六十六話 怪異
なんであんなところに?
さきほど通りすぎたハズだ。
だが、木によりそう奇妙な後ろ姿は、またしても前方の森の中にたたずんでいる。
なんなんだ、いったい!?
ふたたび馬車はとおりすぎる。
ふりかえってみても、奇妙な後ろ姿は身じろぎもせず、やがて暗闇に消えていくのみだ。
なんだよこれ。
魔物か?
しかし数年冒険者をやっていて、こんな魔物は見たことも聞いたこともない。
前方にまた見えた。
全裸でヤリを持った、首のみえない後ろ姿だ。
これまでとまったくおなじ。
――いや、ちがう。
姿勢はおなじだが、立っている位置がちがう。
最初は森の中、つぎは道にほどちかい木のよこ、いまは峠道すれすれだ。
近づいている!!
どうする。攻撃するか?
いや、なんとなくだが刺激しないほうがいい気がする。
けっきょく決断できぬまま、馬車でよこを通りすぎていった。
クソッ、なんか嫌な感じだ。
このままあいつが近づいてくるのならば、つぎは道の真ん中だ。
馬車をとめるか、そのままひくか選択しなきゃならない……
――ヒヤリ。とつじょ背筋に悪寒がはしった。
なにものかの気配を感じる。背後だ。俺のすぐうしろになにかがいる!!
まさか……
「あるじどの」
「ぴやああ~~!!!」
ふりむいてみればオットー子爵であった。
なんだよチクショー。おどかすんじゃねえよ。
「心配になってな。ようすを見にきた」
おそいよ。最低のタイミングだよ。
しかし、まあ、もどってきてくれたのはありがたい。
けっこう心細かったからな。
「ほかのやつらはどうした?」
「すでにセラシア村に到着している。問題なしだ」
そうか、よかった。
となると、この怪異は俺だけか。
よかったというべきか、わるかったというべきか。
「すまぬが日が暮れる前に村へつくことを優先させてもらった」
「ああ、それでかまわない。これからしばらくは別行動になるしな。オットーは、あいつらをしっかりみてやってくれ」
あいつらとはもちろん冒険者三人組のことだ。
まだたよりないからな。
「わかった。しかし、あるじどのにも怖いものがあったのだな」
「そりゃあるよ。世の中のものはだいたい怖い」
いまのはビックリしただけだけどな。しかし、怖いものだらけなのも事実だ。
貧乏だって怖いし、病気やケガもそうだ。そして、もっとも怖いのはひとの悪意だ。
「たしかに。いくら強かろうが権力をもっていようが、死ぬときは死ぬ。注意をおこたらないのはよいことだ」
オットーが言うと説得力があるな。なにせ死因は毒殺。
これこそ悪意の塊だろう。
どうがんばっても防げないものもある。
少しでも可能性を減らしていくしかない。
たにんの力をかりても。
「オットー、じつは変なヤツにつきまとわれているみたいだ」
さっそく頼る。
俺は召喚士。たにんの力をかりることにためらいなどない。
「うむ、わたしも妙な気配をかんじる」
オットーも気づいていたか。
だから引きかえしてくれたのか。ええヤツやんオットー。
こうなりゃもっと頼っちゃお。
「運転をたのめるか? 俺は周囲のけいかいをする」
「御意」
ザザー、ザザー。
強風が木々をゆらす。
とおくでボーボーと鳴くのはミミズクだろうか。
右に目をこらす。
うっそうとしげる森はやみにつつまれている。
鬼火の照らす炎はなにもうつさない。
左を見る。
奇妙な後ろ姿の、影もかたちもみあたらない。
「あるじどの」
「なんだ?」
「なにを見た?」
なにって。う~ん、どう表現したらいいものか……
「全裸のヤリをもった後ろ姿だ。通りすぎても通りすぎても、前にいるんだ」
「ふむ」
オットー子爵はなにやら考え込んでいるようすだ。
「心当たりがあるのか?」
「すこしな。して、あるじどのはそいつの顔をみたのか?」
「いや、みていない。うつむいているのか首からうえがみえないんだ」
「ふ~む……もしかしたらアケパロスかもしれんな」
「アケパロス? なんじゃソイツ?」
「領主時代に領民から報告があがっておってな。ひとりで夜道を歩いてるとすがたをみせるそうだ」
うわ~。ひとりのときを狙うとか、いやなヤツだな。
「なんでも戦で首をはねられた男の霊だとか。なかまをさがしていまもさまよってるらしい」
……いやな話だ。
魔物がいるからって人間どうしのあらそいがなくなるワケじゃない。
そのアケパロスとやらが戦で死んだかわからないが、戦があったのはじじつだろう。そういった話がむすびついて怪異となったりするものだ。
しかし、首なしか。
だから首からうえが見えなかったんだな。
うつむいてるのではなく、そもそもなかった。
同情すべき話だが、捨ておけない。
行商のルートにそんなものあったら、商売あがったりだ。
さしあたって、そいつに敵意があるかどうかだが……
「攻撃してくるのか?」
「いや、基本おどかすだけだそうだ。ただ――」
ただ、なんだよ。
「アケパロスの顔を見たものは不幸になると伝えられている」
「なんじゃそら!? なんだよ不幸って。ウソくせえなあ。そもそも首がないのにどうやって顔をみるんだよ」
「わたしにもわからん。なにせ伝聞だけであるからな」
やがて馬車はセラシア村へと到着した。
奇妙な後ろ姿にであうことは、けっきょくなかった。
「……ぉぃてヵナイデ……」
ただ、葉っぱのこすれる音がひとの声のようにきこえただけだった。