を布で巻いて湯にしずめればいい。
ロウが溶けて水面に浮いてくる。それをすくってもいいし、固まるまで待ってもいい。
では、ぼちぼち行商にでかけますか。
とびらをくぐりセラシア村にいくと、馬車に荷をつんでいく。
たびの供はルディー、そしてチビクイックシルバーの三兄弟だ。
まずは北西にあるサーパントの街へむかう。そこからほぼ真北へすすむとあるフォミール砦までが今回の予定だ。
いい取引ができればいいな。
――――――
つけられている。
馬車のうしろをはしるのは四匹のケモノだ。
茶色のたいもうに、鋭い牙とツメ。体高はひとの背丈ほどある。
こいつはハティと呼ばれる大型のオオカミで、性格は臆病かつ獰猛。家畜やたびびとをときおり襲う。
また、執念深いいちめんもあり、獲物が疲労するまで何日もあとをつけるといった特徴がある。
このハティがいま、馬車のあとをトコトコついてきているのだ。
つかずはなれず、ヨダレをたらしながら一定のきょりをたもっている。
これ、スキをみせたら襲う気マンマンだよね。
ちらりとルディーに目をむけると、彼女はおおきくためいきをついた。
「あ~あ、マスターがわるいんだからね」
「うん……」
さいしょは一匹だった。
セラシア村を出て半日、森から草原へと環境をかえたころ、ひょこりとすがたをあらわしたのだ。
「わ~、でっかい犬だね。やっつける? マスター」
ルディーのことばに、しばし迷う。
ハティの毛皮は売れる。冒険者時代は剥いで生活のたしにしていたこともある。
しかし、いまとなっては皮を剥ぐ手間がおしい。
そんなことに時間をついやすより、作物を売ったほうが何倍も儲かるのだ。
「やめとこう。いまさら皮をはぐってのもメンドクサイし。ただ殺すだけってのもな」
「ふ~ん、そうなんだ」
俺は強くなった。それにルディーもクイックシルバーもいる。ハティの一匹や二匹、脅威にはならないのだ。
「シッ、シッ」
手でおいはらう。しかし、ハティはくびをかしげるばかりで逃げるそぶりをみせない。
「ナメられてるんじゃない?」
う~ん、おかしいな。たしかにハティは狂暴だが、あいての強さには敏感だ。
じぶんより強いもの、ケガを負う恐れのあるものはさける傾向にある。
よっぽど腹がすいてるんだろうか?
ここでふと思った。
エサやったら契約できるんじゃね? と。
「ほ~れ、ニンジンだよ!」
馬車を止め、ニンジンを投げる。
パクリ。ハムハム。
あっというまに食べつくすハティ。
「トマトは食べるかな~?」
バクリ。グジュグジュ。
「ジャガイモはどうかな?」
カプ。シャクリ、シャクリ。
「どうだ? うまいか?」
「ウォウ」
満足げなハティ。シッポもピンとたてている。
よしよし。
「俺と契約しないか? 食べ放題だぞ」
「グルルルゥ~」
牙をむき、低くうなるハティ。
なんでやねん。
「やっぱりナメられてるよね」
「うるさい」
ルディーのひとことが、地味に刺さる。
俺は、まだまだ貫禄が足りてないのか。
黙っていても伝わる風格みたいなのがないのか。
けっこう強くなったと思うんだけどなあ。
チンピラみたいに威嚇するしかないのか。
「ゴラァ! だれに唸っとるんじゃい!!」
巻き舌で怒鳴ると、ハティはシッポをまいて逃げていった。
フッ、しょせんは畜生だな。
上か下かでしか物事をはんだんできないのだ。
「おととい来やがれってんだい!」
すてぜりふを決めると、馬車をふたたび走らせた。
カポコン、カポコン。
トットットット。
カポコン、カポコン。
トットットット。
「増えてるね」
「そうだね」
馬車のあとをついてくるのは、もちろんハティだ。
それも四匹。一匹にひきつられ、あらたにでてきた三匹がヨダレをたらして追ってくる。
あの先頭の一匹はエサをやったやつだろう。
しめしめ、カモをみつけたぞ、みたいな表情がなんとも腹立たしい。
くそう、これまでのパターンなら契約できると思ったのに。
むむむむ……
よし、死刑!