五十一話 カリスマ
息がある!
母子ともに意識はないが、しっかりとした呼吸が確認できた。
いそいで表にはこびだすと、ここまで案内してきた冒険者に声をかける。
「馬車まではこぶ。手伝え!」
「……あ、ああ」
反応がにぶいが、子供をあずける。
子供は女の子だ。すすで汚れてはいるが、将来美人になりそうな整った顔立ちをしている。
落とすんじゃねーぞ。
せっかく助けたんだ。きれいな顔のまま母親に会わせてやりてえじゃねえか。
「そこに寝かせよう」
馬車までつくと、荷台に母子ならべて寝かせた。
あたらしい毛布をかけると、脈をとる。
――乱れはみえない。
脳ミソのほうまでは分らんが、まずは安心といったところか。
「すまないが、このふたりを見といてくれないか」
ここまできたら、この冒険者にまかせてしまおう。
言い出しっぺが責任をとるべきだ。
「そのかわり銅貨50枚上乗せする。ゴブリン狩りで稼げたかもしれない額だ」
「あ、ああ」
「なんだ、不服か?」
煮え切らない態度の冒険者をにらみつける。
おまえ、そんなこっちゃ冒険者として長生きできねえぞ。
戦場じゃあ迷ってるヒマはねえ。即決断し、即行動だ。
たとえ正解ひいても遅けりゃ時間切れ、不正解なんだ。
逆に早けりゃまちがいでも修正がきく。それでもダメならケツまくって逃げる。
それが冒険者ってもんだろ。
「あ、いや、不服はねえです」
「そらよかった」
じゃ、たのんだぞと腰をうかしたとき、冒険者がポツリとつぶやいた。
「……宮廷魔導士だったのか」
あん? 宮廷魔導士?
俺のことか?
……ああ、魔法みせちまったからか。
たしかに今となってはそれぐらいじゃなきゃたいした魔法はつかえないか。
しかし、君主もいない宮殿もない地方で宮廷つってもな。
まあ、冒険者の認識なんてそんなもんか。
ここは否定するより利用したほうがいい。
「いま見たことは誰にも言うな。言えばおたがいメンドウなことになる。……わかるだろ?」
冒険者はゴクリとつばをのんだ。
「ワザワザ藪をつっつくこたぁない。俺はおまえのジャマをするつもりもないし、おまえにだってジャマをしてほしくない。俺たちは同じ方向をむいてるんだ。な?」
口を閉じてるかぎりはなと、ジェスチャーでしめすと、冒険者はコクリコクリとうなずいた。
じゃ、そういうことで。
いそいでむかった先は聖堂だ。
村長の話では、なかに村人が立てこもっているはず。
助かったのが焼死しかけたふたりだけとか、さすがに寝覚めがわるい。
間に合っててくれればいいのだが。
ついたころには、戦いは終わっていた。
心配していた増援はなかったようで、建物はぶじ、ゴブリンの死体も三十をすこし超えているていどだった。
まずまずの結果か。
ひとしごと終えた冒険者たちは、分け前のすくなさに少々不満げではあるものの、どこか誇らしげにゴブリンの歯を折り取っていた。
ゴブリンの犬歯は討伐の証明になる。
一本だけ湾曲して伸びた犬歯をギルドにもっていけば、銅貨にかえてくれる。
しかし、一本だけって不思議だよな。
ふつう左右対になって伸びそうなものだが。
じっさい、たまに二本湾曲して伸びるやつがいる。
お得だな。たまごの黄身みてーなもんか。
そんななか、聖堂にむかって声を張りあげる男がいる。
長身、黒髪。みなを引き連れていった、あの冒険者だ。
おもしろい。
彼は討伐証明であるゴブリンの犬歯には目もくれていない。鉄級冒険者など金にこまってるだろうに。
「大丈夫です。あんしんしてください。ゴブリンはすべて駆除しました」
いくどとなく、なかにいるであろう村人に呼びかけている。
「すべて」か。よく言いきったものだ。
ゴブリンを撃ちもらしてない保証など、どこにもないのにな。
だが、彼の声にはちからがあった。
これがカリスマ性というやつだろうか、聖堂のかんぬきが外され、なかからおっかなびっくり村人が顔をだしはじめる。
ああいうやつが上にのぼっていくんだろうな。
いまは鉄だが、すぐに銅になり、やがて銀、金と駆けあがっていくんだろう。
人材としては早めにツバをつけておきたいところだが、さて……