六十八話 もりあがったすえの
「ふたりだけでなに喋ってんスか~」
フィリップと会話していると、だれかが割りこんできた。
見ればセラシア村で住人を燃えた家からたすけようとしていた冒険者だ。
えっと、名前はたしかスクレだったか。
さいきん雇った、セラシア村からパラライカの街まで行商をしてもらう三人組のなかのひとりだ。
「こっちきて飲みましょうよ~」
かなりできあがってるようすだ。
なれなれしくフィリップの肩に手をまわしている。
「いま大事な話をしてるから……」
絡まれたフィリップは困り顔。
うん、酔っぱらいの相手ほどメンドクサイものはないからな。
理論もつうようしないし、なに話しても、そもそも覚えていなかったりする。
そんなときの対処法は、自分も酔っちまえ! だ。
木をかくすなら森の中。酔っぱらいには酔っぱらいをだ。
話もだいたい終わったし、もういいだろう。
「スクレ、注いでくれ」
入った酒をいっきに飲み干すと、カラのさかずきをスクレにむけた。
焚き火をかこんで、みなで大合唱がはじまった。
はじめて聞く歌だが、俺もなんとなくで歌ってみる。
それでかまわない。まちがいを指摘するヤボなやつはここにはいない。
なかなかちからづよい歌だ。
歌詞から想像するに開拓者の歌っぽいが、俺以外全員うたえてるところをみると、かなり有名な曲なんだろう。
「セラシア村の発展に!」
「若き英雄に!」
「え~っと……金!」
ところどころで合いの手がはいる。
なにかをたたえたり、ねがったりする言葉のようだが、みっつ目はかなり直球だ。
言ったのは赤毛のおんな冒険者か。
夢も情緒もないが、まあ金はだいじだよな。正直でよろしい。
ワイワイがやがや。
酒もすすみ、ろれつが怪しいものもチラホラでてくる。
フィリップの視線はさだまらず、おんな冒険者はゲラゲラと笑い転げる。
ヒゲの冒険者にいたっては、イスがわりにしていた丸太の節を執拗になでている。
「ひょっと、便所」
スクレが席を立った。フラフラとした足取りで暗闇へと消えていく。
だいじょうぶか、アイツ? かなり酔ってるぞ。
ちゃんと便所にたどりつけるのか?
……まあ、いいかべつに。いまの気温ならそのへんで寝てしまっても死にはせんだろ。
フィリップの皿にのっていたキノコの天ぷらを、ひょいとつまみあげた。
「はれ? すふへは?」
直火で焼いている串差し肉をボーっとみつめていたところ、おんな冒険者がそういった。
そういえば遅いな。便所にいったのはけっこう前だったが。
「便所だよベンジョ」
「長いな。ウンコか?」
ガハハとみなで笑いあう。なんだかおもしろい。便所が長い、ただそれだけなのにおもしろくてしかたがない。
「われを呼ぶもにょはだれだ~」
とつじょ暗闇からヌボーっと、なにかがあらわれた。
スクレだ。なんかしらんが、シャツをまくりあげてあたまにかぶっている。
そして手には、こ汚いヤリだ。
「ぶはは。なんだそれ!」
ヒゲの冒険者がわらう。俺もどうじに笑い声をあげた。
なぜなら、むきだしになったスクレの腹には、ヘッタクソな人の顔が描かれていたからだ。
つぶらな目、ダンゴっ鼻、おおきなくち。
ブッサイクなのに、なんともクセになりそうな顔なのだ。
「神罰がくだりゅぞよ~」
スクレは声にあわせて腹をうねらせる。
描かれた顔がまるで喋っているかのようにみえる。
ブハハハ、くだらねえ~。
みなで腹をかかえて笑う。気をよくしたスクレも悪ノリし、「目にゴミが」と言いながら黒目にぬった乳首をこすりだす。
「わははは」
「やめろ~」
そのとき、暗闇からもうひとりあらわれた。
全裸だが、あたまには桶。腹にはスクレどうようおおきな顔が描かれている。
「おお! すげ~」
「スクレよりリアル」
どよめきがおこった。
そうなのだ。コヤツの描かれた顔は、絵とは思えないほどの精密さで、鼻にいたってはちゃんとおうとつまである。
「なゕ……マ」
腹についた口がモニョモニョと上下にうごく。
ムハハハ、むだにクオリティーたけぇ~。どうやってんだよ、アレ。
「そうだ。おれたちはなかまだ」
スクレはあたらしく出てきたヤツと肩をくみはじめた。そしてうたいだす。
「この大地に~うまれた~われらの~」
スクレは腕をふる。
超ノリノリだ。
やがて腕のふりはおおきくなり、となりのヤツのかぶった桶にコツンとふれた。
カラン。
桶は地面におちる。
「え?」
「は?」
みながおどろきの声をあげた。
桶のしたには、あるべきはずの頭がなかったのだ。
オットー子爵のことばがよみがえる。
戦で首をはねられた男の霊が、いまもなかまを探してさまよってると。
――こいつはアケパロスか!!
アケパロスはくちをゆがめてことばを発する。
「なゕぁ……マ」
クソッ、油断した。ここまで接近をゆるすとは。
「スクレ、そいつからはなれ――」
「あー、サモナイトさんのなかまですか」
危険を伝えようとしたところで、のんきな言葉をかぶせてくるスクレ。
バカ、おまえ――
「いや~、びっくりした」
「ほんとですよ。言っていただければちゃんと席を用意いたしましたのに」
ほかのやつらもまったく緊張感がない。
フィリップさえそうだ。
精霊やクイックシルバーをみて慣れてしまったからか。
マズイ、火よ――と手に炎を灯そうとしたところで、うごきをとめた。
なにかようすがおかしいのだ。アケパロスは、こちらに危害をくわえようというそぶりをみせない。
それどころか、みなのリアクションにまんざらでもなさそうだ。
もしかして。
「なかまになりたいの?」
そう尋ねると、アケパロスはおじぎをした。
あー、うなずいたってことか。首がないもんな。
う~ん、まさかの展開だ。
まあ、いいか。とりあえず契約できるかやってみよう。
「わが名はエム。なんじアケパロスとの契約完了を、ここに宣言する」
お互いの体が光った。
できてしまった……
ほんまにええんか? これで。
――――――
翌日、セラシア村は騒然としていた。
「サイフがねえ!」
「全財産だったのに……」
お金を落とした者。
「あー、ハゲてる」
「からだが痒~い」
焚き火の火の粉がとんで、あたまにハゲができた者。
謎の虫にからだじゅうを噛まれた者。
そして、俺は……
「フィリップ、はやく代われ!!」
トイレのドアを叩いていた。腹をこわしたのだ。
「いやだ! そのへんでしてください!」
原因はたぶんキノコの天ぷら。フィリップをふくめ、食べた者みな腹をくだしている。
くそ~、これがアケパロスの顔をみたら不幸になるってやつか。
なんてこったい。