四十三話 とにかく増える
「朝ごはんができましたよ」
「ああ、すまない」
ダイニングテーブルには多くの皿がならぶ。
盛りつけられたのは色鮮やかな野菜とパンにチーズだ。
グラスに注がれるのは年代物の赤ワイン。
「ごめんなさい。味に自信はないのだけれど」
「いや、とってもおいしいよ」
美しい妻は、はにかんで頬をそめる。
なんとういういしいのだろう。その潤んだ瞳で夫をみつめている。
「――オイ! なにしてんオマエら」
「これは主どの!」
そうなのだ。手にいれた店舗兼住居の館をそうじすること数日。ミス・マーブルが帰ってきたのだ。
しかも、オットー子爵をつれて。
あれから、けっこう忙しかった。
玄関扉をなおし、窓をつくりかえ、農場への扉をせっちする。
地下室でみつけた食器、ワインをキレイにふいて棚にならべる。
出荷するため、農場から運びいれた作物を箱につめていく。
そうして、いよいよ売るかと農場で寝たつぎの朝だ。
なにかダイニングルームで、カチャカチャと音がするではないか。
で、みてみればコレだよ。
「あなたのおかげで、ぶじ新婚旅行もすみました。これから夫婦ともどもよろしくお願いします」
「うむ。あるじどのがこれからなにを成すのか楽しみだな! しかと見届けさせてもらおうぞ」
うむ、じゃねえよ。
なにも成さねえよ。
おれは商人やるんだつーの。世界とか救わねえから。
しかも新婚旅行ってなんだよ。
そうじ大変だったんだぞ。あの皿とか浮かす能力、なんど欲しいと思ったことか。
「で、あるからしてな。余も契約していただこうかと思ってな」
「はい、わたしもいま一度」
オットー夫妻は手をさしだしてくる。
その薬指にはどうやったのかわからないが、おそろいの指輪がはまっていた。
う~ん……
とりあえず、ドライアドの力で、野菜をいれていた麻袋からニョキニョキっとイバラを伸ばす。
それを束状に束ねる。それから先端に花を咲かせた。これは花の妖精デイジーの力。
んでもってイバラの部分を麻袋で包むようにして……
できた! 花束の完成。
「とつぜんだったので、こんなものしかありませんが」
「まあ、うれしい」
「ほう、そんなこともできるのか。さすがはわが主じゃ」
のってみたものの、もういいや、めんどくさい。
「わがなはエム。なんじらクイックシルバー夫妻との契約完了を、ここに宣言する」
――しかし、からだは光らなかった。
あれ!?
なんでだ?
もう悪霊じゃないからか?
それとも、個別に契約しなきゃいけないのか?
ふしぎに思いながらオットー夫妻をみると、なにやらふたりとも床をみていた。
つられて床をみる。
いた。
おしゃぶりをくわえ、ハイハイする半透明の赤子が。
え? こども!? はやくね?
なんだよ。ツッコミがおいつかんわ。
「あるじどの。すまんがこの子も……」
わかった、わかった。
「わがなはエム。なんじらクイックシルバー一家との契約完了を、ここに宣言する」
ピカーとひかりにつつまれた。それも六ケ所ぐらい。
六ケ所?
おれ、子爵、夫人……
三つ子ちゃんかな?
――――――
やってきたのは卸売市場。販売業者へうりだす品物をあつめる場所だ。
まずは売り手として参加する俺には、ふたつの選択肢がある。
仲買人と呼ばれるここのスタッフに売る。
彼らは品質によりしっかりした値付けをしてくれる目利きのプロだ。
いちばん楽でまちがいがない。
もうひとつはセリだ。だされた品物に買い手がそれぞれ値段をつけていくオークション方式。
こちらは品質以上に希少性が価値をきめる。
一品ものの武器や、民芸品、宝石なんかが適している……らしい。
いや、初めてだからよーわからんのよね。
俺のピカピカにひかったトマトをみて、「これは!」みたいになるかもしれんし。
エム・サモナイト印の出品だ~、みたいな地位をかくとくしたりして?
まあ、もうそうはこのぐらいにして、今回はふつうに仲買人に売るか。
俺の強みは流通の時間とコストのさくげんだ。
行商がメインになるだろうし、仲買人となかよくしといたほうがなにかと便利になるというものだ。
では、商人としてのデビュー戦、いざ出陣!!