六十七話 宴会
「サモナイトさん!」
村に入ると、かけよってくるものがいる。
フィリップだ。うすよごれた長靴にドロまみれのシャツ、そしてひたいににじんだ汗が、労働のあとだとものがたっている。
「精がでますねフィリップ卿」
「はは、その呼び方はなれませんね……」
「作業のほうはどうですか?」
「ええ、教えてもらいながらなんとかやってます」
復興ははじまったばかり。
助けられつつ皆と汗を流す。一体感をえるにはこれ以上ないシチュエーションだろう。
まとめ役としてフィリップはうまくやっていけそうだ。
「暗くてよくみえませんが、防壁のほうはどんなもんでしょう?」
「はい。精霊でしょうか、かれらの力はすごいですね。あっというまに完成してしまいました」
どうやらノームががんばってくれたようだ。人力だとたいへんだからな。非常にたすかる。
ただあとで、こき使うなともんく言われそうだけど。
「材木はどうですか? 足りてますか?」
「ええ、むやみやたらに切るな、ですよね。専門家の方も、これだけあればいまのところ十分だとおっしゃってました」
木は計画的に切っていきたい。街道となるばしょか、間伐材をつかって森の生態系をこわさないようにしなきゃならん。なにせ――
「木がひとりでに歩きだしたときには、みな腰を抜かしてましたよ」
ドライアドに怒られちまう。
こんかいは彼女にも手伝ってもらった。彼女は自然のなりゆきに任せるかんがえの持ち主だが、自然そのものを破壊する行為は許さないだろう。
俺もまあ、だいたい同じような考えだ。
なぜこの世界から精霊が消えたかはわからないが、どうせ目指すならひとと精霊が共存できる世の中をつくっていきたい。
しかし、絵面がすごそうだ。
ジャマな木が根っこごと歩きだして、みずから加工場へとむかうのだ。
こわいだろうなー。
材木に加工したやつもよく切ったよ。
木はそのご動かなくなるが、俺ならそんなもんにノコギリいれたりは怖くてできんよ。
「ただ、農地をどうすればいいのかと思いまして。いまある分はそのまま使うとして、こんご拡張するとしたら防壁のそとに作ってしまっていいものかと……」
うん、そうだね。村を防壁でかこってしまえば安心ではあるが、農地を増やすとしたらそとにつくるしかないわな。
防壁内のスペースには限りがあるし、いろいろと施設をつくっていかなきゃならんし。
「ちょうどそのへんをフィリップ卿とお話しできればなと思っていたところです」
「そうですか! それはありがたい。なにせ先にこられた方たちから、サモナイトさんは行商におでになると聞いたものですから」
先にこられたってのは冒険者三人組だな。
あいつら~。ひとを置いてけぼりにしてどこいった?
――まあ、オットーが運転しとるからどうしようもないんだが。
それでも出迎えぐらいはだな……あ、いた。
なんか向こうのほうでモジモジしてる三人組を発見した。
これはアレだ。
謝りたいけど怖くて言いだせないパターンだ。
イタズラしたら意外と被害が大きかった子供によくあるやつだ。
「さしでがましいとは思いましたが、わたしから彼らにはひとこと言わせていただきました」
俺の視線と表情から察したのだろう、フィリップは冒険者三人をみてそういった。
お! 説教してくれたんか。
イケメンやな。
たぶん俺のためだけじゃなく、あいつらをかばう面もあるんだろうな。
じぶんが怒ったから、あんま叱らないでやって的な。
べつに怒りはせんけどな。今回はどうしようもないし、そもそも荷をとどけることに集中しろって伝えてるし。
商隊をくむなら一番遅いものにあわせる、単独行動はしない、とかいろいろあるんだろうけど、俺も新米でよ~わからんし。
おたがいちょっとづつ覚えていけばいいと思う。
とりあえずは荷より、あいつらが死なないことのほうが大切だ。
作物は次から次へと新しいものができるが、人材はそうはいかんからな。
「じつはこれから皆で食事をたべるんです。そこでお話しませんか? もちろん、彼らもいっしょに」
フィリップはつづけてそう言った。
ええヤツや~。
――――――
宴会がはじまった。
さいしょは焚き木をかこみ静かに食べていたが、しだいに話し声は大きくなり、ついにはどんちゃん騒ぎへと変わった。
原因は酒だ。行商でつかう分をおすそ分けしたのだ。
酒を提供するさいに「いいのですか?」とフィリップに問われたが、まあ問題なかろう。
夜だけに限定すればいい。ここにはまだ何もない。すこしは娯楽もひつようだ。
費用だってそれなりになるが、すぐ取り返せる。
三人組ががんばってくれるハズだ。
「われらが~♪」
「でへへ、そんときよ~。おらぁ言ってやっらんよ」
いい具合に酒がまわってきたようだ。大声でうたうもの、ずっと同じ話をするものと、じつに騒々しい。
これなら大事な話をしても聞かれないだろう。
「これからセラシア村とパラライカの往復は例の三人組がおこなう」
「はい」
声のトーンをおとして、となりにすわるフィリップに語りかけた。
俺も彼も酒をのんでいない。杯には口をつけるだけにとどめている。
「彼らがでいりする例の場所は、神様をまつる祠とする。立ち入りを過度にせいげんする必要はないが、よそものを近づけないようたのむ」
「わかりました」
例の場所とは精霊の世界へとつづくトビラがある建物だ。
トビラは俺以外にはみえないが、運び込んだ作物を盗まれるのはこまる。
いずれ監視するものを雇うひつようがありそうだ。
ちなみにフィリップには精霊の世界について、すこしだけ話してある。
そこでつくった作物を商売の原資にすること、またそれらの一部をセラシア村に提供することなどをだ。
「セラシア村はこれまでどおり作物を育ててもらうが、主産業は加工品にしていきたい」
「加工品ですか」
「パンやジャムといった運搬に適したものだ。あとはチーズやベーコン、それら材料をえるための畜産もやってもらいたい」
「なるほど。とするとなかなかの規模になりそうですね。セラシア村の住人だけでは手がたらなさそうです」
「そうだな。べつの街からの移住をもちかける必要があるかもしれないな」