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五十二話 別視点――受付嬢ミーシャ

 ゴブリンがセラシア村を襲った?

 ミーシャは自分の耳をうたがった。

 しかし、緊急受付から聞こえてくる男の声はまぎれもなくゴブリンの襲撃をつたえている。


 はぐれ? いや、討ちもらしがそっちにいったのかもしれない。


 最近ギルドに、ゴブリン巣を発見したとの報告があった。

 それも、なかなかの規模。上位種のホブゴブリンもいたという。

 ゴブリンの成長ははやい。放置すればさらにふくれあがる。

 ギルドは緊急招集をかけ、ゴブリンの巣をたたくことにした。


 冒険者は銀級、銅級を中心にあつめられた。

 鉄級ではホブゴブリンを相手にするのは危険だからだ。

 そうして編成された冒険者の集団はゴブリンの巣を急襲した。

 結果はじょうじょう。

 多少の犠牲をだしつつも、壊滅状態へと追い込んだのだ。


 その知らせがきたのがついさきほど。

 そしていま、セラシア村がゴブリンに襲われたとの報をうけている。

 残党が流れていったと考えるのが自然だった。


 巣があった場所とセラシア村との距離はそこまで離れていない。おそらく、混乱のさなか逃げ出した者たちか、狩りにでていた者たちが、惨状を目にして巣には戻れないと流れていったのだ。

 そして、いきついたさきがセラシア村。


 失態だ。かんぜんにギルドの失態。

 早急に手をうたねばならない。セラシア村に冒険者を派遣しなければならない。

 だが、主だった冒険者たちはゴブリン巣へと向かったまま、まだ帰ってきていない。

 かえってきたのはギルド直属の斥候だけ。


 任務を終えた冒険者たちは、いま、おもいおもいに帰途についているはず。

 軍隊ではない。任務が終わればバラけてしまうのだ。いまさらセラシア村へむかえと指示することもできない。


 いま、街に残っているのは依頼を断った銀級、銅級が数人、それと鉄級冒険者だ。

 いちど断った冒険者が、残党処理をひきうけてくれるとも思えない。

 となると、派遣するのは鉄級冒険者になるが……

 問題はホブゴブリンだ。セラシア村を襲った中にいないともかぎらない。


 そうやってミーシャは思考をめぐらせていたが、男の声で現実にひきもどされる。


「すみませ~ん。商人ですが行商の護衛を雇いたいんですがー」


 ――お客さんだ。

 いけない、いけない。

 わたしの仕事はうけつけ。あれこれ考えてもしかたがない。

 自分ができることなんてたかがしれてる。

 ミーシャはむりして笑顔をつくった。


「ご依頼ありがとうございます。失礼ですが、はじめての方でしょうか――」




――――――




「ゴブリンの討伐には鉄級冒険者を向かわせる」


 ギルド長が言った。

 その日の業務が終わり、夜間のスタッフとの引継ぎのさなかだった。

 ミーシャは決定にずいぶん時間がかかったなと思った。


「この任務には領主さまから補助金がでる。彼らには稼ぐ、いいチャンスだろう」


 補助金? そうか、ギルド長はセラシア村襲撃を領主さまにしらせにいったんだ。

 もしかしたら、兵士を派遣するように求めたのかもしれない。

 だから時間がかかったんだ。

 でも……

 ミーシャはギルド長の表情から察した。

 断られたんだろうなと。

 そのかわりの補助金なのだ。もともとはギルドの失態。それでもずいぶん頑張ったほうなんだろう。


「明朝、依頼をはりだす。数がそろいしだい出発だ」


 ここでミーシャは、おや? と思った。

 招集ではなく、依頼だったからだ。

 招集ならあるていどギルドが責任をもつ。

 しかし、依頼はうける本人しだい。かんぜんなる自己責任なのだ。

 えもいわれぬ不安感が、ミーシャを襲う。


「あの……ホブゴブリンは大丈夫なのでしょうか?」


 受付担当のひとりが声をだした。

 後輩のレオラだ。たしかセラシア村の村長のうったえを受けたのが彼女だったはず。


「……問題ない。目にしたホブゴブリンはすべて討ち取ったと報告をうけている」


 ギルド長の返答にミーシャの不安はつよくなった。

 あきらかにおかしな間があったからだ。


「でも――」

「冒険者は自己責任。受けるかどうかは彼らしだいだ。それともなにか、君はセラシア村を見殺しにせよと言うのか?」


 食い下がったレオラだったが、見殺しにするのかといわれ、押し黙ってしまった。

 

「すでに緊急招集した冒険者のいくにんかは、街にかえってきている。なにかあれば彼らが力になってくれるだろう」


 それだけ言うとギルド長はさっていく。


「なにかあれば……か」


 ミーシャはちいさく呟いた。なにかとはなんだろう? いや、わかっている、冒険者の死だ。

 だが、死んだあと力になってもらってなんになるというのだろうか?

