六十話 顔つなぎ
「ずいぶんと景気がよさそうだな」
連れてきた冒険者をゆびさしそう言うのはトレンドだ。
馬車はなんのとどこおりもなくパラライカへとついた。時刻はすでにゆうがたになっており、市場がしまるギリギリでなんとか滑りこんだところである。
「まあな、行商ルートを確保したんでな。さっそく従業員を雇ったんだ」
ふところ事情は火の車だが、ここはハッタリをかます。
商売はナメられたら終わりだ。
誰だって落ち目なとこよりも勢いのあるところと取引したいとおもうだろう。
――いや、しらんけど。
「で、ぜんぶでいくらになる?」
俺の言葉にトレンドは「そうだなぁ~」とあごを触りながら考えたのち、ゆびで一と五の数字をしめした。
ふむ、金貨15枚か。
なかなか上乗せしてくれたようだ。俺の試算では金貨13枚と銀貨8枚だったからな。
う~ん、こちらとしてはありがたい話だが、つぎからは冒険者どもが売りに来るしな……
そうやって思案している俺の表情をみてか、トレンドが問いかけてきた。
「なんだ、不満なのか? これでもけっこう色をつけたんだぜ」
「いや、金額じたいに不満はないんだ」
問題は買い取り額のバラツキだ。
出荷数から金額が予想できないとなると、わざわざトレンドに確認しにこなきゃならん。
冒険者が売り上げをくすねる可能性があるからな。
まあ扉をくぐればすぐだし、オットー子爵の監視もあるから大丈夫っちゃあ大丈夫なんだが、これまで裏切られつづけたせいか疑い深くなってるんだよなあ。
「いやね、買い取り額を一定にできんもんかと思ってな」
「あん? つねに同じだけのもうけが欲しいってことか?」
「ちがうちがう、商品によって値段を固定化できないかってことだ。トマトひと箱いくらとか……」
「あ~、そりゃムリってもんだ。品質がおなじでも季節によって買い取り額がかわる。市場に運び込まれる数がおおくても単価はさがるしな」
だよなあ。作物には旬ってもんがある。
うちは年がら年中収穫できるが、他んとこはそうはいかんしな。
旬には商品がダブつき、買い取り額がさがる。ぎゃくに季節はずれは希少価値があがり買い取り額もアップするってことだな。
値段を固定化するのはむずかしいか。
みなが作れない時期につくれるのがうちの強みでもあり、逆に冬野菜がつくれないのが弱点でもあるんだな……
「いや、つまらんことを言った。わすれてくれ。買い取り額はそれでかまわない」
「よし、すぐに金を用意する。ヘンリー!」
ヘンリー? トレンドの言葉にいっしゅんハテナマークがうかぶが、ゴリラ似の男が金をもってきたところで思いだした。
そうそう、このゴリラがヘンリーだったか。
いや~覚えられねえからゴリッポとかに改名してくんねえかな……
ゴ……ヘンリーから金をうけとる。
いち、にい、さん、しい……たしかに金貨が15まいある。
まいどあり~
チャラリと金貨を財布にしまおうとして、ふと背後でどよめきがおこってることに気がついた。
振り返ってみると、冒険者たちが食い入るように金貨をみている。
「金……」
「じゅうごまい?」
「あんなに……」
いや、おまえらやりとり見てただろ。
ちゃんとトレンドがゆびで十五だしてたじゃんか。
まあ、金貨1まい銀貨5まいと勘違いしてかもしらんけど。
鉄級冒険者の日当は銅貨だからな。実入りのいい依頼でも銀貨まではとどかない。
ビビルのはじゃーないっちゃあ、しゃーないか。
「トレンド。こんどからは、こいつらが俺のかわりに作物を売りにくる。不慣れだからイロイロ教えてやっちゃくれねえか?」
「ん、まあべつにかまわんが……」
トレンドは俺の耳もとに顔をよせると、「大丈夫か? けっこうな大金だぞ」とささやく。
まあなあ。金額が金額だ、こいつらがいのちをかけて持ち逃げしようと考えてもふしぎではない。
まっ、そんときはそんときだ。
一回の行商の売り上げなどなくなってもどうってことはない。
いまは信用できる仲間をみつけることがせんけつだ。
冒険者なら替えがきく。裏切るのならむしろ早いほうがいいぐらいだ。
そうだな……いま一番こまるのはトレンドに裏切られることだ。
これだけの作物をさばける者など仲買人でもそうそういないだろう。
事業をかくだいするに不可欠なそんざいになってくるにちがいない。
幸運なことにルディーの調査では彼はシロだ。
俺としては信じてすすむしかないのだが、さて。
「なあ、サモナイト」
トレンドはおちついたようすで言葉をつむぐ。
「まえにも言ったとおもうけどな。あんまひとりでしょいこむんじゃねえぞ。できるかぎり俺もちからになるからさ」
お、おう。
なんだよその味方アピール。
逆にふあんになってくるんだが。
「あるじどの」
そのときオットー子爵が耳もとでささやいた。
なんだ? めずらしい。
「我ら、さきほどから見られておる。あそこの陰だ」