五十五話 決着
「グオアアア」
ゴブリンキングはほえる。空気がビリビリと振動する。
ヘッ、ご立腹か? 手下のふがいなさにキレてんのか?
それとも悲しみなのか?
築き上げてきたものがくずれるさまに悲鳴をあげてるのか?
ふん、どっちでもいいさ。
これも生存競争。
おまえたちは俺たちより弱かった。ただそれだけだ。
地の魔法で地面をうねらせると跳躍、風魔法で自身のからだをおしだし、ゴブリンどもをとびこえる。
後方で陣取るゴブリンキングを射程にとらえた。
ちからがあふれてくる。
負ける気がしねえ。
「火よ」
両手のひらに炎が灯る。
鬼火ではない。ただの炎。
召喚はつかえない。精霊たちはみな呼びだしてしまったからだ。
だが、じゅうぶんだ。精霊魔法だけで倒してみせる。
頭上から炎をゴブリンキングめがけて投げつける。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
ちいさい炎だ。それでかまわない。牽制だ。
ゴブリンキングはおおきくさける。
さきほどの紙一重の動きとはまるでちがう。
鬼火の炎がよほどこたえたのだろう。予想通りだ。
地面に着地すると、ゴブリンキングの行く先をよんで穴をほる。
地魔法のイヤガラセだ。でこぼこをつくって回避しずらくしてやるのだ。
「オラオラオラ」
炎をとばしまくる。
穴に気をとられ、動きに精鋭さをかくゴブリンキング。
ハッツハッツ。どうだ、人間の知恵は。弱火でじっくりコンガリ焼いてくれるわ!
ゴブリンキングは、やがて足をとられる。膝をつくていどだったが、これでかわすのは難しくなった。
チャ~ンス。
すこし大きめの炎をうみだすと、ゴブリンキングめがけて放った。
ついに被弾――と思ったが、こん棒でガードしやがった。
こしゃくな。
「フシュ」と短く息を吐くと、ゴブリンキングは一転、まっすぐ突っ込んできた。
覚悟を決めたか。
ふたつみっつと炎をとばすも、こん棒でうけ、歩みをとめない。
ふりかかる火の粉にも目もくれない。いい根性だ。
だが――
ドゴリと音がしてゴブリンキングの前進がとまった。
風魔法のシールドだ。
なにがおこったのか分からないのだろう、ゴブリンキングは困惑の表情をみせる。
ククク、さてさておサルさん。つぎはどうでる?
進みたいけど進めない。スンスンと匂いを嗅ぐゴブリンキングは、透明な壁があると悟ったようだ、右にまわりこもうとする。
だが行かせない、その視線のさきに土魔法でボコリと穴をほる。
お見通しだぞ、との意思表示だ。
ならば反対だとゴブリンキングは左を見る。やはり土魔法で穴をほる。
ホレホレ、選択肢がへってきたぞ。
ゴブリンキングは歯をむきだしにして、こちらをみた。
すごく悔しそうだ。
ハッツハッツ。やはりサルよのう。たたかいでは苦しいときほど平気な顔をするものだ。苦しい胸の内を敵にさらしてどうする。
両手に炎を灯す。これまでで一番おおきな炎だ。
こん棒では防ぎきれまい。これで決める。
ゴブリンキングは後退した。
一歩、二歩。
そうだ。おまえにできることは少ない。
逃げるか、上に飛ぶかだ!
が、ゴブリンキングはこん棒をふりおろした。見えない壁めがけて。
――え? そっち!?
ピシリと空間にキレツがはしった。シールドの耐久力をうわまわったのだ。
マジかよ。なんつーバカぢからだ。
ニヤリと笑うゴブリンキング。
つぎで破壊できるだろうと確信している顔だ。こちらを見たままこん棒をふりあげる。
やっぱサルだな。
ゴブリンキングがこん棒をふりおろすタイミングにあわせて、風魔法を解いた。
ふりおろされるこん棒。だがそこにはもう壁はない。
いきおいあまったゴブリンキングは前方におおきくバランスをくずした。
いまだ!
炎をとばす。
だが、ゴブリンキングはそのまま前方に宙返りすると、勢いのままこん棒をなげつけた。
げ!!
衝突する炎とこん棒。はげしく火の粉をちらす。
まずい、追撃が!
接近にそなえ、ふたたび風のシールドをはる。
しかし、ゴブリンキングのすがたは近づくどころか遠ざかっていた。
逃げたのだ。林めがけて一目散に走る後ろ姿がそこにある。
邪魔な配下を蹴散らしすすむその背中は、王の威厳などない。
せっきょく、最後までサルだったな。
「ふぎゃ」
あ、イケメン冒険者がはね飛ばされた。
最後の最後でツイてねーな、アイツ。
ゴブリンキングの逃亡を皮切りに、ゴブリンたちが一斉ににげだした。
それはそうだろう。かんぜんに勝敗は決したのだ。
ゴブリンごときに命を賭して王をにがす忠義の者などおるまい。
「ねえ、キングを追わなくていいの?」
ルディーが問いかけてきた。
逃げればまた数を増やして襲いにくる。トドメをささなきゃ終わらないってことなんだろう。
いや、大丈夫だろ。だってあそこにはさ。
ゴン! と鈍い音がしてゴブリンキングが宙を舞った。
ドライアドだ。彼女があやつる巨木の一撃をまともにくらったのだ。
おー、痛そう。
不意打ちだ。さぞかし効いただろう。
んじゃ、トドメをさすとしますか。
近づきながら炎を手のひらに灯す。
ん? なにかようすがおかしい。
ゴブリンキングはビクリビクリと痙攣するだけで、そこから動こうとしない。
あれが致命傷だったか?
逃げられぬようみなで包囲しつつ近づいてみると、ゴブリンキングの口から金属の棒が生えているのに気づく。
んん? あの棒、なんかみたことあるぞ。
あ! あれイケメン冒険者のヤリじゃねえか!!
鉄級冒険者がゴブリンキングをうちたおした瞬間である。