 冒険者は自己責任。ギルド長の言葉ももっともだが、それは情報をつつみかくさず伝えた場合だ。

 なにかを隠しておいて自己責任は都合がよすぎるのではないだろうか。


「ミーシャ先輩……」


 語りかけられ、ふりむいてみればレオラがいた。

 なんとも不安げな表情。彼女も自分どうよう嫌な気配をかんじとっているのだろう。

 彼女には片思いの相手がいる。

 冒険者の青年だ。

 甘いマスクに、すらりとしたからだ。冒険者になりたての鉄級なれど、その実力は銅級以上と称されている。ギルドも注目する若手のホープだ。

 彼にはなにより人を惹きつける力がある。

 レオラに限らず思いをよせる者は、このギルド内になんにんもいるだろう。


「あの……わたし……」


 彼のことが心配なのだ。ミーシャはレオラのあたまをだきよせる。


「わたし、聞いちゃったの」

「聞いた? なにを?」


 それにしても様子がおかしい。聞いたとはなんだろうか?

 まさか、村をおそった中にホブゴブリンがまじっているのだろうか。

 それを村長から聞いた……?


「ゴブリンは巣をつくるときリーダーをつくるんですよね」

「ええ、例外もあるけどだいたいそうね」


 どうやら違うようだ。だが不安感は、さらに増す。

 リーダー……まさか。


「帰ってきた冒険者によると、リーダーらしき個体がみつからなかったんだって。もしかしたらホブゴブリンのまだ上がいるかもって……」


 ホブゴブリンより上!

 ミーシャの背筋に冷たいものがはしった。


 ゴブリンのリーダーとなるものは、たいてい知恵に長けた者だ。

 シャーマンと呼ばれ、呪術をつかいこなす。

 だが、まれに特殊な個体がうまれる。王だ。ゴブリンの王。

 王のもと、ゴブリンは急速に勢力を拡大していく。個としてのちからもすさまじく、並の冒険者では歯が立たないという。

 そんなものにでくわしてしまえば……


「ねえ、祭壇はあったって言ってた?」


 ミーシャは尋ねる。

 祭壇があればシャーマンだ。鉄級では被害も出るが、数でおせばなんとかなるにちがいない。


「わかんない。そこまで聞いてない」


 レオラの目には涙がうかんでいる。

 ミーシャは大丈夫よと、げんきづける。

 王なんてそうそう生まれるものじゃない。そんな偶然にでくわすほど自分たちはクジ運がつよくないはずだよと。


「そう……ですよね」

「そうよ」


 ミーシャはじぶん自身にも言い聞かせる。

 それに王だとしたら、逃げるのも変だ。巣にむかった冒険者たちを返り討ちにしているはず。

 ぶじに戻ってきたならば、すくなくとも王ではない。


 ならばなんとかなる。

 こちらとしては少しでも戦力をそろえられるように手をうてばいい。

 それには報酬だ。

 冒険者がさっとうするような高い報酬をよういすればいい。


 そのときミーシャはふと、ある人物を思いだした。

 護衛を雇いたいという商人の男だ。

 そうだ、彼の依頼もからめてしまおう。通常の報酬に補助金、そこに護衛の金額までのればかなりの額になる。

 さいわい行商ルートにセラシア村がはいっている。

 うまくまるめこんで協力させてしまおう。


「ねえ、レオラ。ギルドの備蓄ってまだ残ってたかしら?」

「え? 備蓄って食料のですか?」


 ギルドには緊急用の食料がそなえてある。

 おもに緊急招集した冒険者にもたせるためのものだ。


「ええ、そうよ」

「えっと……はい、たしかまだ残ってました」


 よかった。先日の招集で使い切ってなくて。

 いいわ。これもつかってしまおう。逃がさないためにも、あの商人にもたせてしまおう。

 帳簿係はわたしの同期、数字をいじってしまえばバレやしないわ。


 ミーシャは在庫を確認すべく、倉庫へとむかった。

 





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― 新着の感想 ―
[一言] うわー完全な責任逃れだ 領主は軍を出さないギルド長は責任逃れの為に重要な情報を隠す 街の上役こんなんばっかじゃ前いた街とさほど変わらないなぁ 劇中世界だとどこの権力者もこんなんばっかなんだろ…
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