五十六話 戦後処理とこれから
交易都市パラライカは英雄の誕生にわいていた。
なんとあのゴブリンキングを打ち倒したというのだ。
しかも倒したのは、じゃっかん十七歳。鉄級の冒険者である。
あまいマスクに長身で均整のとれたからだつき。この若き英雄に民衆が熱狂しないワケがない。
ひとびとは彼のすがたをひと目みようと、沿道から身を乗りだす。
若い娘は恋人となる夢をみ、幼いこどもたちは自分もああなるんだと羨望のまなざしでみつめる。
老いたものさえも新時代の幕開けを予感し、彼をたたえた。
「あの、サモナイトさん」
「シッ、みなが見てる。おまえはとにかく笑顔で手をふりつづけてろ」
となりにすわるイケメン冒険者が、なんとも不安げな表情で俺に語りかけてきた。
まあ無理もない。実感もないのに英雄にまつりあげられてしまったのだから。
あれもこれも、すべてはあのとき冒険者ギルドでの一幕からはじまったのだ。
ゴブリンキングを倒したのち、俺たちはパラライカの街へと帰った。
討伐の証明としてゴブリンキングの死体、シャーマンの仮面を馬車につんでギルドへと報告にいく。
そこで冒険者ギルドはハチの巣をつついたような騒ぎとなる。
ゴブリンキングといえば災害と認定されるほどの魔物だ。
じっさいキングに率いられたゴブリンの群れに滅ぼされた街もあるという。
キングの出現だけでも、街中が大騒ぎになってもおかしくない。それが死体をひっさげて帰ってきたのだ。ギルドの慌てようといったらなかった。
「セラシア村にキングが!」
「まさか、そんな」
「どうやって倒したんだ!?」
みなが口々にさけぶ。
そのときすかさず俺は言ったのだ。
「倒したのは彼です!」とイケメン冒険者を指さしながら。
俺はもう冒険者ではない。キングを倒したと注目されたところで、たいしたメリットなどない。
むしろ動きに制約がかかるだろう。
だったら別のだれかになすりつけてしまえばいい。みがわりをたててしまえばいい。
もちろん、イケメン冒険者は否定しようとした。
だが、しゃべらないほうがいいぞと耳打ちすると、彼はおしだまった。
周囲の冒険者も異をとなえない。ひきつった顔でサモナイトさんの言う通りですと口をそろえるばかりだ。
ここにはもう俺に逆らうやつはいない。真実は闇のなかだ。
多くのものは俺がキングを倒したとしっている。だが、怖いのだ。俺がというより俺の軍団が。
こんかい依り代をつかって精霊たちを召喚した。みなの目にも精霊たちのすがたがみえたのだ。
とくにインパクトがあったのがクイックシルバーだろう。
全身から血を流して息絶えるか、生気を吸われて干からびる。
自分がそんな目にあうのかと想像すると、とても逆らおうなんて思わない。
なにせクイックシルバーは壁をすり抜けるのだ。どこに隠れようがおかまいなし。気づいたときには死んでいる。
もちろん、彼ら冒険者たちにはアメも用意した。
これからセラシア村の復興に冒険者がかりだされるだろう、その金銭的なバックアップと食事の提供を約束したのだ。
それだけではない。冒険者数名を破格の金銭で雇い入れた。
聖堂に逃げ込まなかった、赤毛の女、ヒゲの二名。それから食事をつくるように頼んだブロッコリーあたま。そして燃えた家から村人を救おうとした冒険者だ。
働きによっては、かれら以上の金銭で雇うと宣言したのだ。
かねづるだと考えたものは、わざわざ儲け口をつぶしたりしない。
恐怖にかられたものは、関わりたくないと口をつぐむだろう。
これで俺のことは陰で噂することはあっても、おもてだって言うものはいない。すくなくともしばらくは。
それからいちにちたって、イケメン冒険者が領主に呼ばれた。
イケメン冒険者はなにごとかと戸惑っていたが、だいたい想像がつく。
こんかいはどう考えても冒険者ギルドの失態と領主の怠慢だ。
矛先をかわそうと打ってきた手なのだろうと。
それが、いま行われている英雄のお披露目パレードだ。
領主は、民衆たちの目がじぶんたちにむかないようにと、わかりやすいヒーローの誕生を演出しているのだ。
こうなってしまえば、英雄の誕生にケチがつくことを領主はゆるさない。
調べることすら禁忌になるだろう。
もちろん、冒険者ギルドだってそれに加担する。まったくうまくいったもんだ。
騎士に前後をはさまれ、馬車をはしらせるのは俺。となりにイケメン冒険者がすわる。
「フィリップ。これから騎士になるんだろ? 胸をはれ。重要なのは過去じゃない、これからなにをなすかだ」
イケメン冒険者あらため、フィリップ騎士にかたりかける。くしくも俺がオットー子爵に言われたセリフとかぶってる。
この若き英雄フィリップはパレードののち爵位をたまわる予定だ。
士爵。騎士として一代限りの爵位ではあるものの、冒険者としてはまれにみる出世だ。
英雄譚として吟遊詩人にうたわれる日も近いにちがいない。
しかし、士爵ねえ。
領主の考えが透けて見える。たぶん、これからも俺の想像どおりことが運ぶだろうな。
「まあ、なんて恐ろしいすがたなの?」
「よくあんなバケモノを退治したものだ」
沿道にいる民衆が顔をしかめる。
彼らが言うバケモノとはゴブリンキングだ。
馬車の荷台にのせられたその死体に、彼らは息をのみ、罵声をなげかける。
若き英雄の業績をうたがうものなどいない。
じぶんたちがさらされていたかもしれない脅威と、それをとりのぞいてくれた英雄にみなが感謝するのだ。
「英雄だ」
「身をていして村をすくったんだ」
とくにフィリップのあたまにまかれた包帯が激戦をものがたっている。
民衆にひつようなのは英雄という偶像。
――あたまの包帯は、じつはキングに跳ね飛ばされたときの傷なんだとか、たまたま落ちていたヤリにゴブリンキングがささっただけとか、そんな細かいことはどうでもいいのだ。